第二章-26 楽園を望んだ妹に捧げる輪舞曲
粒子化結晶体が宙を舞う。
次々と放たれる強装弾が路面を穿ち、砕く。
剥離していくメタマテリアルの破片が路面の素材と共に宙を舞う。
世界は高速で流れゆき、されど思考加速プロセスで加速された意識は緩やかな速度で流れ行く世界を知覚する。
思考が加速された者同士の戦闘とは、結局のところ『先の読み合い』に帰結する。
それは、個々人の経験と技量によってのみ限定されるものではなく、『未来』を
その結論として、狂った踊り子のように複雑で無秩序な軌道を描くのだ。
時に
無論、前の〈黒騎士〉も例外ではない。エトが行ったそれらと同等の激しい機動を繰り返し、エトが近づかないように距離を取るように踊る。
砲声。砲声。砲声。そして、砲声。
攻撃が延々と繰り返され、同じ数だけ回避も繰り返される。
〈黒騎士〉が用いた強装弾は、エトが駆る〈導星〉の粒子装甲の耐久値を、確実に――それも、通常弾以上の割合で削って行く。
空になった弾倉を捨て、それが粒子の海に還るのを横目に新しい弾倉を粒子化結晶の海から取り出し、アサルトライフルに叩き込んで再びトリガーを引く。
そして、〈導星〉の周囲を漂う粒子化結晶の海から何かを引き揚げる度に、エトの内に巣食う結晶が、彼自身の身体を喰らっていく。
ミィナの支援のお陰で、ミィナと再開する前までのそれと比べると幾分かマシになったとは言え、やはり――
「……分が、悪い……な」
戦いには、根比べの側面もある。
先に音を上げてしまったほうが死ぬ――そういう単純なルール。
戦場という異常な空間に長くいた人間なら、耐えられる。しかし、エトと言う人間にはこのような長期戦の経験はあまりにも乏しかった。
〈黒騎士〉のパイロット――エトの父である聡明と共に前線に立ち、第一次楽園戦争という本当の戦争をくぐり抜けて来たクロムウェル・ザイツェフである――は、ただ距離を取って牽制し続ければ良い。その先にある『エトが音を上げる瞬間』を狙えば良いのだから。
――ここまでが、「普通のVAF」の戦闘の話。
今、《オラクル》封印用地下施設の倉庫で超高速戦闘を繰り広げている二機のVAFは、共に不可成結晶体という謎の物質を利用した結晶体兵装を搭載している。
一方は、
もう一方は、同じく粒子化結晶体を介して、特異な光学的特性を擁するメタマテリアルを自由自在に生成できるVAF。
不可成結晶体を用いることで、通常環境では起こり得ない現象を引き起こせる『普通でないVAF』がこの二機なのだ。
この二機に共通しているのは、『粒子化結晶体を制御して望む現象を起こす』ということである。
この共通点から導き出されるものは自ずと限られる。
つまるところ、不可成結晶体の制御権争い――それに帰着する。
現に〈黒騎士〉は――ミィナによる粒子化結晶体の爆散と、Iシステムの再起動に伴う制御権の掌握によって、さっきまでは幾層もの床をメタマテリアルへと転化させるという離れ業をやってのけた『グレムリンの
それも、制御圏を絞った状態でようやく――という状態である。
迂闊に近づけば、メタマテリアルを生成できなくなるどころか、メタマテリアル製の
しかし、強装弾の残弾が尽きたか、銃そのものが使い物にならなくなってしまったら――接近戦に持ち込む必要が出てくる。
その瞬間が、この戦闘――そして、この第3次楽園戦争の終わりでもあった。
『理不尽など……大切なものがあっけなくなくなってしまう事など……世の常……』
〈黒騎士〉は語る。
『……だが――今、この瞬間は……』
〈黒騎士〉は――楽園以外の全てを憎んだ
『……力こそが全てだ!』
最後の強装弾の弾倉を叩き込む。
長時間、規定以上の圧力と熱と摩擦にさらされ続けた
『楽園を継ぐ者よ!』
この輪舞は、楽園を真に望みながらも終ぞ見ることが叶わなかった妹に捧げよう。
どちらが生き残るのかはこの際問題ではない。
楽園を継ぐ者たちは、現れた。
妹を殺した根幹は焼け落ちつつある。
あとは、妹が望んだ楽園が、自らの死と共に現れる瞬間を待つだけだ。
『私を超えてみろ!』
ただ、待とう。見極めよう。
その瞬間が訪れるまで、彼らはただひたすらに、破壊を撒き散らしながら踊り続けよう。
全ては福音の語るままに――
◇ ◇ ◇
「大析出前の頃、コンピューティング技術は進化の頂点にいたそうだよ。電子、光子、量子――そしてそれらを組み合わせたハイブリッド型のハードウェアの台頭とそれに伴うAIアーキテクトの進歩。それらが最終的に行き着く先にあるものとはなにか。
――って、これは野暮な質問だよね。人工知能関連技術の向上とともに騒がれてた
「――で、人工知能関連技術は
今でこそ、思考加速プロセスなるものが軍用機――それも、どういうわけかエリュシオン製のものに限ってだが――で一般的なものになるぐらいには、人間の思考を先読みできる人工知能が戦場で一般的なものになっているけど、当時はVAFのVの字もなかった時代だ。その時代の話だから精度はお察し。
だけど、議論の結論としてある可能性をまとめた」
「大方、その人工知能は人間の生涯を演算しきれる――といったところか?」
「その通り。さすが、第九世代――うちの先代たちが遺したモノと向き合い、使ってきただけはある。
――だけど、だ。それにはある前提が必要になる。
『その人工知能の世界は開かれたものでなければならない』――即ち、ネットワークに接続された状態でなければ修正しようにも修正できず、結果的に演算に支障が出る――かもしれない」
「所詮は、予測か」
それがヒトの生涯を求めようとするならば
だが、閉じられた世界に作られた箱庭における『人間』とは、それ自体が『制御ができない人形』と同義である。
「考えてもみなよオーゼさん。ヒトと触れ合い、知っていくことを拒んだ引きこもりが、人形しかいない箱庭を前にして、世界のすべてを見通したと嘯くその光景を。
拒んだのは
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