第二章-24 Show must go on (2)
前に立つ〈黒騎士〉が構えたアサルトライフルの銃口から、数多の予測弾道線が〈導星〉の胴目掛けて突き刺さる。
――回避!
エトがそう思うと同時に
その直後、弾丸が吐き出されるが、先程までのとは様子が違った。
砲声はより凄まじくなり、マズルフラッシュはより顕著に、そしてしっかりとした構えの姿勢を取っていたはずの〈黒騎士〉が、反動で後ずさっていく。
放たれた弾幕は、背後にあった鉄道輸送用コンテナに突き刺さる――だけに留まらず引き裂いていく。
それを観測したAIは、強装弾に変更した可能性が高い、と思考加速プロセスのサジェストで主張する。同時に、その弾丸によりアサルトライフル全体の寿命がものすごい勢いで減っているという情報も添えて。
「強装弾の固め撃ちだと!? なんて無茶を!」
「強装弾――エト、あの弾丸はたぶん粒子装甲を貫通する。気をつけて」
現在、エトと機体にリンクしているミィナも、その威力に脅威を確信したのか注意を促す。
「当然!」
右に左に、ときに飛び跳ねて回避運動を取り、肉薄する。
もう少しで槍の間合いに入るかと言うところで、〈黒騎士〉は左腕にメタマテリアルの刀身を形成する。
そして――その姿をかき消した。
「消えた!?」
「メタマテリアルを機体全体に張ったんだ。多分それが本来の使い方なんだろうさ!」
戻ってきた頃の試験を思い出せ。複合分子迷彩を使用した相手をどうやって見破ったのかを。
聴音センサーで全方位ホイールが、地面を噛む音を拾ったAIが警報を鳴らし、その方向を示す。
――近い!
振り返ったときには〈黒騎士〉は、粒子装甲を突き抜けてかなり近くにまで肉薄していた。定跡通りコックピットを直接狙いに来ている。
防御しようにも手に持つ長槍での対処はかなり困難。
しかも、不可視の刀身を振り下ろす体勢に入っている。ここから高周波ナイフを取り出して防御するにはいささか悠長すぎる――
「させ……ない!」
直後、刀身全体に結晶が析出し、喰われて砕け散る。
今の現象に驚愕を禁じ得なかったのか、〈黒騎士〉が一瞬狼狽する。
その瞬間を狙って、蹴り飛ばして距離を取る。
「ありがとう、ミィナ。助かった」
「まだ、おわってない……!」
蹴り飛ばされた〈黒騎士〉は、蹴られた勢いそのままに体勢を立て直して、発砲しつつ移動。
仕切り直しだと言わんばかりに別の区画に逃げ込んだ。
銃火器がないとジリ貧になると予想したエトは、槍を捨て、結晶粒子の海からアサルトライフルを引き出そうとして――躊躇する。
どういうわけか侵食度合いは回復したが、またこうやって何かを引き出そうとしたら先程と同じことになるのではないかと言う思いが頭をよぎってしまう。
「エト」
それを察知したミィナは、
「信じて」
自分がなんとかするから――と言外で伝え、そしてエトは彼女を信じた。
◇ ◇ ◇
《
一つは、ゴスペル企業連合体の人間や聡明たちが来るための通路。
もう一つは、『
この二つの通路は共に上から下へと降りる通路であり、そのうちの一つの入り口がモジュール1の片隅から生えた、あの立方体の構造物なのだという。
「――つまり、あいつは海底にある人類より頭がいい機械の制御権を奪って何かをしようとしているっていうことか」
「わたしと、〈導星〉の奪取はあくまでおまけって話みたい」
「ゲリラ戦だけ、北方皇国の侵攻というイレギュラーで楽園戦争を乗り切ったって言われても、違和感しか無いからな。たしかに納得はできる」
古今東西、ゲリラ戦だけで勝利した例は無い。
あるのはゲリラ戦で時間を稼ぎ、正規軍やそれに相当するほどの戦力かなにかを確保したが故の勝利だけである。
エリュシオンも例外ではなかったと言うことだ。
しかし、一番の疑問は、彼はそこで一体何を欲し、一体何をしようとしているのか――と言うことだ。
この〈導星〉とミィナの奪取は、北方皇国の目的であることはエドルアの一件から明らかで、今現在も変わりないはずだ。しかし、その北方皇国の手先である彼が、それを二の次にして海底近くのオペレータールームに向かって何をする気なのか。
「ごめん……そこまでは……」
申し訳無さそうに返答に窮したミィナの口からは、それを伝えられていないのが見て取れた。正確には、ミィナに伝えたやつが伏せたともいうべきか。
「大丈夫。別にいいんだ」
頭がいい機械もとい第九世代人工知能様がその程度のことと動機を知らないなんて有り得ない。人一人の人生を誤差数年で予測した報告があるという話を聞けば、その恐ろしさがわかるはずだ。
おそらく、何かしらの情報を握っているかもしれない。伝えなかったのはそういうふうにはぐらかしたのだろう。
Need To Knowの原則――必要ある時のみこそ知るのが常識であるご時世かつ、この戦闘で必要な情報かと言われればそうとも言えない。だから尚更伝える義務もない――ということなのだろう。
いささか腹立たしいが、事実だ。
「まぁいいさ。すべてが終わった時に聞けば良い」
次のフロアに降りる時、エトはそう言った。
◇ ◇ ◇
神託はあまねく人々に伝えられる。そこに何の隔ても区別もなく、皆等しく神託が下される。
「――うまく行っているようですね。ユーノさん?」
後ろを向くと、一人の女性がにこにこ顔を浮かべながらそこにいた。
モノレール駅の前で、エトが来るのを待っている時に『ラブレター』を渡しに来た女性だった。
「やぁ、また会ったね。まさか家を特定してやってくるほどお熱だったとは思わなかったよ」
視界の端に浮かべた住居の現在状況を確かめる。
「――戸締まりは、しっかりしたはずなんだけどね」
「あの程度では戸締まりをしたとは言えませんよ~。少なくとも私には」
薄々感じていたことではあるが、やはり彼女は只者ではなかったようだ。
「じゃあ、単刀直入に聞こうか。何の用だ」
彼女は笑みを消し、目を細めて聞いてきた。
「あなたは、これから成そうとしていることがなんなのか、その結果として何が起こるのか、本当にわかっているのですか?」
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