第二章-9 継ぐものどうし
セーフガード。
今となっては警察と同義であるこの組織であるが、元々は静馬聡明とその友人が率いた自警団が中心となり、企業群のバックアップの元、当時乱立していた私設自警団の互助組織として立ち上げられたものであった。
大析出直後――楽園戦争当時のエリュシオンには、これといった大規模な戦力という戦力を持ち合わせておらず、同時にこの島に内包されている高い技術力とエネルギー資源を求めて数多の国々から侵攻を受けていた。
その穴を埋めようと、聡明らを始めとする有志たちが各々自警団を立ち上げ、共に侵略者たちに立ち向かい、時に犯罪組織まがいの自警団とのつぶしあいもあったという。
そうやって廃統合という名の共食いをを何度も繰り返していた。
そして終戦直前になると、これらの共食いは佳境を迎え、最終的に二つの組織が生き残った。
片や静馬聡明が率いるセーフガード。
片やアルマリオ・フォルティスが率いる武闘派の自警団『フォルティス闘士団』。
フォルティス闘士団のリーダーであるアルマリオは長らく、エリュシオンの人口の大半を占める静馬聡明らヒノマ人に対する反感を長らく抱いており、これまでに何度かセーフガードとの合流を打診されてきたが、その尽くを跳ね除けてきた。
フォルティス闘士団のリーダーのみならず、そのメンバーもその系列組織の構成はヒノマ出身以外の人間で占められ、またその多くが反ヒノマ感情を抱いていたという。
闘士団が反ヒノマ感情を拗らせていた背景としてこんな説がある。
当時のヒノマ皇国は、その高い技術力を生かした多くの加工品を海外に多く輸出しておりその評価は高いものだったという。しかし、その高評価が仇となり、現地の加工品の多くが駆逐され、生産業が萎縮してしまうという所謂貿易摩擦問題が起きていたという。
そして、アルマリオらはその被害を被った当事者かその身内であったとも。
これが原因の全てでこそ無いが、原因の一つではある。
ともあれ、犬猿の仲でこそあれど、多少の小競り合いこそあれどそれでもうまくやっていた――が、それも長くは続かなかった。
ある時、闘士団系列の自警団が一人の少女を強姦し殺したという不祥事が発生した。これは自警団・闘士団問わず重罪(当時、私設自警団同士を除く同胞たるエリュシオン住民への加害行為の禁止は、私設自警団間の暗黙のルールであった)に当たり、闘士団だろうがなかろうが取り潰しもとい粛清の対象になる。
しかし、問題はなぶり殺されたその少女が聡明の友人――つまり、セーフガードの高位に当たる人物の妹だったことだ。
その組織は程なくして特定され、聡明とその友人等によって壊滅することになったのだが、事態はそこで終わらなかった。
自警団は犯罪組織的側面が強いものもあるが、それでもその目的はエリュシオンの治安維持にあり、そこから外れた今回のような行為は現に慎まれるべきであり、同時にそうならないように内部規範を引き締めるべきである。
しかし、今回のような事態が起きたということはその規範の引き締めが末端に行き渡っていないか、そうしようともしていなかったことになる。
唯一の身内を殺された彼が、やらかした組織一つ潰したぐらいでその怒りが収まる程、非人間ではなかったのだ。
――かくして、エリュシオン史における二度目の武力闘争である『第二次楽園戦争』が始まった。
アヴィリアとの条約を結んだ直後で、この内戦である。
エリュシオンの自治能力を疑われるようなことになれば、占領されかねない。そして、セーフガードと闘士団の悪関係と歪さをアヴィリア側から指摘されていた。
第二次楽園戦争について、関係者は後にこう語る。
――ある学者曰く、我々ヒノマの人間は互いの譲歩と空気で物事を穏便に解決しようとするが、ある一線を超えた瞬間爆発的な対応を取る傾向にあるのだそうです。そして、ヒノマ以外の人間からは弱い立場のものとみなされ、そして急に激高する様を見て驚くのだとか。
――当時、我々セーフガードは闘士団との平和的合流を目標としており、例の……あの方の不幸も受け止めながら交渉を行っていく予定でありました……。
――セーフガードの多くはヒノマ出身者ですが、彼は数少ないヒノマ以外の人間でありました。だからこそ……彼は、闘士団を許せず、またセーフガードの方針に納得できず、この戦争を起こしたのでしょう。
――あの人は妹さんをそれはもう大事にしていました。聡明殿との交流もあったと聞きます。しかし、それを理不尽に穢され、殺されたとあれば……言い訳がましいことではありますが、当時あの悲劇が起きた後闘士団の殲滅を唱える者が多数おりました。それを止めようとしたのが聡明殿でございます。
――戦争の最中、聡明殿はセーフガードの頭目としての責任として、親友と言っても過言ではないあの方とそのシンパを粛清しました。そして責任を負って、セーフガードの頭目の座を自ら辞したのでございます……。
この第二次楽園戦争はセーフガードの勝利に終わり、闘士団は廃棄街へと放逐されることになる。方針に反して戦端を開いた聡明の友人は聡明自身によって粛清され、これを闘士団とのけじめとした。
闘士団がエグザウィルへと改名したのはその直後であった。
◇ ◇ ◇
静馬エトは、自らの姓に良い感情を抱いたことがない。
何かしらのトラブルに巻き込まれるたびに、その原因が『静馬』であることを知る度に暗澹たる気持ちになる。
それが義務教育での学校内に限った話なら、まだ良かった。
大学に入って、静馬の姓を名乗っても、皆にとっては少し関心を引くぐらいでそれ以上も以下もないと、そう実感したときは言葉では言い表せないような解放感を感じたものだ。
だが、一歩大学から出るとそうもいかなくなる。
何についても姓がつきまとうのが嫌で、半ば憂さ晴らしでVAFファイトの公式戦に参加してランキングを荒らした時があったが、それでもやはり静馬の姓はついて回り、多少マシになるどころか悪化したと発覚したときは頭を抱えたものだ。
エドルア島に行く前に起きた廃棄街での騒ぎもその一つだった。
「――で、今回は何の用なんだ。別に似たもの同士で駄弁ろうってハラじゃないだろ」
「ひっどいなぁ、家に苦労している者同士で親睦を深めようと気を利かせてやったのにさぁ」
「ラブレター貰って言うセリフか? と言うか今どき紙に手紙って……」
「わかってないなぁ! デジタル化が大いに進んだこのご時世に紙の媒体、手紙で手渡すってのはそれだけ想っているって証左なのさ。そんな乙女心エトセトラの機微がわかっていないから、君は義務教育期間中彼女ができなかったんだよザマーミロ」
「おう、喧嘩なら大いに買うぞ?」
セーフガードとエグザウィル。
その長の子孫が二人。
長らく対立していた組織の長の子がこうやって仲良くカフェで、コーヒー片手に駄弁るとはなんとも因果なものだと思う。
「なにかの間違いで僕と君どっちかが女性だったらロミオとジュリエットそのままだな。ワンチャン恋に落ちたりして」
「ははっ、
まぁ、戯れは程々にして――と切ってユーノは語る。
「今回はちょっとしたお知らせって感じかな」
「お知らせ、か」
「最近の廃棄街とその付近、ちょっときな臭いんだよね」
「きな臭い、か。
きな臭い、というが廃棄街は言うに及ばず治安が悪い。
屋台を覗けば出自が怪しい製品のみならず違法薬物や銃火器まで売られ、北方マフィアや犯罪シンジケートを始めとする多種多様な犯罪組織が日夜陰謀を巡らししのぎを削り合い、その過程として銃声と悲鳴と流血が絶えない修羅の巷だ。
そんな場所で治安維持に奔走するエグザウィルの頭目をして『きな臭い』ということはまずいことになりつつあると同義であると言ってもいいだろう。
「きな臭いのが日常なのは否定できないけど、それが度を越したらそれこそきな臭いってもんさ」
「それ思いっきり燃えてね?」
「ほっとけ。――まず一つ。ここ最近、密入国者の頻度が急増していること」
廃棄街は、多くの不法入国者たちが未完成のモジュールに住み着いて作られたものである。しかし、反ヒノマ感情が色濃い闘士団から発展したエグザウィルはさらなる密入国者たちの流入を良しとしておらず、その取り締まりを行っている。
最初、その活動を聞いた時は驚きはしたが、同時に納得したものだ。
セーフガードと反目していたとは言え、その根源は自警団であり、その使命はセーフガードそして静馬聡明の自警団と同じくエリュシオンの治安維持にある。
――ほら、うちの父さんって君の父さんを毛嫌いしてるけど、それ以上にあの手の連中が嫌いだからさ。と話していたのを思い出す。
そして、何よりエリュシオン自治権闘争を戦い抜いてきた。多くの血を流してようやく得られた平和と繁栄に
「主な密入国者の出身国の大半は北方皇国だ。入国目的を吐かせようとしても全く吐こうともしない」
「エグザウィル十八番の違法捜査でも手応えがないかぁ」
「エグザウィルはセーフガードじゃないんで違法じゃ無いですぅー」
廃棄街の治安維持を行うエグザウィルだが、その捜査手法までセーフガードと同じわけでは無い。棄てられた場所の警察で、勝手にやってきた連中の相手をするんだ、セーフガードの捜査規定と同じにする筋合いはない――という理屈らしい。
そういう事もあってエグザウィルの取り調べは苛烈を極まるのだそうだ。
「二つ目。君も知っての通り、廃棄街はエリュシオン内部以上にいろんな人間がひしめいている人種の坩堝だ。だけど、それを差し引いても北方皇国系の人間が多く感じるんだ。それに連動してか、北方系マフィアの活動も活発化してる」
「北方皇国って国境監視を強化していたはずじゃなかったっけ?」
「そのはずなんだけどねぇ……」
このエリュシオンの外側――つまり廃棄街は、不法・密入国者が多く流入していたため、多種多様な人種であふれているし、北方皇国の支配から逃れた人も少なくない。しかし近年の北方皇国は脱出・亡命者の摘発を強化している現状、北方皇国から脱出してきた人の数が増えるとは考えにくい。
それにも関わらず急増したということは、何かしらの目的があって摘発を緩めたことになる。
「三つ目。北方系マフィアだけでも厄介なのに、ある極左暴力集団の活動も活発化したし、アヴィリアもなんかピリついてると来た。もうめちゃくちゃさ」
「……なぁ、そういった捜査情報って俺という蚊帳の外の一般人に漏らして良いものなのか?」
「蚊帳の外とはよく言ったもんだ、エドルアの一件で君が何をしたのか忘れたとは言わせないぞ」
「やっぱりそうなるよなぁ……。エドルアの一件はどこまで知ってる?」
「エドルア事変をどこまで知ってるか――か。結晶病で死が確定してたはずの君が旧式のVAFで北方皇国の最新VAFを蹴散らして、謎のVAFと美少女と一緒に生きて楽園に帰ったってことはよーく知ってるぞ。機密については安心しろ、有能なアドバイザーからのお墨付きだ」
「ちなみに、その謎の美少女は俺の実家に引き取られて、謎の旧式VAFは最近国に買い取られたばっかりだ」
「君ご自慢の彼女が親公認ってのはこの際どうでもいい。親友の危機を知らせてくれる素晴らしい友人の存在に涙して万歳三唱してほしいもんだ――って、ちょっと待て。VAFを取られた? 政府に? 仮にも君の所有物だろ?」
「一応俺もそう言ったさ、でもこの前の地下VAFファイト騒動の一件をチラつかされたもんだからさ……」
「地下VAFファイトの参加は確かに違法ではあるんだが、たかがVAF一機になんでそこまで……心当たりは?」
「下手に言ったら二人仲良く豚箱送りになるんだけど、それでもいいなら」
「さっきのは聞かなかったことにしてくれ」
「そうしてくれると助かるよ」
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