第二章-21 『人の世界』の果ての蒼き十字路にて
静馬エトが得意とする技能・戦術は近接戦にあった。
素質故にその道に至ったのではない。銃を触るような機会は殆どないと言っても過言ではないエリュシオンで、そして槍のような長物による近接戦闘で武勲を上げてきた静馬聡明の指導である。自然と近接に傾くのも無理はなかった。
今こうやってアサルトライフルを扱えているのは、ひとえにVAFの火器管制システムと制御AIのおかげだ。そうでもなければ一度も銃を使ったことがないエトには手が余る。
撃つのは良い。一発でも敵の動きを制限できるなら上々である。
だが、加減がわからない。
訓練を重ねたものなら、フルオートでも節約しながらも効果的な制圧射撃を行うことができるのだろうが、そこまで気が回るほど人工知能はまだまだ利口ではない。
戦闘はなおも継続し、可能な限り節約したつもりであるけれど、手持ちの弾薬はとうに尽きた。
残るは今使用中の弾倉のみ。
この調子で撃ち合い続けるのは正直言って、分が悪い。
そして相対する黒いVAFとそのパイロットは――
『筋は悪くないが、銃火器の扱いがイマイチだな。まぁ、あいつは射撃が下手だったから仕方ないとは言え――これも時代か。悪くない』
いなし、避け、攻撃する。撃つ、撃つ、撃つ。
黒いVAFが放つ弾丸の量は、エトが放ったものと比べると圧倒的に少なかった。
だが、その尽くが効果的であった。
その数発で動きを確実に制限させ、その数発で動揺させ、その数発で行動をためらいさせる。
エトが何度も撃ってようやく得られるであろうそれを、敵は難なくやってのける。
『前も言ったと思うが、私は聡明と肩を並べて戦ってきた身だ。年は取ったが、若いものには負けんよ』
見ようによっては狼男にも見えるそいつは、お前の実力はそんなものではないだろう。もっと、もっとその実力を、楽園を受け継ぐ者と言わせるぐらいの実力を俺に見せてみろ――と、そう言わんばかりに揚々と振る舞い、こちらを見据えている。
今や老兵は、先程までのような消え入りそうな雰囲気など纏っていない。
相対して初めて実感する。
相対して初めて痛感する。
相対して初めて知る。
これが、VAFを本格的に用いた独立戦争――楽園戦争を生き抜いてきた人間の実力なのだと。
これこそが、何度も死線をくぐり抜けてきた人間の力なのだと。
老兵は、何かしらの理由で戦場から去らざるを得なくなるから消えるのだ。
だが、そんな理由を消し去ったとしたら?
『黄泉への手土産と、老いぼれの道楽だ。くれぐれも私を失望させてくれるなよ? 静馬エト』
直後、黒騎士は突貫した。
◇ ◇ ◇
突撃――?
何故、と考える暇はなかった。高周波ナイフを取り出し、構える。
しかし、違和感はなおも膨らむ。
何故あいつは突っ込んできた? このまま距離を取って射撃を続けていればこちらは確実に弾が尽きる。にも関わらずリスクをとてきたのは何故だ?
黒騎士が迫る。右腕を振りかぶった状態で迫る――
振りかぶる? 今の黒騎士の武装は腕にマウントされたトンファー型のVAF用アサルトライフルだけだ。振りかぶる必要なんでどこにもない。
しかし、よく見ると右腕の先から何かがぼやけて――
嫌な予感が体を包む。
ここに居続けるのはまずい!
そう思って横に避けた直後、黒騎士は右腕をものすごい勢いで振り降ろした。
そして――
『――ほぅ』
先程まで〈導星〉が立っていたタイルは、轟音と共に砕かれていた。
あの轟音と割れ方は、銃のものじゃない。
質量があるもので叩き割ったような――
『これは、驚いたな』
見切られるとは思っていなかったのか、驚きと感嘆を滲ませる。
砕かれたタイルから、何かが舞って散っていく。その発生源は次第に上昇し、最終的に黒騎士の手首で止まった。
『ちょっとした手品だ。面白いだろう?』
会心の一撃をかわされたにも関わらず、その余裕は消えてない。
思考加速プロセスで提示されたサジェストを見ると、さっきの一撃は回折型光学迷彩かそれに近しい機能を持った物質によって構築された質量剣によるものである――と分析されていた。
「光学迷彩機能を持った物質……?」
〈おそらく、メタマテリアルのことでしょう〉
オラクルが口を挟んできた。
〈それ自体が負の屈折率を持つメタマテリアルなら、それを
しかし、メタマテリアルの膜が剥がれても、剣本体の姿がない。
それに質量剣に塗布したとなると、先程の分析と矛盾する。
第一、VAFはそこまでペイロードがあるとは言い難い兵器だ。アサルトライフル二丁と弾薬その他諸々だけでも相当な重量になる。そこに質量剣を積めるだけの余裕があるとは思えない。
欲張って積載量以上の武装を積めば機動力が死んでしまう。
『一度強い衝撃を与えると、このように崩壊してしまうが――VAFを叩き潰すのには十分すぎる硬度だ』
背負った一対の棺の表面が割れ、割れ目から青白い光が漏れる。
パキ……パキ……となにかがひび割れるような――もしくは何かが析出されていくような音が中を木霊する。
『そして、こいつは一本だけじゃない。やろうと思えば、この純メタマテリアル製の質量剣を何本も創り出せる。科学の力とは、やはり凄いものだ』
そして、気がつけば辺り一面に剣が突き立っているという異様な光景に姿を変えていた。
その全ては、自然界には存在しない、人間の手によって初めて存在することができる物質で構成されている。
『時に少年。ここがどこか、一体何の施設なのか、知ってるかね』
そこで初めてエトは、周囲を見回した。
壁には『B1』――地下一階を示す文字と、『
黒騎士の奥の方向を注視すると、視界の端にマップが表示され、そこには二基のエレベータが在ることを示唆していて、そのうちの片方は大型トラックが軽く五台以上を運搬できるとあった。
マップの名称は――『《神託者》封印用地下施設 第一階層 非常時用搬出口』
黙り込んだエトが何を見たのか察した黒いVAFは、身をかがめ、その両手を床に付けた。
一体何を――と思うと同時に敵は語る。
『”人間の世界”の果て、そしてそこに至る巡礼道――その入口へようこそ』
――誘導された!?
『さぁ、”人間の世界”の果てを巡る旅を、地獄巡りと洒落込もうじゃあないか』
直後、メタマテリアルへと転化されていた地面は、その下の階層の地面も、そのさらに下の階層の地面も、その意思に従って砕け散る。
踏みしめる地面を失った二機のVAFは、重力に従うままに落下する――
「なあっ……!?」
『……第二ラウンドだ』
◇ ◇ ◇
「エト、大丈夫なのかな……」
「無事であると祈るしか無いな。親として悔しいが」
エトたちの戦闘に巻き込まれない内に、このエリュシオンの中で一番安全な場所――《神託者》封印施設の内部に入ったミィナたちは、聡明の手で多くの警備システムを、正規の手順でパスしてゆく。
そして、長いエレベーターを降り、セキュリティゲートを二つくぐり抜け、巨大なシャッターの前に辿り着いた。
聡明は、携帯端末を取り出して、その画面をセキュリティ端末にかざした。
「……それは?」
「この部屋の主から餞別代わりに渡された物だ。通話機能しか無いと言っておきながら、その中身はこの施設の管理者権限コードが仕込んでるというとんでもない代物さ」
餞別代わりに渡されたと聞いたミィナは疑問を口にする。
「聡明は、ここに来たことがあるの?」
「あぁ、それも何度も――な」
シャッターがゆっくりと開く。
「確かあいつは、『ここは“人間の世界”の果て』だって言ってたっけな」
「“人間の世界”の果て?」
「入ればわかるさ」
シャッターが開ききった先にあったのは、操作卓と椅子、そして大小含めた多くのコンピュータユニットが無造作に転がった部屋だった。
「ここは……」
「世界の果て。その主に繋がるオペレータールームだ」
聡明はミィナに中に入るよう促した。
〈人間の世界の果て。あなたのご友人であったクロムウェル・ザイツェフがこの部屋に来る度に、もしくは言及する度に好んで隠語として使っていた、この部屋と施設を的確に表す素晴らしいワードです〉
操作卓とその椅子まであと数歩。
スピーカー音声が高い天井から降ってきた。
〈お久しぶりです、静馬聡明。いや、初代
鈴を転がすような若い女性の声だった。
「個人的にはもう会うことはないと思いたかったのだがな――久しぶりだ《
聡明は、オペレータールームの入口に立ったままそう返した。
「オラ……クル……?」
「苦労、努力、忍耐をしたやつが真に報われる世界なら、こいつは必要なかった。だが、そんなものは存在しないしそれを構築する時間と道理は存在しなかった」
〈だから私は作られた。だからあなた方はここに訪れた。一欠片の希望を胸に、ここに立った。その時のあなた達の事はよく覚えています〉
「……笑える冗談だ」
聡明は忌忌しそうに吐き捨てた。
「紹介しよう。こいつが第一次楽園戦争の真の英雄。そして人類には過ぎた道具。機械仕掛けの悪魔」
聡明の前置きを、機械仕掛けの悪魔が繋げる。
〈――型式 “Odin-099x / Plan No.2” 黎明歴二〇四五年設計、ICマテリアルアーキテクチャ実証試験型第九世代人工知能、星摘計画第二案。このエリュシオンに於ける個体識別名は《
その声には感情のゆらぎはない。
〈――《
立体映像のウィンドウがミィナの目の前に浮かぶ。
海底を上から見下ろした映像が映されている。
そこには一つの大きな塔が建造されていて、それに付随して四つの小さな塔が取り囲むように建っていた。
――海底を十字状に奔る、青白く、妖しく光る結晶体の鉱脈に沿うように。
――主塔は海底に揺らぐ十字路の中心に。
海底に、そしてそこを十字に奔る不可成結晶体の鉱脈に直接建てられた五つの塔。その内に潜むそれが、《
〈Hellow My Lady ――ようやくお会いできましたね。星摘計画
人の知性の総体を超えた人工知能は、令嬢に敬う執事のごとく――
〈――我が真なる女王よ〉
そう告げた。
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