第二章-17 己が身に潜む死を望め。己が望む星を摘め
〈――パイロット。いや、静馬の末裔さん。聞こえていますか?〉
流れ行く光景を横目に、楽園を突っ走る中、声が聞こえてきた。
若い女性の声だった。
送信者は確認するまでもなかった。
「……あんたが、あの爺さんが言ってた『有能なアドバイザー』さんか」
〈如何にも。あなたの戦闘を最大限サポートする所存です〉
「名前は?」
〈『オラクル』とお呼びください。せっかくですし、あなたのことは――『
「断罪執行官とは、ずいぶん大げさじゃないか」
〈だけど、それ以外に今のあなたと静馬の名にふさわしい呼び名がありまして?〉
「そんな事僕が知るもんか」
〈じゃあ、そういうことで。さて――
第一にアヴィリア・アコード駐留軍が放った
「――そのための、腰にある得物なんだろ?」
思考に反応してその装備の詳細と外見、固定されている位置が表示される。
〈その通りです。その腰にある得物――停止信号プラグをどれか一機だけでも突き刺すことに成功すれば、決着が付きます〉
「自信があるじゃないか」
〈
「実証していないのと同じじゃないかそれは」
〈現実に限りなく近い箱庭での実証試験です。性能は保証します〉
「まぁ、使えるならそれに越したことはないな」
〈では、二つ目です。
今回の騒動を起こした首謀者が、あなたの父母と恋人を拉致したアヴィリアの部隊と接触し何かをしようとしている――というのはご存知ですね?〉
「まだ恋人だって決まったわけじゃないんだけどな」
〈その娘のためだけにこんなことをやる決心を付けたのだから、十分恋人の範疇なのでは?〉
「そういう問題じゃないと思うんだが……」
〈とにかく、その会合に百合の間に挟まる野郎の如く
「言い方! しかもそれだと最終的に処刑されるやつじゃないか! 僕が!!」
どうやらオラクルは悪い意味でネットにとっぷり使ってるようだ。
もしくはオタクの気があるのかも知れない。どっちにしろ同じことか。
〈でもシチュエーション的に実際そうとしか……〉
「優秀なアドバイザーだと聞いていたから、さぞかし最適なオペレーションでもやってくれるんだろうなと思っていたが、期待した俺が馬鹿だった」
〈そこはウィットに富んだジョークで緊張を解してくれたと言ってほしいところですね〉
「やかましい!」
〈続きです。フィアンセと父たちを上手いこと遠ざけることができた後ですが、可能であるのなら、首謀者を討伐してください。先程も申し上げましたが、彼は今回の騒動の中核です。エドルアの一件と廃棄街からの情報を鑑みるに北方皇国が裏で糸を引いているのは明白です〉
「彼――か」
〈彼を倒しさえすれば、廃棄街のテロは自然終息していくのは確実です。ついでに今回の件で多くのリソースを注ぎ込んだであろう北方皇国も、決して小さくない痛手を被るでしょう〉
「まぁ、わかった。まず最初に片付けるべきことをやろう。今暴れまわっている多脚戦車とやらの情報を」
〈仰せのままに〉
M8AF。
コードネーム:フレームイーター。
VAF以上の火力・機動力・演算能力を持ち合わすものがあれば、VAFなど恐れるに足らず――という対VAF戦における一つの
VAF以上の圧倒的なペイロードに物を言わせ、対装甲誘導弾や
〈その上、自律型
「二足歩行に比べたら八つの足の制御はまだ楽な方だろう。多分単体でと言うよりどっかが援助したのかもしれんが」
〈フレームイーターの弱点としては、AIの出来がそこまで高くないことと、その弱点を補うためにフレームイーター同士で行われるネットワークに大きく依存している点が挙げられます。
「高度な自動化はむしろ脆弱性を孕む――か」
〈そういうことです。今回の場合はそれ以前の問題でもありますが。――とにかく、一機だけでも強制停止プラグを突き刺せば、――場所によっては時間は変動しますが――ネットワークを掌握して停止させることができます〉
「問題は――」
連続した轟音とともに、眼の前の路面が耕され、粉塵が舞う。
弾幕のシャワーに打ち据えられる直前に、横の建物に飛び込んで避けた。
「――どうやって近づいてこいつをぶっ刺すか――ってことなんだよな」
自動で本格起動した思考加速プロセスは、先程の砲撃の密度から、少なくともフレームイーターが三機はいると示唆している。
〈そこは――そう、あなたの腕の見せどころ……ってことで〉
「おい」
〈先程も申し上げましたが、弱点こそあれど『
「…………」
〈――怖くなりましたか?
「最初っから怖いし、人身御供なんか今更だろ。でも、俺は彼女のもとに行かないといけない」
〈それは何故です?〉
「俺はそうしたいと、自分で決めたから」
〈わかっていて、尚且つ覚悟が決まっているのなら、上々です。では、どうしますか?〉
これは多分、彼女なりのエールなのだろう。
ならば、自分がすべきことは決まっている。
――Iシステム、
身体に巣食う死――結晶体が蠢くが、気にしない。
巣食った結晶体が活性化したと言う警告が出ても、気にしてはいけない。
結晶病による死が迫りつつある事実を、意識してはいけない。
死中に活を求め続けろ。
思い出せ。ありえないはずの事象が『できて当たり前』と感じていたあの感覚を。
思い出せ。
イメージしろ。
可能性の海から
フレームイーターの装甲をぶち抜けるだけの理想のものを。
粒子化した結晶体が導星の両手に集約する。
青白いラインが装甲の表面を奔る。
拡張パッケージの周囲に粒子が環状に集まり、翼のように滞留する。
己が望む星を抱け。
己が望む星を、掴み取れ。
生成した対戦車砲の
早く、早く……君の元にたどり着くために。
「――押し通る!」
そして僕は、死の巣窟に飛び込んだ。
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