第二章-14 黒騎士は蒼き粒子とともに

「おらおらどぉしたぁ! VAFフレームの扱いがまるでなっちゃあいねぇなぁぁぁ! 所詮シロートは素人ってかぁ!?」


 一機。また一機と廃棄街で蜂起した勢力のVAFが次々と蹴散らされていく。皆同じくエグザウィルの隊員が駆るVAFの機動に追いつかずあっけなく蜂の巣にされたり、VAF用ナイフでコックピットを貫かれていく。


 第一陣たる部隊があっけなく蹴散らされ、ロストエリアの住民が虐殺されたのは、ひとえに彼ら――内外共に過激派と目されていたエリュシオン自由水平連盟が何故か武装された軍用VAFアームド・フレームを駆っていたからであり、別に構成員の腕が良かったとかそういうわけではない。


 それどころか長くて数週間作業用VAFを動かした経験があったか、短い者だとこれが乗るのが初めてというものすらいる。それにも関わらず軍用VAFを動かせるのもクラウドによる支援によるものだ。


 そんな彼らに、素人に毛が生えた程度の彼らアマチュアに数多の荒事をこなし、時を遡れば楽園戦争を生き抜いてきた経験者プロが相対したとしたら?


 VAF同士の戦闘に慣れているものとそうでないものとを分けるのは戦闘時の機動である。前者は機動性を生かし、慣性Gなど何するものぞと言わんばかりに縦横無尽に動き回る。演算支援のおかげで銃弾を避けることなんか朝飯前、何ならロケット弾やマイクロミサイルだって撃ち落とせる。しかし後者となるとそうは行かないのだ。


 ホロソフィアを始めとするブレインBマシンMインターフェースI関連技術の発展により、VAFを始めとする数多の機器の操縦が、手足を動かすことと同じように簡単なものになった。これは楽園戦争のみならず数多の戦場で負傷兵をVAFのコックピットに押し込んで戦力を埋め合わせることが普遍化している事実がそれを証明している。

 だからこそ、パイロットの経験と手腕がより問われるのである。


 だからこそ自由水平同盟のVAFがあっけなく撃破されていくのは当然のことだったのだ。


「――フゥーム……まるで話にもならねぇな。ただのカカシ同然だ」


 戦闘が終わり、敵だったVAFの残骸を脚で蹴飛ばしながらエグザウィル制式VAF《グレムリン》のパイロットがそうこぼす。


〈こんなのに一泡吹かされたとは……とんだ恥ですよこれは〉


〈こういう事になりうるから、俺はVAFの削減に反対してたんだ。戦場を知らんあの七光りも流石にこれで学習するだろうさ〉


〈今愚痴っても劣勢であることには変わらない。残りをとっとと片づけるぞ〉


〈了解……クソッ、くそったれの電波妨害め。まだ発信元が確認できないんですか。短距離通信がやっととか、正直きついですよ〉


〈文句を垂れるな。今頃別の隊もバカどもを蹴散らしながら探してるはず――〉


 直後、隊長格と思わしき機体からの通信が途絶する。

 その機体がいた方向を向けば力なく崩れ落ちる《グレムリン》隊長機の姿が。

 敵の姿は見えない。


〈隊ちょ――〉


 また一人、また一人、通信が途切れ、その方向を向けるたびに崩れ行く機体が目に入る。


 異常? レーダー画面にはいつの間にかノイズが走り役に立たない。


 ステルス機? それならまだわかるが、今のレーダーの状態に説明がつかない。


 戦闘機ならともかくVAFだと話が違ってくる。正面から見た面積が違いすぎる。ステルスペンキこそあるが、それでも限界がある。それに電波妨害があったといえどもそれは長距離通信が困難になる程度のもので、レーダーが死ぬようなものではなかった。


 ――次第に視界が暗くなる。


 恐慌パニックと悲鳴とともに恐怖をかき消すがごとく、フルオートに設定したアサルトライフルで弾丸をばら撒く。その間、見えぬ敵が彼の命を奪うことはなかった。


 その間だけは。



 ◇ ◇ ◇



 ――音一つしなくなった廃棄街の一角で、青白く光る粒子が宙を舞っていた。


「――こちらBK404、アヴェンジャー。敵小隊を撃破。移動を再開する」


 直後、なにもないはずの空間から、まるでヴェールが剥がれるかのように鱗状のなにかが次々と剥がれ落ち、異形の脚を持つ騎士の姿が顕になる。


 特殊作戦用の黒いVAF――ナイツオブナイトメア


 その外見は北方皇国系VAFの例に漏れず、中世ファンタジー系のフィクションに出てくるかのような重騎士を彷彿とさせるような姿をしているが、制式であるK.O.Fと違いこの機体には装飾の類は一切存在しない。


 それはただ黒く、目標を達成すること以外はどうでもいいと、機能性を限りなく研ぎ澄ませたかのような姿だった。


 そんな姿に似つかわしくない、二対の黒い棺状のデバイスが、死者を背負わんと言わんばかりにコックピット外部の両側面にマウントされているのが見て取れる。


 そしてそのデバイスの一部が展開し、青白く輝く粒子を放出――いや同時に吸引していて、同時にその内側も宙を舞う粒子と同じように淡く青白く発光していた。


〈了解、ブラックナイト。もう少しで『フレームイーター』が起動するそうです。水平なんとやらには伝えたほうがいいですか?〉


「……いや、放っておけ。情報を漏らしたくない。それに連中を片付けるだけ弾の無駄になる。フレームイーターには大事な役目があるからな」


〈了解しました。――ところで、一つお聞きしたいことが〉


〈何だ〉


〈我が隊内部でで別の部隊――何でも全身義体者だそうですが――がエリュシオンの議員を拉致したとかなんとか。これも、あなたのオーダーですか?〉


〈いいや、違うな。そもそも議員なんかわざわざ拉致しなくてもいいように今回の作戦のオーダーを立てたんだ。そんなことをする必要がどこにある?〉


〈それは失礼しました〉


 通信を切る。


「今、友人から私の知らないところでコソコソ動いてる連中がいるという連絡があった」


 足元からみしり、と音がする。


「…………」


「――確かに『神託者』の奪取も作戦目標の一つではある。だが、議員だか主席だかこの際問わないが、私とクライアント様はそいつをさらって締め上げろとは一言も言っちゃいない訳だ」


 クロムウェル・ザイツェフには不機嫌になると、無自覚に一人称が『俺』から『私』になる癖があった。


 自警団内で『クロムウェルが急に丁寧語になった時は気をつけろ』と言う話が流れ始め、一体どういうことかと聡明に聞いて初めて知ったことだった。


「………………」


「こんな格言を知ってるかね? 

『――軍人は四つのタイプに分類される。

 有能な怠け者は司令官にせよ。

 有能な働き者は参謀に向いている。

 無能な怠け者も連絡将校か下級兵士くらいは務まる。

 無能な働き者は銃殺するしかない』

 意味はわかるかい?」


「…………」


「先の三つは省略して――無能な働き者と言うのは、今の君たちのように、人の作戦に勝手にしゃしゃり出て引っ掻き回されたら溜まったものじゃないわけだ。君がオイタをすれば私はいらつく。私がいらつけば作戦遂行に支障が出る」


 金属とカーボンナノチューブと人工筋肉によって構成された獣の脚に踏みにじられたそれは口を開く。


「……つまりあなたは、わたしたちに『勝手なことをするな』と言いたいわけね。一体どの口がほざくのかしら」


 無視する。


「こう見えても私は慈悲深い方でね、さっさと動かしたやつを吐いてさえしてくれれば解放するのだが――」


「慈悲深い? ハッ、笑わせないで。慈悲深い男というのは、そのVAF用突撃銃ばかデカい銃で乙女の手足を吹っ飛ばしはしないものよ」


「正当防衛だ」


 そう淡々と告げたクロムウェルの周囲には、先程交戦したエグザウィルのVAF小隊だけでなく、人体と呼ぶにはあまりにも細すぎる針金人形スパルトイの残骸や、先程吹き飛ばしたさっきまで彼女の腕や脚だったものが散らばっていた。


 今現在、クロムウェルの機体に踏みつけられている少女はただの少女ではない。

 軍用全身義体ミルスペック・サイボーグの少女である。

 先程、オーゼたちと交戦したのと同じ顔と身体だが、これでもれっきとした違う『個体』だ。


 全身義体はVAFが誕生するきっかけになったのは確かではあるが、前者が後者を上回る要素にはなり得ない。


 全身義体開発にあたって、最初にぶち当たった問題が部品の微細化に伴う高騰化と性能の限界だ。

 ある装置を人体に組み込めるサイズにまで縮小しようとしたら性能を妥協しないといけない、そもそも小型化できないと言うケースが多々あったのだ。


 その壁を、器の大型化という別のアプローチで解決しようとしたのがVAFであった。


 人体という器に詰め込まないといけない全身義体に対し、その人体というフレームを更新し直接拡張したのがVAFなのだ。


 どれだけその全身義体者にポテンシャルがあったとしても、枠組みを大きく広げたVAFはそれをたやすく乗り越える。


 小回りの良さに限って言えば、白旗が揚がるが、いざこうやって相対すればVAFが負ける道理はない。それは楽園戦争において、静馬聡明と共にVAFで戦い続けてきたクロムウェルが一番良く知っている。


 ――VAF相手に一体どういう勝算があったのかは、この際知ったことではないし興味もないが、少なくとも攻撃を受ける義理はない。


 だから、彼女の四肢を吹っ飛ばすことで無力化させたのだった。


「ま、君が吐かずとも未成年の少女を全身義体化する悪趣味なやつに心当たりがある。後でそいつを締め上げればいい――戻れるかはわからんがな」


「お前……!」


「お前たち――確か『機械じかけのメカニライズド・子ども達チルドレン』だったか――のことはよーく知っている。少女の姿で暗殺しまくる濡れ仕事屋ウェットワークスだとな。

 しかも軍の、ではなく私兵と来た。それもそうだ、未成年の兵役は禁止しているし、ましてや未成年の医療外目的の義体化など北方・アヴィリア問わず禁忌タブー そのものだ。

 そんなことを好んでやる奴なんて、数が限られるって話だ」


「お父様は糞野郎などではないわ! あの人は――」


「君たちは皆そう言うのさ。わかるよ。『死の淵から助け出してくれた』もんな」


 無言となった五体不満足の少女の腹に足の甲を引っ掛けて、リフティング宜しく空中に蹴り上げる。


「殺したほうが手っ取り早いのは確かなのだが、悲しいかな君はターゲットそっくりの美人さんだ。四肢をふっとばしておいて言うのも何だが、気が引けるというものさ」


 残骸の周囲には、今や物言わぬエグザウィルと水平同盟の機体の残骸などが転がっていたが、そのさらに外側には戦いに巻き込まれた一般人の――いや、廃棄街の住人の遺体がその体の一部がした状態で転がっている。


 状態・状況こそ違えど、それは生身で不可製結晶体に触れたものに例外なく発症する結晶病の症状の一つであることには変わりない。


 宙に飛ばされたその少女は、その有様とさっきから辺りを漂っている青白い粒子の正体とその意味にようやく気がついた。


「待っ」


「――だから、君には消えてもらおう。なぁに、死にはしない」


 背負った二対の黒い棺の表面が一瞬ひび割れると同時に、その割れ目から覗くそれがストロボのように発光する。


「ただ、周りから認知されなくなるだけさ。――今の私たちのように、ね」


 ――『グレムリンの棺デモンズ・コフィン』。


 超硬度複合素材にコーティング加工を施した装甲で覆われたこの黒い棺は、ナイツシリーズのごく一部に搭載されているフライトユニットと同じく、北方皇国が擁する結晶体技術の粋を尽くしたものだ――と技術班が熱弁していたのを思い出した。


 その機能とは、不可製結晶体を利用したメタマテリアルの生成。


 そしてそれにより可能となった完全隠密フルステルス


 デバイスを用いて自機にメタマテリアルを蒸着させることにより、自身の姿と存在を隠すことができる。その上、その対象は自機だけに留まらず、任意のものにもメタマテリアルを発生・蒸着させることができる。


 しかもその特性上、パイロットの視界を防ぐことにもなるため、目潰しにもなる。


 その際対象物は透明になるし、同時に光学系が真っ暗になってしまうが、このデバイスを搭載したK.O.Nの目ならその状態でもはっきりと見れる。


 先程のVAF小隊も、あの少女と人形たちをたった一機で屠れたのは、ひとえにこのデバイスがあってこそでもあった。




 ――どさり、と何かが地面に衝突する音が響く。


 しかし、その発生源はおろか、影すら存在しなかった。


 そして、同じくVAFその姿を消していた。

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