第二章-13 世界樹を望む家より悪態を込めて

 後世において、大析出に続く人類史の第二の転換点とも評される『結晶の夜』。


 その発端となった『第三次楽園戦争』は、廃棄街の一角を起点に発生したとされる。



 ◇ ◇ ◇



 なんてことのない任務で、同時に憂さ晴らしになると思っていた。


 当然といえば当然だが、トップが変わってからエグザウィルは変わった。武闘派路線だったこれまでと打って変わって、受動的なロストエリアの『治安維持』にシフトしたため、今までのように自由にやれなくなった。


 やくざ者としてではなく、かつての『自警団』のように振る舞うべしと要求してきたのだ。


 腕っぷしありきの若い彼はそんな日々に退屈さを感じていたし、新たなトップに不満すら感じていた。

 だから、そんな日頃の鬱憤を晴らしてくれる絶好の機会が転がり込んできた。

 敵は一介のカルト集団。武装も大したこともなかった。

 パワードスーツを着込んで突入し、手持ちの重機関銃で弾を景気良くバラ撒くだけの簡単なお仕事――であるはずだった。


「畜生……畜生……! どうして、こんな――」


 そんな彼の視界に映るのは、対戦車ロケット弾が着弾し、大穴が空いて横転した装甲車。


 その周囲には着弾時に発生した破片と爆風によりズタズタにされた上に一部または全身が炭化した仲間の姿の彼らの体を構成する部位。


 そんな彼らの安否などバイタルサインを見るまででもなかったし、何より自分も同じ目に遭っている以上そんな余裕などなかった。

 

 仲間がRPGにふっとばされる光景が珍しいかと言われればむしろその逆――戦場においてはありふれた光景ではある。リーダーが変わる前は当たり前の光景だった。


 問題なのはその射手と組織――せいぜい歩兵用の自動小銃アサルトライフルもしくは民間用VAFを改造したもので武装しているとリサーチされていたはずの『エリュシオン自由水平同盟』が、持っているはずのないもの――軍用VAFアームド・フレームを運用していたことである。


 このエリュシオンに於いて軍用VAFを軍でもなく、許可されていない組織が手にすることはよほどのことがない限り不可能だ。


 不可能――そのはずなのに。


 右を見れば、救援に来た仲間に向け右腕にマウントされた三十ミリ機関砲を叩き込んで乗員ごと引き裂く軍用VAFが。


 左を向けば空に向けて偵察用無人機を肩部にマウントされた多目的発射機から射出する軍用VAFが。


 ――そして正面を向けば、こちらに向けてVAF用突撃銃を向ける軍用VAFがいた。


 逃げる? 先程のRPGで着込んでいたパワードスーツが完全に機能停止し、ただ重いだけの鎧に成り下がった。動くことすらままならない。


 それ以前にパワードスーツを着込んだ人間が、パワードスーツの元となった全身義体の実質的な上位互換とも称される軍用VAFに挑むこと自体、自ら死ににいくようなものなのだ。


 火力、機動力、パワー、電子戦能力、クラウドに頼らない単体での演算性能、何一つとして勝てる要素がない。


 また、負傷し戦闘不能になった兵士をコックピットに押し込むだけで、全身義体化兵士も真っ青な戦力の出来上がりだ。その上、コストパフォーマンスもいいと来た。


 これが本来フィクションの中でしか存在しないはずの人型兵器であるVAFがパワードスーツが普及してもなお、戦場に居座り続けることができる理由なのだ。


 要するに、軍用VAFを連れてきてない状態でそれと会敵した時点で、こちらの負けは確定してるも同然なのだ。


 そんな彼にできることなどなどたかが知れており、精々自分と同じように狩られていく仲間の悲鳴を聞きながら肉片に加工され、それをもとに作られた勝利という名の美酒による優越感に酔わせるのみとなった。



 ◇ ◇ ◇



「状況は!?」


 情報を受けて数分後、あらかじめ構築していたオペレータールームで、ユーノは怒鳴りつけるように追加情報を求めた。


〈例の組織に立ち入り捜査を行った部隊が反撃を受け全滅しました。同じ報告が他にも多くあるようです〉


「立ち入り捜査だと!? それは明後日以降の予定だったはずだ! しかも全滅だと? 一体何をやっているんだ!」


〈……それが、組織の隠れ家を知らせる通報があり……〉


 ユーノの剣幕に押されたのか控えめの口調の報告がスピーカーから返ってくる。最悪どころの話ではなかった。


 更に聞けば、水平同盟はかなり装備が整った軍用VAFアームド・フレームで武装していたという。


(カネを多く食いがちのVAFを削減したツケがここで来るか!)


 セーフガードと違って国の支援を受けていないエグザウィルは、代替わりする前はVAFを多数保有していたが、赤字・資金難に喘いでいた。しかも稼働率はそこまで高いわけでもなかった。


 さらに言えば廃棄街に於けるVAFを用いた犯罪はそこまで多くなく、同時にあったとしても民間用VAFを改造したもの(鉄板か特殊カーボンプレートを溶接させて自動小銃や機関銃をくくりつける程度)に留まるため、装甲を強化した装甲付与型強化外骨格パワード・スーツ高貫通アーマーピアシング弾を装填した専用アサルトライフルを持たせるだけで十分対応できた。


 自衛戦力を同時に担うセーフガードはともかく、私設自警団からの伝統でVAFを保有し続けてきたエグザウィルからすれば致命的なものであり、削減する流れになったのは当然とも言えた。


 そうやって最適化していったその矢先に軍用VAFが現れてしまえば――


「――くそっ!!」


 そして、軍用VAFは旧ヒノマ皇国とヒノマ出身の技術者が多く住むエリュシオンを始めとするヒノマ系統か北方皇国の技術力が無ければ製造も配備もできない代物だ。北方皇国と対をなすアヴィリアでさえ、エリュシオンの技術支援があってようやく製造と配備ができた始末だ。

 技術流出を徹底的に嫌ったヒノマに技術流派の概念が生まれなければ話は別なのだろうが、余計ややこしくなるだけだ。


 つまるところ、この騒ぎに軍用VAFが現れた時点で北方皇国が確実に一枚噛んでいることになる。最近増加した北方皇国の亡命者も北方系マフィアの活発化もその一端なのだろう。


 一体北方皇国が何を目的として、こんな派手なことをしでかしたのか知らないが――いや、心当たりは大いにある。つい最近その友人が北方皇国と一戦を交えて、一つの旧時代VAFと謎の少女を連れ帰ったではないか。


 たった一人の青年とたった一人の少女と、たった一機の――それも骨董品も良いところのVAFを巡って戦争を起こす? 


 もしそれが目的だったとして――何故?

 百歩譲ってエトにその原因がなかったとしても、あの少女とVAFにそこまでやるリターンがあるのか?


 近いうちに何らかの干渉が行われるという話は、『神託者アドバイザー』から聞いていたが、ここまで直接的な手段で来るとは思ってもいなかった。


 ――馬鹿馬鹿しい。

 しかし、馬鹿馬鹿しい理由で起こりうるのが戦争というものだ。


「――あいつに連絡しないと……」


 思考に一区切りを付けたユーノは、今一番情報を欲しているであろう友人に連絡を試みるのだった。



 ◇ ◇ ◇



 モノレールは全面停止していた。同じくシェアリングカーも止まっている。


 足がなかったエトは、乗り捨てられたシェアリング自転車をかっ飛ばして、実家へと急いでいた。


 少し周りを見渡せば、『最寄りのシェルターに避難してください』と言う文章とその場所を指す矢印のホログラムが、辺り一帯に響き渡る警報と共に、自分以外いないであろう未避難者へと向けて健気に避難を呼びかけている。


 長い坂を乗り越えて、息を切らしながら足をついた時には、実家の目の前にたどり着いていた。


 鍵があいていた数寄屋すきや門の乱暴に開け、敷地に入る。


 最初にミィナ。次いで父と母の名を呼ぶが返事がない。

 電気は付いているが、人気がない――と思った矢先にスフィアに通信が入る。

 ユーノだった。


〈やっと繋がった! エト、無事か?〉

〈――あぁ。なんとかね。一体何が起こったんだ〉


 玄関のドアノブに触れて施錠の有無を確かめる――かかっていない。

 静かにドアを開け、中に入る。


〈廃棄街で例のカルト集団が蜂起した。とんでもない事に軍用VAFを隠し持ってて大騒ぎだ。君も気をつけた方がいい。今回ばかりは間違いなく――〉


 エトの返事が途切れた。

 これが一瞬のことならば、まだいい。

 だが、一瞬と言うには長すぎる。

 彼は今、何を見ている?


〈……なぁ、エト。君は今、どこにいるんだ?〉


 だから、ユーノは、そう聞かずにはいられなかった。


 そしてエトは、目の前の惨状に声がかすれるのを感じずにはいられなかった。


 今となっては珍しい紙雑誌や本は几帳面に本棚に収められ、それを傍目に父が電子工作や売れないエッセイの執筆に興じ、それに母が淹れたてのコーヒーを差し入れる。これがエトが見てきた実家の日常で、最近そこにミィナが入ってきた仲良くやっているのだそうだ。


 しかし、眼の前の光景はその日常と全く逆の相を成していた。

 ガラスが粉々に砕け散って役目を果たせなくなった窓越しから庭を覗くと、決して小さくはない穴が六つ撃ち抜かれているのが見えた。


〈おい、エト! 返事をするんだ、エト!〉


「……あぁ」


 自分は平凡だと思いたいエトには、何故これが起きたのかはわからない。誰がしたのかも、わからない。

 ――いや、誰がしたのかわからないというのは正確ではない。実行犯とやり口がわからないと言うことだ。


〈おいエト! 返事をしろ! 返事をしてくれ!!〉


 友人の悲鳴の合間に、床が軋む音に気がついたエトは、無言で通話を切って和室に入り、床の間に飾られていた刀を手に取った。


 懐かしさと共に、抜刀する。


 断じて模造品ではない。ましてや刃を潰されたものでもない。

 父がヒノマから持ち込んできたれっきとした真剣だ。


 飾られていたものには槍もあった。エトにとっては刀より馴染むものではあったが、屋内で長物は避けろと父から習っていた。


 父は、自分に武術やVAFの扱いを叩き込みながらも、普通の人生を送ることを願っていてエト自身もそう望んでいた。


 だけど、その願いは叶えそうにない。


「今の俺は、加減なんてできない。刀を握るのは久しぶりだし、何より頭に来てる。恨むなら、この状況を作ったクソッタレの大馬鹿野郎を恨んでくれ」


 直後、足音が背後から迫る。


 (詰め寄ってきた?)


 銃があるのなら刀を持っている相手に対し、確保するためにじり寄るならまだしも、遮蔽物一つない場所でわざわざまっすぐ突っ込む理由がない。


 首めがけて襲い来る一撃を右に振り返りつつかわす。返す刀で胴目掛けて一閃する。が――


 (――ここで強引にかわすか!)


 エトの反撃をねじるように強引に背中でかわしたそいつは、右手に戦闘用コンバット・ナイフを逆手に構え、黒いボディアーマーで身を固めていた。

 顔は、フルフェイスヘルメットで覆われて見えない。


 しかし、体勢は崩した。あんな無茶なかわし方をして崩れないほうがおかしい。

 大上段から一気に叩きつけるが、転がるように下がる。


「そこまでだ」


 何もない空間から、声の主と思われる者が、銃身を切り詰めたアサルトライフル――アサルトカービンをこちらに向けながら現れる。

 先程、家中を探した時は誰もいなかった。いなかったのにいるということは、光学迷彩の類を使って隠れていたことになる。


 もし隠れていたのがなら、と言っていいだろう。


「抵抗は無用だ。刀を床に置け」


 そいつは転がった一人をかばうように、アサルトカービンをこちらに向けながら言う。


「ひとり少なかったら――」


 そんな負け惜しみを溢そうとしたら、更に同じアサルトカービンを構えた兵士が六人ほど現れる。当然、銃口は例外なくこちらを向いている。

 そして窓の外には、いつの間にか現れていた黒いVAFがこちらを睨みつけていた。


「――あー……やっぱ訂正。VAFでもあれば――って話でもないかこの際……」


 刀を鞘に収め、床に置く。

 そして渋々両手を上げる。


 生まれて二十数年、これで何度目の負けかなとぼんやりと思った。

 少なくとも今回ばかりは言い訳もへったくれもない完敗であることには変わりなかった。

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