第二章-23 Show must go on

 今まで、一人で戦ってきた。


 手を差し伸べる人は無く、そしてその手を取るつもりもなかった。

 これまでも、これからもそうなのだろう――と思っていた。


 どっかの国の技術流派兼武家の末裔だとか、しでかした過去とか、この楽園には一切関係なく、ただただ今を生きるのだろうと。そう思い、望んできた。


 されど、世界は変わる。

 大も小も関係なく、世界は様々なきっかけとともに変わり続ける。


 自分にとっては、今自分と同じ場所に立つ彼女がそうだ。

 彼女の存在が、僕の世界を変えた。

 戦う理由を示してくれた。

 もう一度生きる権利を与えてくれた。


 なればこそ、僕は剣を持つべきなのだ。


 静馬家の役割とか、エリュシオンの未来のためとか、そういう大層なものではなく、ただ自分の意志のみによって立ち、戦うべきなのだ。


 これは、きっと彼女のためじゃない。

 自分自身の望みのために、剣を取って立ち上がるのだ。

 ただ、それでよかった。


 しかし、今やエトは一人ではない。

 ミィナも同じく、一人ではない。


 同じ場所に立つことこそが彼女の望みであるというのなら、その場所を守るために、僕は戦うべきなのだろう。



 ◇ ◇ ◇



 封印地下施設内部に、嵐が吹き荒れる。


 屋内で吹き荒れるそれは、当然ただの嵐ではなかった。人を食らう結晶を内包する嵐だ。


 粒子化結晶体の嵐が轟々と吹き荒み、周囲の機材を喰らい、成長し始める。

 瞬く間に、封印施設の深い深い一角は、かつてエトが赴いたエドルア島を彷彿とさせるような結晶地帯へと変貌する。


「そうか、これが……」


 直後――

 屋外へと吹き荒れていた粒子化結晶体の嵐は、突如としてその方向性を逆転させる。


 機材を喰らい、成長していた結晶が砕け、その風流に乗り、嵐の中心地――ダークブルーのVAFへと集約する。

 先程までの息も絶え絶えだった姿は何処へと消え失せ、地面をしっかりと踏みしめて立ち上がる。

 損傷部位が次第に消え去っていく。


 拡散から、集約。


 集められた粒子化結晶体のその多くは〈導星〉を覆うように球状に滞留し、その残りは頭部にポニーテールのように青白く発光しながら集約し、両腕に角のように析出し定着し、その他はスタビライザーよろしく腰を中心に析出する。

 それは、エトが単独で起動させたそれよりも、エドルア島で初めて起動させたときよりも大規模で、そしてそれ以上の恐ろしさに近しいものを感じずにはいられない。


 ここからは、これまでのとは全く違うものとして相対しないといけないと感じさせるには十分だった。


「人喰らいの結晶をその身に纏う――確かに、悪魔とも言われても仕方あるまいか」


 確認を兼ねてアサルトライフルの弾丸を数発叩き込む。

 先程までなら多少弾かれるだけで済んだが――


「やはり、軒並み弾くか」


 有効射ゼロ。先程撃った弾丸のすべてが、球体状に滞留し始めた結晶粒子の壁に阻まれた。

 先程までとはすべてが違う。何かが起きている。

 かつて世間を騒がせたエドルアの一件と同じでありながら恐らく別の現象が起きている。


 そして、老兵は悟った。


「――成程。ここが我が死地であるか」


 残弾がたっぷり残ったアサルトライフルのマガジンを捨てる。


「VAF相手に過ぎた代物だが、持ってきてよかったな」


 その代わりに、お守り代わりに持っていた強装弾――徹甲弾頭に炸薬をこれでもかと詰め込んだ弾丸――が入ったマガジンを取り付け、薬室に弾を叩き込む。


 ある程度頑丈にこしらえているとは言え、それでも過ぎた弾薬だ。寿命はあまり期待しないほうが良いだろう。


 さっきまでの状態ならなんとか通常弾で貫通させることができていた。だが、何かが起き、その結果としての強固な粒子装甲が形成された現状、ここからの戦闘で通常弾が装甲に届くことは無い。


『警告:結晶体掌握率が低下。メタマテリアル生成プロセスに支障発生』


 問題はもう一つある。先程の結晶粒子の爆散だ。

 本来こちらを吹き飛ばすのが目的だったのかもしれないが、その際バラ撒かれた結晶粒子が厄介な状態を生み出した。


 ――放出されたもしくは大気中を漂う結晶体を制御して、目的とする現象を発生させる。


 それが、〈K.O.F.〉の一部に搭載されている簡易飛行ユニットや、この〈黒騎士K.O.N.〉に試験的に搭載された『グレムリンの棺デモンズ・コフィン』を始めとし、北方皇国が実質的に独占している結晶体兵器の基本的なメカニズム。


 それが、一瞬で破綻させられた。それも、高密度の粒子化結晶体の嵐を起こすというかなり強引な方法で。


「……どんな手品を使ったのかね」


〈知らん。強いて言うなら、女神が憑いたとでも言えばそれらしいだろ〉


「成程、面白いことを言う」


 目の前に立つあのVAFにも、結晶体兵器に準ずる何かが搭載されていたのは予測していたことではあるが、まさかここまでとは思ってもいなかった。


 結晶体の海から望む武器を引きずり出すだけでも十分厄介ではあったが、これほどの結晶体制御能力を持っているとなるとかなり厄介になる。


 大規模な現象を不可成結晶体で起こすためには、それ相応の量とそれらをすべて完全な制御下に置けるだけの能力が必要になると、技術班が語っていた。


 故に、万能兵器としての結晶体兵器は存在せず、同時に作る理由もない――とも。


 補給を必要としない自己完結した兵器。結構なことではないか――否。断じて否だ。


 ありとあらゆる兵器という兵器は、道具であるが故に使い手たる『人間』の存在が不可欠だ。

 そして、人間という生き物は、戦場という異常な空間に長く滞在できるほど頑丈な生き物ではない。休息を取るなどしてそこから脱出しなければ、人はたやすく壊れてしまう。


 いくら長期間の活動ができるよう進化したとしても、人間は戦場という異常空間に適応するためだけに進化に行き着くほど極端に行き急ぐ生き物ではない。


 だから、あったところで無駄なのだ。


 ありとあらゆる道具は、何かしらの目的があって作られる。

 ならば、なぜ目の前のVAFとその機能は、一体何を目的として作られたのか。


 だが――戦闘の真っ只中にある現時点において、その思索は無駄である。

 今はただ、目の前のVAFをどうやって仕留めるかが重要だ。


 やるか、やられるかオール・オア・ナッシング


 銃が使い物にならなくなる前にケリをつければ勝ち。

 そうでなければ高確率で勝ちの目が薄くなる。


「掌握領域変更。全領域スフィアから個領域ミクロへ」


『ラジャー。結晶体掌握領域を縮小。全域から当機周辺に』


『――結晶体掌握率、既定値に到達。メタマテリアル生成プロセス復旧』


 範囲は減るが、領域を絞りさえすれば十分使える。


〈悪かったな爺さん。ここからが本当の第二ラウンドだ〉


 VAFが、〈導星〉がこちらを見据え、構える。

 こちらは、腰を落とし、右脚を半歩下げしっかりと踏みしめ、アサルトライフルの構えを固める。


 強装弾を叩き込んだアサルトライフルのトリガーを引くのと、〈導星〉がオムニホイールを駆動させて突っ込んでくるのはほぼ同時だった。

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