第二章-27 せめて、終わりぐらいは人間らしく
〈黒騎士〉――クロムウェルの戦術は、地面をメタマテリアル化させて落下する前から、互いに撃ち合う前から、〈導星〉が結晶の嵐から再起する前から、強装弾が入った弾倉を叩き込む前から――既に始まっていた。
戦闘の発端――つまり、奇襲で体当たりを受けたその
恐らく、これも銃撃戦のときと同じように経験の差と言うべきなのかもしれない。クロムウェル・ザイツェフは、エリュシオンから出奔してから長期にわたってVAFでの戦闘を繰り返してきたからこそ、VAFの戦闘に重要なものは何か、敵もVAFを投入してきた時に制圧するにはどうするべきか、その答えに心当たりがあった。
VAFの戦闘――とりわけ、思考加速プロセス下における加速状態でのそれにおいて、戦闘の行き着く先を決めるのは『先の読み合い』であるということは先程述べた通りだ。
現在の状況に最適な行動を
このVAFと思考加速プロセスにあって、されど徒人にはないもの。それは――
(人工知能による可能性の提示。そして
精密な射撃も、当たらなければ――制圧としての効果は期待できたとしても――意味がない。同じように、粒子装甲を打ち破れるほどの強力な弾丸による射撃も、やはり当たらなければ意味がない。
(お前は、楽園戦争を戦い抜いた私と違って、戦闘のプロではない。そして思考加速プロセスとは、それ即ち思考の外部委託そのものだ。
だから、クロムウェルは戦闘が始まったその瞬間から、〈黒騎士〉の人工知能の最優先タスクに敵機の思考傾向の分析を割り当て、解析を行わせた。
このような人工知能による分析・学習作業は、それなりの時間と
ソフトウェアやハードウェアが進化したことで多少時間の変動があったとは言え誤差の範疇だ。
計算資源を喰われるということは、当然思考加速プロセスの精度などに影響が出ることにほかならないのだが、これは大した問題ではなかった。
むしろ、自分が思いついた戦術を相手が考えていないわけがない。
考えていない保証がない。
相手も自分と同じように人工知能の思考傾向の分析を行っていたとしたら? それも、楽園戦争を生き抜いた自分のような手練なら間違いなくやるという信頼という前提でやっていたとしたら?
自分と相手が同じ土俵に立つことは敗北に繋がる道でもあり、そしてそれは後者に於いてはより顕著になる。
だから、クロムウェルは人工知能の警告を無視して、思考加速プロセスに於いて最も計算資源を喰うプロセス――最適解の提示を停止させ、その分の計算資源を分析に
今の――そして今までの彼は、意識だけが加速された状態で眼の前のエトと戦いながら、分析を終えるその瞬間を待っていた。
このような分析は人工知能が請け負い、予測から外れる事態は人間が土壇場で対応する。
人間には困難な作業は人工知能が。
人工知能には困難な作業は人間が。
それがヒトと機械の理想的な在り方だ。
そして、結果が弾き出された。
人の身においては無限の可能性に等しかったそれが、人工知能が加わることで有限になり、そして分析を終えた今では更に絞り込まれた。
今の静馬エトは、無限に近しい攻撃パターンがある。が、その起点と対応は絞られる。そして、エトは近接戦に移行した時か遠距離戦に移行したときで使う武器を切り替える。切り替える度に粒子化結晶体の海からその都度望む武器を引き揚げる。しかし、それは一瞬ではなく、数秒の猶予がある。
アサルトライフルは寿命が近いのか、弾道のバラけ具合はより顕著になりつつある。かなり接近しなければ有効射は見込めないだろう。
ならば、起点に対してエトがロックオン時間込みで近接戦に持ち込むかどうかを躊躇させる距離に詰めて致命的一撃を決められる環境を整えればクロムウェルの勝利は確定する。そのための強装弾とそのための
メタマテリアルを装甲表面に覆わせて距離感を狂わせ粒子装甲の内へと接近し、側面から強装弾を浴びせて通常装甲とその内にあるICリアクターとコンピュータを粉砕し、同時にパイロットを無力化する。それができるだけの残弾はまだ残っていた。
エトは気づいていない。
故に、クロムウェルを攻撃するために起点たる照準を行う。
それが、自身の魂の座を粉砕することに繋がることも知らず――
(――戦場という異常に対する最適化。その弊害)
福音という名の檻。
確定された未来。
(福音の内に死に果てろ、
ガラスがひび割れるような音が響いた。
自らの存在を曖昧にし、そして目の前のVAFを叩き壊さんとする、そんな音が。
その瞬間――
《デモンズ・コフィン》は、確実に動作した。ロックオンが完了するコンマ数秒前に自らの姿を消し、FCSのロックオンを解除させた。そしてそれに気を取られている間に側面に回り込んで放たれる強装弾はパイロットをミンチに加工し、同時にVAFを制御するコンピュータを破壊することで、『
それなのに。
放った弾丸は、虚空を引き裂いた。
照準と予測から、外れた。
〈導星〉は何処に?
――いや、〈導星〉は立っている。
真っ逆さまに。
そしてクロムウェルはここで初めて、機体を柔道よろしく投げられたことに気がついた。
(馬鹿な――)
息を呑んだクロムウェルは直後に悟る。
(思考の枠から脱するために、思考加速プロセスを切――)
「――――――ッ!」
回転する視界の中、銃口を向けるが――遅い。
エトがこうやって対応できたということは、この先の手を読まれていることに他ならず、同時に対応策を練られていることになる。
事実、クロムウェルが引き金を引くことはなかった。
回転する〈黒騎士〉の機体をすくい上げるように――
いつの間にか引き揚げていた大槍が〈黒騎士〉の顔面を打ち据え砕き、そしてICリアクターとコンピュータユニットが集中する前方が粉砕される。
「貴様……!」
吹き飛ばされた状態で、まともに動けないまま、クロムウェルは辛うじて口を動かした。
「……本当に読んでいたというのか、人工知能の思考傾向を……」
〈違うよ、爺さん〉
エトは諭すように答える。
〈僕は、単に思っただけだ〉
クロムウェルの真意など意に介さぬまま。
〈あんたの戦争は、誰のものでもない
直後、リアクターとメインコンピュータの機能喪失を検知した〈黒騎士〉がコックピットユニットの脱出機構を起動させ、射出した。
聡明に敗れた第二次楽園戦争のときと同じように。
向かっていた方向とは逆――下に降りる通路に向かって飛んでいくのをエトは追いかけることもなく、Iシステムをシャットダウンさせながら、ただ黙って眺めていた。
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