第二章-18 星摘計画

 人類の中で一番タチの悪い人種とはなにか。


 独裁者、詐欺師、正義さえあれば何をしても良いと思っている『善良』な馬鹿、エトセトラ……数え上げればキリがないが、一番は知識に貪欲で、そのために何でもする人間だとオーゼ・アリシアは確信している。


 更に腹立たしいのは、自分もその一人であったということだ。


 あの悪夢の日から、名前を変えた。


 過去も捨て去った。


 彼女と出会って、義姉妹になって初めて救いを得た。


 完全とまでは言わないまでも、そもそもする気はなかったけれども、悪夢をもたらしたクソ忌々しい奴の一人と和解した。


 そしてなんだかんだでうまく行っていたと思う。


 しかし、過去というのは忌々しいことに捨て去ったとしても、どれだけ望んでいなかったとしてもしぶとく追いかけて、今の私に牙を向けるのだ。


「はじめまして、尾瀬有奏。今はオーゼ・アリシアって名前になっているんだっけ?」


 そう、モノレールでの一件に続いて今のように。



 ◇ ◇ ◇



 モノレールでの一件で数体の針金人形を叩き潰したまでは良かった。


 だが、掃除し終えて降りた駅に何故かアヴィリアの部隊が屯していたのが運の尽きだった。全員蹴散らそうとも考えたが、アサルトライフルとボディアーマーでガチガチに装備した部隊に、徒手空拳でしかもかなり消耗した状態で勝てるほど現実は甘くないのと、それに気が付かないほど私は馬鹿ではなかった。


 程なくしてアヴィリアの基地に連行され、同業者と一緒に軟禁されていたというわけだ。


 そして、その中で何故か私が名指しで呼ばれ、薄暗い部屋の中で礼儀知らずのクソガキとこうやって話すという新手の拷問に遭っている、というのが現在である。


「何者だクソガキ。今の私はものすごく機嫌が悪い。死にたくなければその名を出すな」


「嫌だなぁ、僕は静馬の悪夢と大析出を生き延びた技術流派の末裔に会いに来て、話をしたいだけなんだけど」


「技術流派……技術流派だと!? ヒノマは等の昔に滅んでいるはずだぞ」


「ヒノマ皇国は確かに滅んだ。君たちが必死になって戦っていた間、騒動のゴタゴタを突かれて北方に併合された。でも、それでも技術流派ぼくらはしっかり生き残っている。それどころか北方からこれまでと比較にならないほどの支援を貰っているよ」


 オーゼのすさまじい形相に気がついたのか、


「――勘違いしないでほしいんだけど、これはあくまでだからね」


 ――と補足した。


「本土? まるで自分たちは本土にいないような言い方じゃないか」


「実際そうだから仕方ないよ。あぁそうだ、僕としたことが名乗るのを忘れてた」


 少年と呼ぶには老成している雰囲気を纏っている彼は、頭をかきつつ罰が悪そうにこう名乗った。


「波止間和人。ヒノマ共和国所属技術師」


「流派は」


「藍城流派」


 タチの悪い人種筆頭の姓名を聞いた彼女は舌打ちせずにはいられなかった。


「……大析出を経ても九大技術流派ナインスターズは健在か、忌々しい」


「しぶとさが売りでこその技術流派だからね。藍城に限らずナインスターズ全般がそうだけど」


「で、一体何の用だ。わざわざナインスターズの息災を伝えて私をひたすら苛立たせるだけが用事じゃないだろ」


「ごもっとも。じゃあ本題に入るんだけど、あのVAFのこと――どれだけ知ってる?」


「どれだけ、か。VAFのVの字すらない時代になぜか造られた実証試験機だということは把握しているが」


「もう一つあるでしょ? 不可成結晶体の制御。知らないとは言わせないよ」


 やはり、知っていたようだ。


「技術流派の面々が血眼になって探し回っている結晶体の制御技術がいきなり出てきたんだ。おかげで本土、八島問わず上の下の大騒ぎさ」


「情報がほしいなら他を当たることだ。アレのことについて私は知らんぞ」


 技術流派、それもナインスターズに近しい血を持つ人間は何かしらの危機――大析出がそのいい例だ――を探してはその探究を行うある意味ヒマな人種だ。現在進行形で人類の脅威となっている不可成結晶体の研究に躍起になっていたとしても何ら不思議ではない。


「――


「何だ、それは」


 話の流れを断つように現れた『星摘計画』の四文字。

 一体何のことだと考えるがさっぱりわからない。いきなり訳の分からない発言をかますことで混乱させたいのかとも思った。

 しかし、彼が放った一言は、彼女を驚愕させるに余りあるものだった。


「大析出前に行われていた計画らしいけど、どうやら全てのナインスターズが協力してやっていたらしいんだ。その成果の一つがあのVAF。にわかに信じられないけどね」


「全てのナインスターズが協力し合った上に、その成果があの骨董品と同義のVAFだと? 一体何の冗談だ」


 ただでさえ縄張り意識が強い技術流派――それも九大技術流派が垣根を超えて協力するというのは、例え天と地がひっくり返ったとしても起こり得ないと言われても仕方ないレベルでありえない事態だ。


 しかし、裏を返せばそれは――


「仮にそれが本当だとして、ナインスターズの上層――宗家はアレで何かをしようとしていたのか?」


「もしくは、結託してもいいほどの何かがあったのかもね。その結果がVAF一機ってのも妙な話だけど、あんな物見せられちゃあね」


 少年は笑いながらそう語る。

 オーゼは傍から見ている分には気楽で良いものだと内心で吐き捨てた。


「そもそもだ、VAFの概念がない時代にVAFを拵えるような連中なんて限られる。そうだろう?」


 いささか癪ではあるがこればかりは同意せざるを得なかった。


 そもそもVAFは、全身義体化技術から派生したものであり、技術流派が持つ高い技術力なしでは建造が困難な代物だ。


 そして技術流派にはまだ明らかにしていない技術を多く溜め込んでいる。それも、公開する時代を間違えれば世界が混乱に陥ること間違いなしと言っても過言ではないレベルで――である。


 それこそが技術流派とかいう妙ちくりんな組織ができた理由でもあるのだが、そんな彼らの秘技を以てすれば大析出前にVAFを作るのなんて余裕だったであろう。


「――星摘み、星積み、そして星罪ほしつみ


 彼は立体ウィンドウを見ながらぽつりとつぶやいた。


「今度は何だ。そのクソつまらん駄洒落はやめろ、寒気がする」


「いやね、藍城家と神楽家の娘さんたちはどうやら歌劇に打ち込んでて、その親もそれに影響されて歌劇を観ていたそうなのよ」


「九大技術流派がこのご時世に歌劇にお熱とは、先が思いやられるな」


 聞こえる音から判断するに、どこかの戦場のような――


「歌劇にお熱なのは別にいいさ。アレはアレで結構新鮮な体験だったし。――とにかく、その娘さんたちが好きな戯曲で出てきたキーワードがそれなんだよ」


 画面をよく見ると、予想通り戦闘の光景だった。

 ダークブルーでなめらかな曲面を描く装甲を纏ったVAFが、三機の多脚戦車に追い詰められている――そんな光景だった。


「互いに想い合っていたけれど、記憶を失ってしまった大切な少女のために、真の再会のために、困難を乗り越えて塔を登った。

 その頂上で願いを叶える星を摘んだ二人の少女たちは、それゆえに罰を受け、二人の夢は叶うことはなかった。――それが星摘み、星積み、星罪ってわけ」


「訳が分からない。性的嗜好はこの際どうでもいいが、願いを叶えるために行ったそれが罪になるだと? ナンセンスだ」


「オーゼさんはユーモアが致命的に足りないと思うんだ」


「言ってろクソガキ。技術流派にそんなユーモアなんて――」


 ――星摘み、星積み、星罪。


 ――星摘計画。


 確か、エトボンクラはエドルアで結晶病で死ぬ運命に遭った。いや、結晶病以前に北方皇国のVAFで死ぬ可能性すらあった。

 だが、あの場にはあのVAFがいて、そして――


「…………確か、があのVAFだといったな。なら、他の成果というのは何だ?」


 その問を聞いた少年は、その瞬間を大いに待ちわびていたかのように歓喜する。


「それだよ、オーゼさん。それを待っていたんだ。ナインスターズ総出のプロジェクトだ。成果が一つだけだなんてありえない」


「知っているのなら、もったいぶらずに言え。ニヤけ面もやめろ」


「聞くところによると、VAFだけでは完全なものとはいえなかったらしく、致命的な欠陥があったらしいんだ。そしてそれを解決するセカンドプランたる生体ユニットの製造が計画されていた。その名は『結晶の巫女』」


 致命的な欠陥と、それを補うための『結晶の巫女』。


「当時は、静馬の悪夢の影響もあって純生体ピュア・オーガニックアンドロイドを作れなかった。だけど、最近になってどっから嗅ぎつけたのか知らないけど、北方皇国の研究グループがそれの製造に成功した。その後脱走したらしいけどね! ザマァないや!

 ――あなたはその少女と、彼女が起こした奇跡を目の当たりにしているはずだよ」


 過去の会話がフラッシュバックする――


 ――生身で結晶地帯をさまよっていたミィナとやらが、お前エトの体内に巣食っていた結晶体に『お願い』をして休眠状態に移行させ、しかもそれが今も継続している……か。


「まさか……」


 ただただ、恐ろしくてたまらない。

 わからないし、知らないから、恐ろしくてたまらない。


 あの時は半ば眉唾で聞いていたからまだ良かった。だが、よりによって技術流派、よりによってナインスターズが関わっていたとなると話が違う。


 ナインスターズは、一体何を見つけ、一体何を見たのだ?


「――にしても、多脚戦車三機に対してここまで立ち回れるなんて。いや、これはパイロットの腕かな? それとも静馬の血筋かな? それとも近代化改修された〈導星〉――君たちは〈オリジネーション・ゼロ〉と呼んでいたんだっけ? ――の機体性能かな?」


 彼は、画面に映るVAFを指して笑い、その戯曲のフレーズを諳んじる。


「――小さな星を摘んだなら あなたは手のひらほどの幸せを手に入れる。

 大きな星を摘んだなら あなたは手では収まらないほどの富を手に入れる。

 その両方を摘んだなら あなたは永遠の願いを手に入れる――

 だが、何事にも対価・代償は付き物だ。多くは結晶に喰われ果てたそうだけど、彼は、我らが静馬の後継は、どうなんだろうね?」

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