第二章-4 場違いな機体

 高度に発展した科学は、魔法と見分けがつかない――と昔の小説家が語っていた。


 今日の科学の前身であった錬金術も、門外漢から見たら魔法そのものであり、たとえ錬金術でなかったとしても魔法であると勘違いをして、その者を悪魔と契約した者――女性であるならそれすなわち魔女であると断じたのだろう。


 そんな人間から見たら、科学の探求に身を置く人間の部屋に置かれている本はすべて呪術書であり、同時に、置かれている実験機材や薬品は呪物であり、その部屋で行われる実験はなにかの儀式で、その部屋の主が語る言語や知識は悪魔の言語・知識か呪文であると断じるかもしれない。


 ――そう、ぼんやりと、とりとめもない思考に思いを馳せていたエトの目の前には淹れたてのコーヒーがあり、その奥には部屋の主である楽園の魔女オーゼが座し、そして隣にはエトの幼馴染であり、同時に雲隠れした阿呆こと四宮カズハがフリフリのゴスロリ衣装を着せられた状態で椅子に座していた――冷凍サバのような目というか死んだ目で。


 ――トンズラかこうとしたからって、そんなゴスロリ衣装をわざわざ着せる必要はあったんですか? とはあえて問わない。問うてはいけない。

 もしオーゼに男にフリフリの女物の衣装着せてエキサイトするようないささか度し難い『ご趣味せいへき』があったとしてもだ。

 過去に問うてしまった経験がそう絶叫している。賢者は過去から学ぶのだ。だから問わない。

 実際のところは身を以て学んでしまったわけなのだが。


「さて――カズハの阿呆も連れてきたことだし、始めるとするか」


 かくして、幾度目かも知れない魔女の問いが始まる。


 †


「エドルアの一件から随分経つが、結晶病は大丈夫なのか?」

「至って健康体。体内結晶濃度も全く変化がない上に、休眠状態が長く続いていると医者から驚かされましたよ」


 不可製結晶体は人を喰らう。耐性を持っていたとしても、最終的に結晶に全身を喰われてしまった事例など枚挙に暇がない。むしろ、比較的早く死ねるだけ耐性のない人間のほうがまだ楽に死ねると言われるほどだ。

 そして、耐性は後天的に得られるものではない。仮に得られる可能性があったとしても確実に死ぬのだから。

 これは古今東西、大析出から長い年月を生き抜いてきた人類が見出した共通の認識であり、事実である。


 しかし、図らずもその反例になったのがエトである。

 偶然であったとしても事実であることには変わりなく、またその偶然から法則性を見出し、知識として確立していくのが人間である。

 問題は――


「どういうわけか、生で結晶地帯でさまよっていたミィナとやらが、お前の体内に巣食っていた結晶体に『お願い』をして休眠状態に移行させ、しかもそれが今も継続している――か」


 何故か強調していた生身という単語に何やらあてつけめいたものを感じないでもないがまぁ気のせいだろう。それにそこは問題じゃない――十分問題ではあるのだが。


 そもそも、エトの結晶病は治ってはいないのだ。


「……確かに結晶病には休眠期に入ることがあるという話は聞いたことありますけど、それって数日レベルの話であって、こいつみたいに数ヶ月以上も継続するようなものじゃない」


 彼女の主張が本当であったとするならば、この偶然と言うには長すぎる休眠期は、彼女がお願いをしたからだということになる。


 結晶体に『お願い』をして喰われないようにした――これだけでも十分驚嘆に値すべきことではあるが、同時にある恐るべき事実と可能性を内包している。

 事実とはそれ即ち、不可製結晶体そのものが外部からの命令を遂行できる性質を持っていること。

 可能性とは、一つはお願いをした彼女が結晶体を制御する術を持っていること。もう一つは――


「無機物の結晶体に命令を理解できるだけの知性と意思が宿ってるとか急にオカルティックになりましたね」


 少しばかり立ち直ったカズハが、申し訳程度ながらの反抗か茶々を入れる。


「それを言うなら結晶体自体がオカルトだろう。いかなる手段を以てしても作れない。そもそも結晶体が本当に無機物かもわからないんだ。そんな代物が突然地表に析出したんだ。これをオカルトと呼ばずになんと呼ぶんだい。

 ――それに、結晶地帯で自分たち以外の声を聞いたとかいう心霊現象があるぐらいだしな。真偽はあえて問わないがね」


 現実は時に人間の想像フィクションをたやすく凌駕する――とはよく言ったもんだ。と楽園の魔女はそう気だるそうに締めてコーヒーを啜る。

 ――そして、続ける。


「ともあれ、エドルアの一件ではっきりしたことがある。映像を見れば一目瞭然ではあるが、そのインパクトがどれほどのものかその力を振るったお前が一番良くわかっているんじゃないか?」


 これは義務教育・大学の講義のものとは違って明確な答えなどわかりはしないものだ。

 だが、得られた情報から推測することはできる。

 今の学術が確立するよりずっとずっと昔から繰り返されて、今の世界があるのだ。

 求める答えなどありはしない。それは多くの情報ピースが集まってようやくその外観が浮かび上がってくるものなのだ。


 人間は、似たもしくは同じ思考を踏みこそすれど、それには『認識のすり合わせ』が不可欠だ。

 それを怠れば、会話こそ成り立てど致命的なすれ違いを引き起こすことなどよくある話。

 だから、彼は答えねばらならい。

 あの時、不可解な力を発揮して北方皇国の最新型VAFを返り討ちにした旧式VAFの搭乗者であったが故に、彼は語らねばならない。

 その時感じたことを。その時、何故か当然と錯覚していながらも、確信せざるを得なかったことを。

 言えば一笑に付されるかも知れないことを。


 いずれ研究に携わることになる大学にある一人の学徒であるが故に彼は答えねばならない。


「――どういう理屈なのかよくわからない。でも、大気中のものからないはずのものを創り出し、一度は四肢をもがれたはずの機体が、もがれたはずのその脚で地を踏みしめていた。

 情報系の学部にいて、毛が生えた程度ながらVAFの知識をもつ僕からすれば、結晶工学なんて門外漢もいいところで、それにまつわるなにかを断言なんてしたところで、ネット上のクソみたいな広告並かそれ以下の信頼性しかないってことは二人共わかってることとは思う」


 ……それを踏まえた上で、だ。と続ける。


「まず、あの機体はエルティア国家連合体とかいう、大析出以前の大昔に造られたVAF――おそらくその原型機――だ。僕の記憶が確かであれば、VAFは大析出直前に構想こそされど、その後にようやく実用化の目処が立ったような代物だ。そして規格化が進んで今に至るんだ。

 ――なのに、だ。あの機体はんだ。

 そもそもの話、骨董品もいいところのVAFの原型機が最新型のVAFに敵うはずがないんだ」


 そこにカズハが繋げる。


「だが、君が勝った。骨董品もいいところのその機体で。

 エト、君には言われなくてもわかっていることとは思うが、旧世代の機体と次世代の機体との差はパイロットの技量である程度埋める事はできるけど、結局覆すほどには至らない。それだけ次世代と旧世代との性能差というのは絶対的なものなんだ。せいぜいあったにしても、ソフトウェアの完成度が低いときぐらいだ」


「では、北方皇国の最新機が負けたのはソフトウェアに不備があったからか?」


 当然、北方皇国はソフトウェアに重大な不備がある状態で実戦配備するほど愚かではない。わかりきった問いではあるが、彼女はあえてそう問いた。


「可能性はなくはない。だが、ありえない」

「ありえないなら骨董品に何かがあったということになる。旧世代と新世代との圧倒的な性能差をひっくり返すような何かがな」


 そしてようやく、その機体に焦点が当たる。

 あの機体が持っている(であろう)力が何を示唆しているのかわからないほど彼は愚かではない。

 それでも、はっきりしていることであることには違いない。


「……あの機体は――僕は、不可製結晶体を制御した」

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