第二章-3 楽園の魔女
「もしもしエトです」
「――あっ、アヴァロンズ・クラウンさんですか、お疲れ様です。で、今回は何の用事で……」
「――えっ、テストパイロット? まぁ構いませんけど……機体は何です?」
「あぁ……あの機体ですか……それまたどうして」
「は? 動かなかった⁉ ちょっと待ってくださいよ、生体登録とかしてませんよってか年代的にできなかったって知ってるでしょ?」
「にしてもなんで動かないんだ……? まぁわかりました。やりますよ――ってもう前金振り込んでるんですか?」
「……わかりました」
エリュシオンに帰還し、平和な日常を嗜んでいるときに突然飛んできた知らせ。
送り主は機体を引き取ったアヴァロンズ・クラウン社の研究部門からだった。
曰く、社のテストパイロットが搭乗して動かそうとしてもリアクターが動かず、仕方なく
あの機体を起動できたのはエトだけ。だからテストパイロットになってよ、お金は出すからさ――それに惹かれた結果が今の状況であった。
「ちなみに、技術主任は誰です?」
「…………………………キャンセルしてもいいですか? あっ、駄目? すげ替えることも? あっ、駄目……さいですか…………では、そういうことで……」
しばし沈黙――
「よりによってあいつが絡むのか、いろんな意味で壊れるなぁ…………」
†
北方皇国によるエドルア島への武力介入から端を発する『エドルア島事変』から数ヶ月。
図らずも当事者となったアルマたちは平和な日常を謳歌していた。
――一名を除いて。
「誰があそこまでやれと言ったの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
テストも兼ねた模擬戦闘後、エトはこっぴどく説教を受けていた。
その隣には足回りを中心にメンテを受けている例のVAFの姿。
耳を澄ますと「うわぁ……この駆動ユニット見てくれよ。もう使い物にならんぞ」「あんな機動して壊れないほうがおかしいですよ」「絶対あのサマーソルトが原因だろ。軍用だろうがなかろうが、あんなの
「いや、だってこれ性能試験でしょ? むしろちょうどいいかなーって……痛い痛い! スパナはやめて冗談抜きで死んじゃう!」
「えぇ、性能試験よ。性能試験ですとも! でもね、
「わかりましたし、注意しますから――痛い! ――スパナ投げつけるのホントに――痛った! ――やめてください! こんな死に方はいやです! 許してください!」
†
「――いい? VAFってのはね、さっきみたいにぴょんぴょん飛び跳ねるようにはできていないのよ? あなたのお父さんが一体何を吹き込んだかは知らないけど――」
「そういう固定観念に縛られてると戦場であっけなく死んじまうぞ?」
痛む身体とメカニックのいつ終わるも知れない説教の中、白衣を少し着崩した妙齢の美女が割り込んでくる。
だが、その外見とは裏腹にどこか魔女のような笑みを浮かべている。そしてどこか捻れた牛の角のようにも見える髪型と、二メートルをゆうに超えそうな身長と異常な猫背が異様な雰囲気をより強くしている。
オーゼ=アリシア。
楽園戦争の勝利を支えた科学者の一人。材料工学とナノマシンのエキスパート。
別名『楽園の魔女』もしくは『楽園の鬼人』。
「オーゼさん……いくらなんでも甘やかし過ぎでは?」
「甘やかす? とんでもない。妹を奪ったあのボンクラなんか大嫌いだし、その息子となればなおさらさ。――データを」
スフィア経由で転送されたデータを一瞥し、例の機体と向き合うオーゼ。
カバーフレームが剥がされ、顕になった脚部の内部骨格をコンコンと手の甲で軽く叩く。
そして右足を半歩後ろに下げ――
「――ちょ、何やってるんですか!」
何を思ったのか内部骨格がむき出しになった脚部に回し蹴りをお見舞いしたのだった――意地が悪いことに、しっかりとすねに当たる部位目掛けて。
そして
「金属……音?」
「……本気で折る気で蹴ったんだがね。なるほど、昔の機体にしてはなかなか丈夫じゃないか」
「ちょっと、一体何をやっているんですか!」
「健康の秘訣かい?」
「違います!」
エトは彼女に会うのはこれが初めてではない。むしろ、よく知ってる方だったりする――それも嫌というほど。
それ故、彼女の言う『健康の秘訣』も知っているし、先程の轟音の原因も知っている。
――それなのになーんでファンが多いのかなあの人。
ただのファンならともかく『ふ、ふへ、ふへへへ、オーゼたんかわいいなぁ、ほんとかわいいなぁ、へへへ――ヌレヌレだぜ』と言ってのけた先進的というか前衛的なやつが実際にいるもんだから人間わからないものである。
以前彼女のことを友人に話したところ、盛大にうらやましがられた上に、写真見て先ほどのようなセリフを言われたときは別の友人と一緒に大いにドン引きしたのは記憶に新しい。
それが冗談ならまだ笑えた。
その後、夜な夜な彼女をネタにウェットアンドメッシーを始めとしてその他諸々(友人談)な空想に思いを馳せては、大いにエキサイトしてると仄めかしたもんだから、(彼は自分たちほど彼女の事を知ってはいないとは言え)思わず今技術主任を担当してるアホと一緒に頭を抱えてしまった――これ以上はやめておこう、あの変態野郎のカミングアウトの回想なんぞ逆立ちしても精神衛生的に全くよろしくないに決まっている。
そう、こういうときは別のことを考えるのが一番だ。そう例えば――昼飯のこととか? もしくはリィナみたいな美人の事とかに思考を巡らせるべきなのだ。
現実逃避? そうとも言う。否定はしない。友人の一人が前衛的な変態だったことがそもそもの間違いなのだ。
「あのボンクラの教えとは言え、あまりメカニックを困らせるんじゃないよエト」
「オーゼさんもお元気なようで……」
「例の騒動で少しは丸くなったかと思えばこのザマとはね」
「ははは……ところで何の用事で」
「大したもんじゃない。お前の間抜け面とこの機体を見に来たってぐらいさ。じゃ、私は帰るよ」
数歩歩いたあと彼女は振り向かずに一言付け加えた。
「――あぁ、そうそう。エト、お前またTAPをフル稼働させて暴れていただろう? 悪いことは言わない、控えておきな。いくら耐性があるとは言え、人の子であることには変わらないからな」
「大丈夫ですよ。フル稼働じゃ無くて、ROEに則って一部制限しての使用ですから。VAFの扱いは貴女より熟知してるつもりですよ」
技術発展のおかげでTAPの使用による思考加速に伴う負担は、楽園戦争終結後のものと比べると激減している。しかし、完全に無くなったわけではない。
AIの技術が進歩し、日常の中に溶け混んでいるにも関わらず、民間での使用は法律で制限され、唯一運用が許されている軍や
「……まぁ、褒め言葉――ということでいいんですかねオーゼさん?」
「――調子に乗るなクソガキ。親子共々同じ反応されると本当に妹を嫁に取ったあの
「妹の子だから殴らないのに、感謝しなかったらしなかったでしばき倒すのかよ……」
「煩い。黙れ。でないと今すぐにでもしばくぞ。ともあれ――」
彼女は後ろを向きながら、親指をあの機体に指す。
「後でアレに関するミーティングをやる。忘れず来いよ。いいな? ――どっかに雲隠れしたあのアホも一緒に連れてくるから感謝しな」
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