第二章-22 故に彼女は共に星を摘む

「星摘……計画? 第三案ザ・トリニティ……?」


 訳が、わからなかった。


結晶の巫女プリエステスシリーズ……? シリーズ……」


 シリーズ。

 続き物、その系列を示す言葉。

 それぞれ血が異なる者が愛し、結ばれ子を成していく人間には、まず当てはまらないもの。


 機械や道具の類なら、そのその言葉がつくのも理解できる。

 しかし――


「《神託者オラクル》……いや、《深海の十字路塔主アンダーブルー・クロスロード》……どっちで呼べば良い?」


〈どちらでも構いません〉


「じゃあ……《オラクル》。あなたにいくつか確認したいことがある。いい?」


〈何でしょう〉


「あなたは、私に『我が真なる女王』と呼んだ。それは、私に聡明やその他のオーナーが持っているものとは異なる、あなたに対する最上位権限があるという解釈で間違いはない?」


〈肯定します。あなたは、聡明たちオーナーと異なり、私の真のオーナーです。故に、私が保有する全性能を引き出す権限を有しています〉


 わたしは、人だ。そう、人であるはずだ。

 わたしをたすけてくれた人――静馬エトと同じヒトで……


「あなたは、第九世代人工知能――つまり少なく見積もって人間以上の知性を持っている人工知能である。故にあなたは今この人工島群で起きていること、わたしが何を知りたいと思い、何を質問しようとしているのか、その他諸々――その全てをオフライン環境でありながら完全に把握している。

 ……間違いない?」


〈イェス。あなたの理解は正確です〉


 だけど、あの人工知能は――


 ヒトの知性の総体を超えたそれは――


 わたしを指して、星摘計画の第三案と――


 あったこともないわたしを指して、真のオーナーであると――


 わたしを指して、本当なら道具の類に付けられるはずの『シリーズ』と――


 ――そう言った。


 内容を《オラクル》に、そして自分に言い聞かせるように、質問した数だけ指を折っていく。


「あなたは、その星摘計画のことを知っている。そしてその第三案であるわたしにはその内容を知る権利と権限と義務がある」


〈イェス。しかし、そこにいる静馬聡明にはその権限と理由がありません〉


「理由その一。静馬エトは、静馬家は十分巻き込まれている。理由その二。わたしの名字はなに?」


〈……了解しました。静馬聡明の同席を認めます〉


 ならば、わたしは問わねばならない。

 聞かないといけない。


「……ならば、答えて。私は何者なの?」


〈よろしいのですか?〉


 わたしがおかしいことは、最初っからわかっている。その上で、そいつはそう聞いてきているのだろう。

 善意とか感情とか、そういう曖昧ファジーなものではない。おそらく、事実を聞いた後の変調を恐れているから、本当に良いのか? と聞いているにすぎない。


 ――だけど、その上でわたしは問わねばいけないのだ。


 人を喰らう結晶の園で産まれたわたしが、

 わたしを命がけで助けてくれたあの人の体を蝕んでいた結晶を鎮めたわたしが、

 一体何者であるのかを。


 そしてそこから、わたしが今できることを、今戦っているエトのために何ができるのかを導き出せば良い。


「構わない。教えて、わたしのすべてを」


 苦悩は、その後にすればいい。

 生きて帰ってきたエトといっぱい、いっぱい話し合って、そして自分でケリをつければ、それで良いのだ。



 ◇ ◇ ◇



 自由落下していく人には、二種類ある。

 一つは、落ちるとは最初っから思っていなかった人間。

 もう一つは、落ちるとわかっていた人間。

 この二つ。


 落ちるとわかっていたのなら、それを踏まえた上で冷静に行動すれば良い。


 だが、そうでない人間は?


「おおおおおおおおおっ!?」


 ただ、驚愕とともに落ちゆくのみ。


 人は起こり得ないことが起きたが故に、初めて驚くのだ。

 故に、静馬エトは床がメタマテリアル化し砕け散ったということと、砕いた本人も落ちてきたと言う事実に驚かざるを得なかった。



 ◇ ◇ ◇



 自分が落ちることを把握した上で、それでも落ちた者が取れる行動の幅は、落ちると思っていなかった者のそれと比べるとかなり余裕があると言える。


 冷静に照準して、撃って、地面に激突する前にワイヤーアンカーを壁や落ち行く瓦礫やモノに撃ち込んで勢いを殺して、着地すればいい。


 思考加速プロセスがあったとしても、生理現象には逆らえない。


 構えて、狙う――


 ――おっと、驚愕から復帰した。早い。


 ――だが、やはり悠長にすぎる。


 照準したこちらに気付いて、アサルトライフルを乱射する。

 すぐ逃げに走らず、牽制するか。悪くない判断だ。


 だが、問題ない。


 この連射は、当たらない。


 一発は瓦礫を穿つ。


 あれは、ただの牽制。


 一発は装甲をかする。


 当たったとしても、被害は軽微だ。


 一発は、脚に当たるが有効射じゃない。


 あいつは、焦っている。


 その証拠に、ほら――

 弾倉全ての弾丸を撃ちきった。


 そう、そこだ。


 弾切れに気がついて困惑したその一瞬。

 一気に解き放つように、引き金をひいた。


 撃ちきった後、ワイヤーアンカーを壁に撃ち込んで、壁に張り付き、勢いを殺す。


 彼の機体もギリギリのところでワイヤーアンカーで減速を試みたが、少しばかり遅かったようだ。



 ◇ ◇ ◇




 装甲と粒子装甲でなんとか弾いてなんとかしのいできたが、先程の落下と追い討ちの射撃で、エトはその戦闘力の大半を喪失していた。


『警告:フレームに規定上の負荷とそれに伴う歪みを確認』


『警告:主要エネルギー伝導ライン、一部断絶を確認』


『警告:装甲期待値、最低ラインを突破』


『警告:パイロットに重度のダメージ』


 どうやら、落下時の攻撃で動力ラインの一部と脇腹を――浅くではあるが――抉ったらしい。

 即死しなかっただけ、運が良かったと見るべきかそれとも――


『警告:パイロットの結晶体侵食度が進行。ステージⅣ』


 そして、それとは別に、フレームイーター戦での無茶に、今回の戦闘での無茶は結晶病のさらなる進行という形でエトの身体を蝕んでいた。


(……やっぱり、I システムの駆動に呼応して身体の中の結晶が活性化してる……)


『パイロットの生命保全のため、I システムを緊急停止します』


「インター……セプト……! 緊急停止をキャンセル……破損部位の再生を――」


 そして、結晶病の進行に伴って精神が、自我が希薄化していく。

 結晶病が進行していく度に自分の何かが分解され、武器の錬成や粒子装甲などとI システムを使えば使うほどその勢いは加速する。


『ノー。パイロットの生命兆候に異常を検知しています』


 そしてその規模の大きさに比例して、結晶は自分の体を食い荒らす――!


 今はまだ――死なない。だが、身体がそう長くは持たないのは間違いない。

 だけど今はまだ――


〈導星〉は立ち上がろうとする――が、よろけ、壁に激突し、崩れ落ち――る前に右手に持っていた槍の石突をタイルに叩きつけて辛うじて転倒を回避する。


「――…………」


 意識が、朦朧とする。


『やはり、情報通りそいつはパイロットへの負担が凄まじいようだ』


 声がした方向を向くと、黒騎士が無傷で佇んでいた。


『当然か、結晶体を身体に受け入れて初めて使えることができるシステムなど、地獄への特急券だ。危険すぎる。

 それから降り給え少年。今ならまだ間に合うはずだ』


「くぅ……」


 槍で体を支え、体制を立て直す――しかし、うまくいかない。


『少年がそれから降りて、あの少女を確保して持ち帰れば、私が依頼された任務は完了する。少年が死ぬ理由はない』


「……理由、理由か」


 たしかに、自分には死ぬ理由はない。エリュシオンのために身体を張る理由もそこまでやれるほど熱心でもない。

 だが――


「俺が、俺があの娘を護りたい――と言う理由じゃだめか?」


『それが第三者から誘導されたものだとしても、か』


「知った事か。俺が、俺自身の意志でそうしたいと決めたんだ。ケチつけられる筋合いなんてねぇよ」


 だから、その過程でくたばることになったとしても、それはそれで納得するしせざるをえない。


『そうか、ならせめて楽に死なせてやるのが礼儀というものか』


 今この瞬間、死が間近に迫っていながらもエトの内心はその実穏やかなものであった。


 船賃渡す前にキャンセルされたとは言え、一度死んでいる身だし――

 美人っていうか好きな娘守るために死ぬのも存外悪くないもんだ――と思い至って、改めて自覚した。


(美人のためとか言っときながら、あの娘に惚れてたんだな俺……)


 黒騎士が迫る。


(想いすら告げることもできずに死んでいく――か、つくづく嫌な死に方だよな)


 迫る、迫る。


(うん、やっぱり俺は――)


 そして黒騎士は不可視の剣を振り上げる――!


(――死にたく、ない!)


 ならば、足掻け。せめて精一杯の抵抗を!

 支えにしていた槍を攻撃に、突きに使ったため、体勢が崩れる。

 踏み込め、その勢いを殺すな! 攻撃に転用しろ!


 敵の左腕部にマウントされたアサルトライフルは火を吹いて、右手を砕く。

 この手の近接武器は小指で持つ。ならば親指以下三本砕かれても、まだ握れる!


『いい戦士だった』


 貫くまであと少し――と言うところで更に体を捻って回避される。

 そしてそのねじりを解放して剣を加速させる――


『だが、やはり届かず』


 ――その軌道は、コックピットを狙っていた。


「……ごめん、ミィナ」


 ただ、申し訳なく思った。そして、悲しくもあった。


 だから――


〈――インターセプト!!〉


 通信とAIのネットワークに彼女が飛び込んできて――


〈Iシステム強制再起動!〉


 そして、毅然とした声でAIに命令を下し――


〈高圧縮状態にしたあと滞留装甲の粒子拡散制限を解除!〉


 黒騎士をふっとばしたのは彼女であり――

 故に――


〈エト! 大丈夫?〉


「ミィナ……なんで」


 やはり、何故――と問わずにはいられなかった。



 ◇ ◇ ◇



 あの人は、自分が死ぬのをわかっていながら、見ず知らずのわたしとともに生き残るために戦ってくれた。


 ならば、今度はわたしが助ける番。

 前のような『何故かできてしまった』ことじゃない。

 わたしは、わたし自身の力であの人と同じ場所に立とう。

 それが、わたしの願い。

 それが、わたしの望み。


 それが、わたしの全てを知ることを求めた理由。


「エト。Iシステムのことは把握してる。身体の結晶のことは任せて」


〈ま、任せてって何だよ急に! 話がさっぱり――〉


「わたしは、あなたと同じ場所に立ちたい。だから一緒に戦う」


〈ミィナ……〉


「Iシステムの制御はわたしが。戦闘はあなたが。大丈夫。わたしはエトと一緒にいる」


〈……そうだな。ありがとうミィナ〉


「お礼は……まだはやい。そうでしょ」


 そう言って、後ろを振り返る。


「……フリスズキャルヴ、起動」


 海底のオペレータールームの中央に位置し、同時に何もなかった床から命令オーダーに応じて円筒状のインターフェースが現れる。


「わたしは、あなたと共にある」


 円筒状のインターフェイスに向かって歩んでいく。彼女の衣服が分解され、インターフェイスとの接続率を改善するためのものに再構築される。


〈――僕も、君とともにある〉


 彼女は、全てを望む高座に歩む。

 そして、私を迎えよ――受け容れろと語る。


「私は告げる――――」


 あの時と――エトを助けたときと同じように、知らないはずの祝詞がわたしの口から溢れ出す。


 ――受け入れよ。これが『わたし』だ。


《オラクル》が語ったことにショックを受けなかったと言われれば、嘘になる。


 あの第一案VAFに備わっているIシステムとその欠陥。


 エトの身体を蝕むその結晶体。

 それを解決するために、ある遺跡にほぼ完全な状態で遺されていた遺伝子データをベースとしたIシステム制御用の純生体型ピュア・オーガニックアンドロイド、『結晶の巫女』シリーズ――その第一号がわたし。


 ――祈れ。


「私は生かす。私が守る。私が傷つき、故に私が守る。わたしの手を逃れうるものはなく、わたしの目の届かぬものはない」


 遺伝子も、瞳も、髪も爪も皮も――その全てが作り物。

 ヒトと同じだけど、ヒトと呼ぶには遠く異質な存在。それがわたし。

 エトたちが頑なに言わなかったのもわかる。


「望み給え。

 望む者をわたしが招く。望む者と共にわたしは塔を登り、わたしは汝と共に星を摘み、共に星を積む。

 願いの星を。小さきそれも、大きなそれも、わたしは忘れず、それがもたらす罪をわたしが軽く、あらゆる罪の重みを忘れさせる」


 パイロットに尽くすように作られた存在。それがわたし。

 だから、エトに抱いているこの想いも、尽くしたいと願うこの思いも、きっとそうなるように仕組まれていたものなのだろう。


「故に願いを。

 願いには願いを、罪には赦しを、悲劇には続きを、失意には再起を、あなたにはわたしを、わたしにはあなたを」


 ――だが、それが何だというのだ。

 これは、わたしの望みだ。わたしの願いだ。まごうことなきわたしの意志だ!

 誰一人として否定させない。


「願いの星はわたしの手に。願いはあなたの手に託しこれを証とする。

 我が宿命は星摘みの内にこそ与えられる。これこそが我が永遠の願いである。

 ――――赦しはここに。結晶より生まれ落ちたわたしが誓う」


 わたしの手を取ってくれた人の力になることを望んだから。


「――――“汝に夜の奇跡あれイデアル・サクラメント”」


 ――接続が始まる。

 身体感覚が消失する。されど、わたしはここにいる。

 エトと同じ場所にある。


「あなたは、もうひとりじゃない」


 この様子だと、多分エトも気がついているかも。


「そうだ。君ももう一人じゃない。戦おう、一緒に」


「……うん。一緒に行こう、エト」


「整備不良の状態でもK.O.Fを倒せたんだ。なら今でも、一緒に戦えば怖いものなんて、きっと無いさ」


「……うん!」


 恐れはない。ただ喜びに、エトと同じ場所に立てた嬉しさがわたしを満たす。

 そしてあとは、目の前の敵を討ち倒すのみ。


『――接続先を「結晶の巫女」に変更します』


『観測並びに、存在意義の再定義が成功しました』


『観測成功に伴い、結晶の巫女経由による《神託者》との直結回線を構築します』


『回線の構築が完了しました。以降、《神託者》と「結晶の巫女」による演算支援がリアルタイムで実行されます』


『演算負荷とパイロットの結晶体浸食度の軽減を確認。ステージワン


『Iシステム疑似拡張パッケージが粒子化結晶体PICの再散布を開始。滞留化処置を実行します』


 ――深呼吸する。


「「われら、共に歩まん」」


 ――Iシステム、完全駆動!

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