第二章-10 そして彼は――

「まぁ、君のおもちゃが取られた件はしょうがないとして、四つ目」


「四つ!? 冗談だろ……」


「冗談だろはこっちのセリフだっての……。謎の通り魔による被害が出ててな」


「治安がクソもいいところの廃棄街で通り魔とか、それこそ日常茶飯事だろ」


 ユーノは、コーヒー片手に眉間を抑える仕草をしつつ、ポツリとこぼす。


「手口が普通なら僕たちはこんなに苦労しちゃいないよ」


 その事件の発端はこうだ。

 エリュシオンにおける港湾諸施設は、二十四時間と省力化を実現するための自動化が徹底され、今となってはそのほとんどが無人で運営されている。

 しかしこれはあくまで、エリュシオンが保有しているモジュールに限った話であり、未完成の状態でほったらかしにされていた廃棄街のものはそうもいかなかった。


 そんな廃棄街のある埠頭でそれは起こった。


「作業していたVAFを始めとする重機が突然消失した――と? 盗まれたとかそういうわけでもなく? というかそれだと通り魔じゃなくて神隠しじゃないか」


「文字通り、消失した……と言いたいところなんだけどちょっと違うみたいなんだよね。消失ではなく、不可視化したってのが正しいかもね」


「なんだよ、最近の民間用VAFは光学迷彩の類でも実装してんのか? あと指摘をスルーするな」


「わかってて言ってるそれ?」


 当然、冗談だ。

 今現在の技術では、透明化という意味での光学迷彩は困難なものではあるが、見えづらくするという意味のものなら、分子複合迷彩がある。しかし、これは先に述べた通りこの世から消失したと言ってもいいほど透明になるものではない。

 何より――


「分子迷彩自体、高度な演算性能が要求される代物だ。作業用のVAFや重機に使える代物じゃないし、意味もない。そもそも一瞬で透明になれるわけじゃない」


「やっぱり、よくわかってるじゃないか。伊達にVAFに乗ってるわけじゃないってよく分かるよ」


「第一に、分子迷彩は軍需品だ。いくら廃棄街と言えども、民間市場に出回るわけがない。もし仮に出回るようなら、とっくの昔にお前たちが取り締まって最終的にぺんぺん草も生えない状態にしてるはずだ。そうだろ?」


「さすが、僕たちのことよくわかってんじゃん」


 コーヒーをひとすすり。


「んで、その被害者の証言と重機のその後なんだけどね」


 その被害者曰く――突然目の前が真っ暗になった。

 そして被害者が乗っていた重機は、数時間が経った後に皮が剥がれるようにその姿を露わにしていったという。


「これが五回。先の悪いニュースたちと並行して起こっている。目的も、規則性も不明。そもそも手口もわからない。迷惑な話だ」


 コーヒーを半分ほど飲んだエトは、いよいよ聞かずにはいられなかった。


「ユーノ。なんでそのことを俺に話したんだ。俺は、お前たちエグザウィルと無関係の一般人に過ぎない」


「――時に、エト。君は、自分の将来について考えたことがある? 真面目な話だ」


 アレを見てごらん、とユーノはカフェの向かい側、ロータリーに立つ白い大型商業施設を指さした。

 それの外壁には大型ディスプレイがはめ込まれ、様々な広告が映し出され、時にニュースが流れている。

 俗に、デジタルサイネージ広告と呼ばれるものであった。


「――エリュシオンの高い技術力とエネルギーの安定供給をエサに、アヴィリアに認めさせた自治憲章と安全保障条約。それらの更新日が来月にまで迫ってる」


 いきなりニュースの内容を読み上げてどうした、と言う間も与えぬまま続ける。


「エリュシオンの未来を左右する一大イベントがすぐ近くにまで迫ってる。もし、もしもだ、それを根本から揺るがすような事態が起きたら? そう例えば――」


「例えば――なんだ?」


「エリュシオンの自治能力に疑問を抱かせるような、そんな最悪の事態が起きるとするならば――どうなるんだろうね?」


「……縁起でもない事は言うもんじゃないぞ」


「ヒノマで言う『言霊コトダマ』ってやつだね。言ったことが現実となるが故に徒に物事を語ることは慎まれるべきである――っていう。万物には神が宿ると考えるヒノマらしい概念だ」


 だけどもね、と二代目の第二のセーフガードのリーダーは語る。


「エト。静馬エト。僕は君の親友として、哀れな似た者同士のよしみとして忠告しておく。これはエリュシオンに起きてる問題であり、それは明日噴出するものかもわからない。

 同時に決して君とは無関係の話じゃないんだ。いやむしろ君が中心にいるのかもしれない。君が連れ帰ったあの少女もきっと同様だ」


「だからその問題に立ち向かえと? 冗談じゃない。俺は立派な一般人だ。やれ静馬だとかVAFの扱いが上手いとかそういう問題じゃない。そのためのシステムを、俺とお前の親父が調えたんじゃないか」


「一般人でありたいなら、なんであの時、あの少女を助けようとしたんだ。彼女を見捨てて逃げる道もあったはずだ」


「冗談はよせ。俺はそこまで冷血漢であるつもりはないぞ」


「原則立入禁止の結晶地帯に、何の届け出もなくそこにいた得体の知れない少女のために自分から命を捨てられたというのかい? それも同じく得体の知れないVAFで」


 現に、自分から命を捨てるようなマネをしていたのは確かだ。


 いくら父の手ほどきを受けていたとは言え、骨董品で最新機を倒せるほど思い上がってはいない。急性結晶病で死が確定していたヤケの勢いのまま自衛戦闘のつもりで立ち向かったに過ぎない。


 そして、骨董品に無理を言わせて自壊した。


 そう、そこで終わるはずだった。ハナからわかりきっていたことではあった。そのVAFが自律稼働し、結晶粒子から槍を創出してもそうなることは自明だったのだ。


「――きみは、君が思っている以上に凄いやつだよ。凄いやつなんだ。普通の人間は、そんな状況下では助ける以前に生きることそのものを諦めるんだ。

 だけど君は立ち向かう道を選び取った。何をきっかけでそうしたかはわからないけど、最終的に死ぬことがわかっていながらそうすることを選んだんだ。

 そしてその選択の結果、君は生きてこうやって僕と話している」


「そういうお前はどうなんだよ」


「僕は君ほど戦い慣れてはいないし、その才能も無いさ」


 そう語った彼の笑みには、どこか諦めのようなものを感じずにはいられなかった。


「だから生きることも諦めると」

「そうだ。君と違って、僕には力がないから」


 選択肢が決められていた友人は語る。


「君は平凡でありたいのかもしれない。その気持ちは、僕にも痛いほどわかるさ。僕が掴めなかった選択肢を掴もうと必死に行きているんだろう。

 だけど、君には僕には無い力がある。それを振るえるだけの勇気と自信がある。

 君からすれば、忌むべきものなのかもしれない。だけど、それは僕にとっては羨ましくて同時に誇らしくて仕方がないぐらいのものなんだ。

 振るうべき時に振るわなかったら、君はきっと後悔することになる」


「……おれに、どうしろっていうんだ」


「何も。だけど、君が望む最善の選択を勝ち取れることを、似た者同士の友人として願っているよ」


 ――まるで、遺言を託しているような、と思わずにはいられなかった。


「まるで、これから死にに行くみたいだなって顔だね。実際その通りさ。これから強制捜査のために、本部に――廃棄街に戻るつもりだ。大学にも休学届を出してある」


「お前――!」


「なぁに、今日明日死ぬことが確定してるわけじゃないんだ。また会えることだって有り得るさ。僕はただ、僕が振るえるだけの力で楽園を守ろうと奔走するだけなんだ」


 彼が去った後、エトはしばらく動けなかった。


 コーヒーが冷めていくさまを見続けていた。


 家に戻った後も、考え続けていた。


 ユーノは、立ち向かえるだけの力と才能を持っている君が羨ましいと、言っていた。


 だけど、エトからすれば、選択肢がそれしかなかったとは言え――自分の意志でそれを選び取り居場所を勝ち取った彼のほうが誇らしく同時に羨ましくもあった。


 彼に比べれば、自分と父のそれは、あまりにも儚い反逆レジスタンスとしか思えなかった。


 そして、エトにはそれが本当に果たすだけの価値があるものかどうかわからなくなってしまっていた。


 流されるがままに、力を振るってきた。だけど、自分のことになるとてんでわからない。


 幼少期から、平凡でいいと言い聞かせられて過ごしてきた。そうすれば『静馬』の名は普通の名前になることができるだろうと信じていた。


 だけど、そうはならなかった。


 自分と同じ道を歩んでほしくない気持ちは分からないでもない。


 だけど、自分の意志で何かを成していれば、何かが変わっていたのではないか――と思わずにはいられない。


 だけど、何を――?


 結晶の園で出会った今の彼女なら、なんと答えるのだろうか。


 情けないと言われても良い。今はただ、彼女の声を聞きたかった。――そう思ったその時。


 轟音がエリュシオンにこだました。

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