第二章-25 『楽園のなり損ない』の終わり
とにもかくにも、世界というものは残酷かつ理不尽だ。
『全能のパラドクス』なんてものが存在する以上、そもそも人は神ですらない。だから、理不尽が存在するし、その当事者がどんな人間だったかどうかなんて問題にすらなりはしない。
そんなことは古今東西どこの国にもどの場所にもあるだろうし、楽園とも謳われているこのエリュシオンにも同じように理不尽がある。
現在進行形で起こった理不尽はどうしようもない。自分の力で精一杯抗うしかない。
だが、未来は? この先降りかかるとすれば?
その未来が確定されていたとするならば?
人間は考えるからこそ考える葦たる人間足りうるのだ。
なら行うべきことは、個々人にこそ異なれど自ずと絞られる。
必要なのはそれを選んだという『意志』だ。ただ、それだけでいい。
――例えそれが演算に必要な因数の一つでしかなかったとしても、ただ自らの意思で選択したという事実が重要なのだ。
人間が『人間』であるために。
◇ ◇ ◇
父が狙撃された。命に関わるほどではなかったが重症であることには変わりなく、程なくして父は隠居することになった。
――だから、僕は父の跡を継ぐことを選んだ。
《神託者》が接触してきたのは、その後だった。
狙撃された父の見舞いに行った帰りに、知らぬ間に通話機能しかない旧式の携帯端末が僕のバックに入っていたのが始まり。
そして手に取ると同時にそれが震えだし――
〈はじめまして、
初っ端からとんだ罵倒である。
それできれいな女性の声だったから、その手の趣味の人間には受けそうだなと不謹慎にもそう思ってしまった。
「――そうとも、僕は愚かな王の子さ。だが、愚者にも自らの名を名乗る礼儀ってものがあるんじゃないのかい?」
〈それは失礼。ならこう名乗っておきましょう。昔、ある人から一方的に名付けられたものではありますが――
続く。
〈ともかく本題に入りましょう。あなたにはあることをしていただきたく存じます〉
「…………対価は」
『報酬はわたしの最大限のバックアップと、あなたが望む楽園です』
――全てが始まった。
◇ ◇ ◇
今、僕の目の前には一つの携帯端末が置かれている。
スマートフォンのような多機能なものではない。ただ携帯電話であることだけを求められた、通話機能のみを搭載された真っ黒い端末だ。
これと似たようなものがもう一つあるが、どちらもつながる先は別々だ。
この端末に繋がっているのはセーフガードのお偉いさん方たち。
これから僕は、エグザウィルの頭領たる僕がこの端末でセーフガードに連絡を取ることは、彼らにとって一つの意味を持っていた。
かつては彼らから持ちかけては、父にさんざん蹴飛ばされたある提案。
セーフガードとエグザウィルの合流。
父からすれば、無条件降伏も同然なそれを僕は受け入れるのだ。
これは間違いなく裏切りだ。エグザウィルには父を始めとしてセーフガードに反感を持つ連中がいる。
「いいのですか? エグザウィルのリーダーであるあなたからかけるってことが一体何を意味しているのか、わからないわけではないでしょう?」
――いいんだ、と返した。
「僕がそうするって決めたから。楽園は分かれすぎたんだいつかやらなきゃいけなかったんだ」
「だからセーフガードに合流しようと?」
「エグザウィルが無能な支部の代わりを担っているとは言え、
そう、セーフガード廃棄街支部が無能の巣窟だからといって、自分たちが存在してもいい理由にはならない。
警察が無能だから暴力団がそれの代わりをする――という言説に説得力なんてないのと同じことだ。
「事情はまぁ分かりました。ですが、本当にそれだけなのですか?」
「……どういうことかな」
「我々は以前よりあなた方に対しセーフガードへの合流を提案してきました」
「――そして全て跳ね除けられた、だろ? 知ってるさ。父がそれでよくぐだ巻いてたから」
「ならわかるはずです。セーフガードに合流するとはどういうことか」
「……大丈夫、覚悟は出来てるさ」
異なる組織が完全に合流したとき、一番迷惑な要素になりうるのは合流してきた組織内で一番偉いやつだ。
つまりは自分。たとえその覚悟も意志がなくとも、不満を持った派閥は嬉々として祭り上げてくる。
だからこそ、迷惑な存在なのだ。
そんな存在を手っ取り早くかつ、確実に黙らせるには、そもそも『いなかった』ことにさせるのが一番なのだ。
「――最後に一つ質問があるけどいいかな」
「構いませんが?」
「君は、やっぱり
彼女は一瞬迷い、打ち明けることにした。
「いえ、私の所属は議会調査局福祉部というところで――ご存知で?」
「知らないな」
「そうですか、それならそれで十分でしょう。何事も知りすぎるとロクな目に会いませんし、何より――」
「ミステリアスな女性は魅力的だから――だろ? まぁいい。その福祉部がなんであれ、僕が昔話をする必要はない。そうだろう?」
「えぇ。我々としては必要はないでしょう。ただ、私個人としては聞きたいところですけど」
「なぜかな? 君たちは僕のことを徹底的に調べ上げているはずだ。
学歴、生年月日、血液型、ネットの検索履歴、ポルノサイトで何を見たのか、何が好みなのかまでエトセトラ――まぁ最後ら辺は冗談として、これ以上僕の何を知りたいっていうんだい? 出るもんも出ないよ。
それに君は言ったじゃないか、何事も知りすぎると碌な事にならない――って」
「気になる人のことをとことん知りたくなるのが男女共通では? あなたの好みからから何から何まで……」
そう言いながら後ろから腕を絡ませてしなだれかかってきた。
「……無理しなくてもいいんだぞ?」
「無理してなんか……ないです……」
そう返す彼女の顔は真っ赤であった。
――なるほど、これが彼女の素か。
――悪い子としたなと思うと同時に、いい匂いだなと生唾を飲み込んだ。
過去に散々エトを童貞煽りしたことは多々あるが、これではあいつを笑えないなと思わずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇
エリュシオン本島における同時多発テロは終息に向かっていた。
しかし、財政健全化のためにVAFの削減を行っていたエグザウィルと、左遷先以外の役割を期待されていなかったセーフガード廃棄街支部が管理する廃棄街全域にまで広がった同時多発テロは未だ止む気配はなく、今も尚多くの人命が戦場の炎へと焚べられつつあった。
今のエグザウィルに治安維持機関としての能力を期待できないのは、誰の目から見ても明らかで、故に長年セーフガードとの提携を拒み続けてきたエグザウィルとその二代目のリーダーから連携――実際のところは、セーフガードへの指揮権の譲渡である――を受け入れる旨の連絡が来るのはある意味当然の結果とも言えた。
指揮権受託に伴って、エグザウィルの一部が反抗する懸念があったもののそれは大した問題になることはなかった。
繰り返し述べるが、エグザウィルは現在財政健全化のためにVAFを削減している真っ最中で、装甲付与型パワードスーツを中心とした運営を行っていた。
そんな彼らと相対したのが、テロリストたちが駆る軍用VAFとアヴィリアが保有し、暴走した対VAF戦術の集大成とも言える
軍用VAFにパワードスーツでは到底相手にならず、また唯一対抗できるエグザウィルの軍用VAFは数を減らしかつその多くが旧式化しつつあったのだ。そしてそこにダメ押しと言わんばかりのフレームイーターの乱入。
セーフガードとエグザウィルの合流を良く思わない者が多くいるのが楽園戦争以来、前線を張ってきたVAFパイロットとパワードスーツを纏った兵士たちである。
結論を述べるのなら、この時点でエグザウィルの戦力は、ユーノの健闘虚しく合流に反対していた人間ごと壊滅――戦力の大半を喪失していたということである。
◇ ◇ ◇
ポケットの中に入れていた板状の携帯端末がぶるぶる震えた。
送信主は、見るまでもなかった。
「――お前も見ていただろ。エグザウィルの実質的な壊滅に伴うセーフガードへの合流。そして、ロストエリアに巣食う不穏分子の一掃。全てお前のシナリオ通りだ。どうせこのテロも、アヴィリアの蜂起も全て全て全て! 予測しきっていた。そうなんだろ?」
返事は無い。そいつはただ黙って聞いているだけだ。
大学進学直後。知らぬ間に鞄に入っていた携帯電話とそれへの着信。それがヤツとのファーストコンタクトだった。
「……父の遺産を食いつぶしてセーフガードの一部になることを決めたのは俺自身の意志だ。廃棄街という歪みを正ししたいという俺の意思だ。これはお前の誘導じゃない。絶対にだ!」
まだ黙りこくっているままだ。
「お前が人類全てがまとめてかかっても敵わないぐらい頭が良すぎるのは重々承知さ。
だがな、これだけは覚えておけ。人には人の意志がある。いつでも好きなように動かせると思っていると足を掬われるぞ」
そして、電話の主は口を開く。
〈――貴方の意思、人としての尊厳は関係ありません。エグザウィルがセーフガードと合流し、ロストエリアの浄化が始まり、楽園の再回収のきっかけを掴めた。……わたしには、その結果と記録のみが重要であり全てです。
エリュシオンの繁栄の為の演算。それが私に課せられた
電話の主は――彼女は、鈴を転がすような声でそう言い放った。
〈……ところで、仕事を果たしてくれたあなたは――そう仕向けた私が言えた義理ではありませんが――とっても危ない状態にあると思われます。今あなたとベッタリくっついているウサギさんの指示に従ってその場所から急いで避難するのがよろしいかと〉
「アフターサービスが完璧でむしろ腹が立ってくるよ」
〈では、また会う日まで。あなたの親友と再開できる瞬間を心から望みます――〉
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