第二章-15 フレームイーター。そして過去と未来の邂逅

 ――エリュシオン内陸部、モジュール2。

 セーフガード本部。


「一体全体ッ!」


 一歩踏み進めば、彼の形相に恐れをなした部下が道を開ける


「何がッ!」


 もう一歩踏み出すのに合わせてタブレット片手に情報収集に努めている直属の部下が後ろからついてくる。


「どうなっているッ!」


 彼が歩むは、怒号が行き交うオペレーションルーム。

 周りを見渡せば怒号を上げていないもの、声を上げていないものは数えるほどしかいない。ここではないが、過去の戦争を生き延びた彼の経験上、この手の部署が大混乱に陥る状況に大いに心当たりがある。


 すなわち有事。すなわち戦争。


 廃棄街で監視対象に含まれていたテロ組織が暴れだしたということは聞いていた。

 それだけならば、ただいつもより大きな騒動程度の認識にしかならず、またセーフガードが手を下さずとも、ましてや島流し用部署と蔑まれる廃棄街支部のケツをひっぱたいてけしかけるまででもない。自警団崩れエグザウィルが勝手に何とかするだろうと、誰が決めたわけではなく、ただいつものような分業作業で終わるものだ。


 これまでも、これからもそうなるはず――だった。


「上の連中は何をやっているんだ。とっととゴスペルの演算支援をやめさせればいいものを!」

「長官、どうやらゴスペル企業連合体ネクサスが演算支援停止命令を発動していたようです。しかし、対象不適正――といえばわかりますでしょうか」

「不発ということは、独自の支援クラウドか草クラウド――いいや、『北』か」

「ともあれ、ゴスペルによる鎮圧は期待できないものと見ても良いでしょう」


 だが、それでオペレーションルームがこんなに騒がしくなるはずはないし、彼もこんなに苛立つ理由もない。


「まぁいい。廃棄街あっちがわの揉め事は自警団崩れあっちがわがなんとかするだろうさ。問題は――こっち側だ」


 廃棄街の騒動でエグザウィルが駆け回っているのと同じように、エリュシオンもエリュシオンでセーフガードが動かざるを得ない自体が同時に起こっているのだ。


「第一に、小児全身義体者によるアドラステアの上層部議会への襲撃と、その一員の拉致。目的こそ不明で、あっち側が雇ったPMSCに犠牲こそ出たが、なんとか奪還できたのは僥倖だ」

「とは言え、拷問を受けたそうなので現在療養中のようですがね」

「過ぎたことはいい。問題は内陸部で起きた同時攻撃だ」

「今現在、制圧が進んでいます。ただ、思いの外手こずっているようです。モジュール9の海中多目的実験場の制圧は特に」

「手こずっている――か」


 目の前の大型スクリーンに映るセーフガードの戦略AI《アールンド》が弾き出した演算結果にはテロ集団が攻撃してくるであろう場所とその手法と傾向が表示されていた。


 そう、何の問題もない。全ては収束しつつある。しかし、不安と違和感が去来する。


 ――モジュール1を取り囲むように、あえて派手にかつ、誰かに見せつけるかのような……



 ◇ ◇ ◇



 廃棄街に於ける戦況は混沌の最中にあった。


 戦争をくぐり抜けたエグザウィルのVAFパイロットの腕に陰りはなく、また相対する敵勢力の練度はそこまで高くはない。

 しかし、数を減らしている真っ最中のエグザウィルが対応するにはその数はあまりにも多すぎた。


 ただでさえ少ないVAFが次第に少なくなっていき、最終的に戦力として機能しなくなるのは時間の問題だった。


 だから、エグザウィルの包囲網と封鎖されたゲートを突破して、エリュシオン内部に侵入する敵部隊が出るのは当然の結果であった。


『彼らは』その瞬間がくるのを、待っていた。


 自分たちを支配してきた楽園を逆に支配できる千載一遇のその瞬間を。



 ◇ ◇ ◇




 それは突然、なんの前触れもなく彼らに襲いかかった。


 集団で走行していたエグザウィルのVAFの一機が突如真横に吹っ飛ばされる。

 そして遅れて砲声が響く。

 反射で壁に張り付いた残りの機体は皆沈黙する。

 吹っ飛ばされた機体の胴に視線を向けて拡大すると、IC炉ごと大穴が空いているのが見えた。内部は砲弾の破片と着弾時の衝撃波でズタズタになっている。


 倒れ伏したVAFの直上と視界の隅に浮かぶバイタルデータには『パイロット:死亡』の文字。


 恐る恐る弾が飛んできた方向を見やる。

 ズーミング。

 外壁に張り付いた状態で、こちらに砲口を向けている八本の脚を持つそれは、まちがいなくVAFではなかった。


 同時にあれがエリュシオンが保有している兵器ではないことは知っている。しかし何故それが自分たちに撃ってきたのか理解できず、一歩も前に進むことができなくなった。


 M8AF。M8八脚戦車。


 アヴィリア・アコードの意地によって開発されたそれは、通常の無限軌道を用いる戦車とは用途を別とし、ある目的へと特化させていた。


 北方皇国とエリュシオンが共通して運用している兵器。

 即ちVAFである。


 最近搬入されたこの対VAF仕様アンチフレーム・モデルの自律型多脚戦車は、本来ならば対北方皇国戦で運用されるものであり、防衛戦が主になるエリュシオンで使われる事はないものだった。


〈あいつら……一体なんのつもりなんだ⁉︎〉

〈敵と誤認でもしたんですかね〉

〈ひとまず、あの戦車のパイロットに通信して敵でないことを知らせろ! あの砲口に睨まれちゃ鎮圧もクソもないぞ!〉


 しかし、彼らは知らなかった。

 M8シリーズにはパイロットは存在せず、また完全自律モードで運用しているが故に通信機能を閉鎖されているということを。


 そして、彼らは最初から協力する気など無いことも。



 ◇ ◇ ◇



 セーフガードが保有する戦略AIは、演算において演算対象が爆発的に増加し、状況を算出しきれなくなるフレーム問題を回避するために、その戦略AIを扱うオペレータ達によってある状況が除外されていた。


 もしも、アヴィリア・アコードが何かしらの理由で、結果的に北方皇国に味方することになったとしたら?


 本来ならば、エリュシオンの防衛を担うはずのアヴィリアがエリュシオンに牙を向けてくることは考えにくい。


「何? アヴィリアの多脚戦車がセーフガードとエグザウィルに砲撃しただと⁉ あいつら一体どういうつもりだ!」


「アヴィリアはAIの暴走だの一点張りで聞きもしません……。それで止めるための努力をするどころか、この際だから治安維持はこっちに任せておけと言ってくる始末です」


「セーフガードにも砲弾ぶち込んでおいて治安維持だと!? まさかあいつら……」


 しかし、そもそもアヴィリア・アコードと言う組織は反北方皇国の旗印の下、様々な国々が集結して結成された過去を持つ。


 当然その中には、エリュシオンを手中に収めんとしていた国がいたとしても何ら不思議はなく、またその野望の火が消えている保証はどこにもない。


「アヴィリアからまずい情報が入ってきました……最近搬入されたあの多脚戦車たちは、皆対VAF戦装備だそうです……」


「それが、殲滅戦モードで暴れだしたというのか……!」


 悪夢は多脚戦車一機では終わらない。自律型多脚戦車にはスムーズな行動を行うために綿密かつ強固なネットワークが各機体間に構築されている。

 もし、暴走した多脚戦車がネットワークに接続されている他の多脚戦車に援護を要請したとするならば?


 かくして、モジュール57、59、60に存在するアヴィリア駐留基地に搬入された、対VAF仕様の多脚戦車全九機がアヴィリアの制御を離れるという惨事が発生することとなったのだ。


「急いでアレを何とかするんだ! でないと廃棄街のみならず、エリュシオン本島も皆等しく火の海になっちまうぞ!」

「残っているVAF隊は対戦車装備で出撃しろ! 可能ならば他の隊にも対戦車装備を渡すんだ!」


 戦車一機の火力は相当なものである。多脚戦車はその構造上、ペイロードと火力こそ劣るものの、相当な火力を有していることには変わりない。ましてや、対VAF戦を視野に入れた装備なら尚更である。


 エリュシオンに『戦力』は存在する。しかし、それはあくまで自衛の範疇を超えず、同時に安全保障条約に基づくアヴィリアの参戦を前提としたものである。


「市民の避難が最優先だ。撃て、撃て!」


 アヴィリア・アコードは張子の虎でこそあれど、それでも虎であることには相違ない――と誰かが語った。


 今、この瞬間エリュシオンを取り囲む敵の戦力が、セーフガードとエグザウィルが対応可能なそれを上回った。各戦場で成果を上げている多脚戦車であり、その上対VAF戦に特化した代物が、首輪が外された状態でエリュシオンに跋扈する。


「駄目です! 砲撃が当たりません!」

「いいから撃て、撃ちまくれ! ここはなんとしても死守しろとのお達しだぞ!」

「くそっ、ユグドラシルならともかく、ここに一体何があるってんだ……あいつらの中に電子戦機がいやがるのか……レーダーと照準が――まずいお前らっ、後ろだっ!」


 ある機体は機動力に翻弄され、――


 またある機体はレーダーと通信を潰され――


 またある機体は圧倒的弾幕に蜂の巣にされ――


 VAFを活用した戦闘で自治独立を勝ち取ったエリュシオンにとってこれ以上の天敵はいないだろう。


 いくら暴走があったとは言え、多脚戦車が逃げ込んだのはエリュシオン本島だ。アヴィリアはエリュシオンの防衛こそすれど、その内部を守ることはしない。


 程なくすれば彼らは仄めかしていた『治安出動』を発動するだろう。その後に待っているのは事実上の占領だ。


 だから彼らは必死に戦う。

 対戦車装備がない状態でも戦う部隊もいた。

 テロリスト鎮圧と並行して戦っていた部隊もいた。


 しかし、九機のそれを食い止めるには、貧弱に過ぎた。


 セーフガードのVAFをズタボロにしたM8が、軌道エレベータを取り囲む六つの人工島――中核モジュールに突入する。

 それを力なく眺めていたパイロットは諦めとともにつぶやいた。


「もう――終わりだ……」


 誰かがそう思った直後、モジュール1、軌道エレベータのふもとから少し離れた場所の一角で大きなサイレンが響き渡る。

 同時に、一機のVAFが凄まじい速度で、多脚戦車の厚い弾幕を駆け抜け、中核モジュールに突入した。




 ◇ ◇ ◇



 モジュール1、軌道エレベータのふもとから少し離れた空き地に、一機のVAFが何もない空間から現れた。


「また会ったな、聡明。――『未来』を、気に入っていただけたかな?」


 そこにはアヴィリアの部隊が待機していて、先程『保護』した静馬聡明とその妻、そして静馬ミィナがそこにいた。


「その声……まさかお前……! 『運用規定ドレスコード』を発動させて何をするつもりだ!」


 その声とほぼ同時に、サイレンとともにその一角――にある空き地から巨大な立方体の構造物が迫り上がる。


「そろそろ、俺達は互いに過去にケリを付けるべきだと思わないか? ――例の少女を」


「我々は神託者を、お前はその少女を。契約は成立だ」


 アヴィリアの兵士がそう言いながら、水色の髪の少女をこちらに追いやる。


「あぁ、契約は成立した」


 アヴィリアの兵士が構造物の前に設置されたシャッターの前に集まり、うち一人がパネルを操作してそれを開ける。

 重く、低く響くモーター音と共にシャッターが上がる。


「この先に、エリュシオンが保有する戦略兵器が……!」


 直後、彼らは背後からVAF用突撃銃の弾丸に引き裂かれ、物言わぬ肉塊へと姿を変えた。


「お前らみたいな奴らが、アイツを使いこなせるわけがないだろ」


「おい! クロム、一体何のつもりだ!」


「安心しろ聡明。アレのヤバさは今でも忘れちゃいない。そうでなきゃあいつらを蜂の巣にするもんか」


 クロムウェルは、ミィナに「危ないから少し離れておけ」と自分の機体から遠ざけた。


「クライアントから依頼されたのは機体とこの少女の回収。それだけさ。……そういや、前会った時に一つ賭けをしていたな。お前の息子が俺を止めに来るか来ないかって」


「……それがどうした」


「――どうやら賭けは、俺の勝ちみたいだ」


 直後、もう一機のVAFが現れ、青白い粒子と怒声と共にクロムウェルが乗っていた黒いVAFに激突した。

 彼にとって、その旧式VAFは色こそ違えど何度も写真で見てきた。そして、パイロットの名前を聞いて、ほくそ笑んだものだった。


「また会ったな、少年静馬エト!」


「ミィナを、返せッ!」

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