第一章-10 楽園への帰途
最初に聞こえたのは医療ドラマでよく聞くような周期的な電子音だった。
そしてガスが流れるような音。
意識がハッキリしてくる内にそれらは心電図の音と酸素マスク、そして自分の呼吸の音であると気が付いた。
痛む身体を何とか起こす。丸々半日寝ていたかのようだ。
左の窓を見た。よく見慣れた――と言うにはまだそんなに長期間過ごしていないのだが――エドルア島を取り囲む壁とアヴィリアとPMSCsの施設と行き交う兵士たちとVAFが見えた。
右側にあったスライド式のドアが静かに開き、看護師と目が合う。程なくして大慌てで出て行った。医師でも呼びに行ったのだろう。
そして隣のベッドに眠る少女が目に入った。壁の中で出会った水色の髪をした不思議な少女。
(良かった、助かったんだな)
ここでエトは一番重要なことに気がついた。
「――俺、何で生きてんの?」
◇ ◇ ◇
北方皇国によるエリュシオンの民間人を巻き込んだ非武装地帯への攻撃。
当事者である皇国の答えは「調査・実験」の一点張りであった。対するアヴィリアはと言うと……
「形だけの抗議をして終了――っすか。抗議以外にもなんかあるでしょうに」
施設の一角にある食堂でそう言いながらバイキング形式で並べられた料理を取っていくアドミカ社のクリオラ一同。
「皇国へのエネルギー供給量を減らすって発表したエリュシオンの垢を煎じて飲んで飲めって話ですわ。そりゃ、統一戦争の傷がまだ癒えていないのはわかりますよ? でもいつまで内部抗争に明け暮れてるんだって話ですよ――
「おい」
「――もういっそのこと解体してエリュシオンに付くなりすれば良いんですよ。エリュシオンもエリュシオンでデカい――かつての国家連合体ほどではないとは言え――国際組織を拵えるって噂だし」
「いい加減やめてやれ。結成の経緯が経緯とは言え、連中にだってプライドはある」
「プライドだけはいっちょ前。それでこの状況ですか」
まるで
クライアントの気分を害して
――よほどのことがない限り。
「喧嘩だ!」
「今度はデスペラード社の連中がおっぱじめたぞ!」
「やれ! やっちまえ!」
「不肖、クレマ・ボールドウィン二等兵、アドミカ社の代表として、義によって助太刀いたします!」
にわかに起こった喧嘩祭りを脇目で見つつ席に座る。いつものようにアヴィリアが座るところから極力離れたところである。いつの時代も、争わずに済ませるには距離を取るのが一番だ。
「まーた始まっちゃいましたねぇ……」
「ま、いつものこった。乾杯」
「乾杯。そういえばクリオラ。例の少年、目覚めたみたいですよ。あと女の子も」
「それは良かった」
「でもおかしくないですか? 彼、ヘルメットがない状態で壁内にいたんでしょ? フツーなら結晶病が一気に進んでとっくに死んでてもおかしくなかったんですけど。その上、コックピットも血まみれだったって話らしいじゃないですか」
「耐性持ちだったんじゃないか? 最近そう言う奴が増えてるらしいし」
「それがですねクリオラ……確かに耐性持ちはいるんですけど、先天的に持ってる人しかいないんですよ。そして彼の耐性……どうやら後天的に得たものらしくて……まぁ早い話がですね――」
「――彼は世界で初めて後天的に結晶体への耐性を会得した人間なんですよ」と繋げようとした彼の顔にパイが飛び込み、玉砕した。
喧嘩祭りはまだ止む気配を見せない。
◇ ◇ ◇
「じゃあエト、一連の騒動をまとめてくれる?」
「よし任せろ」
検査を済ませ他にすることもなく、医者に安静にするよう言われたのでアルマと共に今回の騒動をまとめることにした。
今回の事件はとにかくおかしな点が多い。
手元のタブレット端末と付属のペンでざざっと書きまとめていく。
「こんなところだな」
①女の子拾った
↓
②皇国から爆弾落とされてVAFをけしかけられた。
↓
③その子機にやられかけたところを部屋に置かれてた旧式VAF(無人)に助けられた。
↓
④そのVAFに乗って親機と戦うが整備不良のため大ピンチ。
↓
⑤わけわかんないパワーが発動して逆転勝利。K.O.F親機は見事爆発四散。
「「……………」」
病室を覆うなんとも言えない空気。
「ねぇエト……やっぱり君疲れてるんだよ……」
「やめろ! かわいそうなものを見るような目で俺を見るな!」
「初っ端からおかしい尽くしだからしかたないよ。第一、最初のあの写真だって手持ちのエロ画像から間違えて出したものかと」
「お前は俺を何だと思っているんだ」
エトは後で改めて友情を確かめ合う必要があるなと固く決心したのであった。
二人が言い争っているその隣には、壁内で出会い、助けた登録外の少女――ミィナが病室に置かれていた果物籠の中から取り出した林檎を美味しそうに頬張っている光景があった。
一口かじってもしゃもしゃ。また一口かじってもしゃもしゃ。
一口かじっていくごとに目の輝きが増していっているようにも見える。
「……りんご好きなのかな」
「――で、あの娘のことなんかわかったの?」
「事情聴取しても何もわからなかったってのに俺がわかるわけ無いだろ」
「だよねぇ……。それで、結晶病の方は大丈夫なの?」
「それなんだけどさ……そこまで症状が進行してなくてかつ結晶体が休眠状態にあるらしいんだ」
「えっ? 休眠状態? そんなことがあるの?」
「一応あるにはあるらしいけど、俺みたいなケースは初めてなんだと。血反吐吐くらいの凄まじい激痛と、自分が分解されていくあの感覚は記憶に残ってるんだけどな」
◇ ◇ ◇
数日後。
リィナと機体の処分が決まった。
彼女はエリュシオンに送り、そこで身元などを含めた調査を行うことになった。機体は同じくエリュシオンに拠点を置き、アドミカ社と提携しているアヴァロンズ・クラウン社の研究所に送られることになった。
調査はそれどころではなくなったため中止。
アルマの調査は世界を震撼させた事件によって終わった。
エリュシオンに帰る前の夜中、退院できたエトは例の機体を見に行った。
自分らを助けた機体の姿を改めて拝んでみたいと思ったからだ。
そいつは耐爆格納庫内に梱包されていない状態で置かれていた。
持ってきた瓶ビールを開け、少しずつ飲みながらぐるりと機体の周囲を回る。
「……にしても、一体何だったんだ」
いないはずの少女。
非武装地帯への攻撃。
無人状態の機体が自分で起動し、攻撃したこと。
不可製結晶体を自由に操作したこと。
9Sプロトコル。
Iシステム。
機体の再生。
ごっそりと消失した不可製結晶体。
なかったはず、決して得られないはずの耐性。
そして声なき声。
やはり、どれひとつとってもおかしいことしか無い。
そうこうしているうちに、コックピットハッチに文が刻まれているのが目に入った。
『IDEA-Class Variable Augmented Frame』
『IDAV-000』
「イデア級VAF……?」
ふと、気を失う直前のことを思い出した。『彼女』から提示された取引の条件。
「わたしたちのかけらをあつめて――か。一体どういうことだか」
格納庫から出て、扉に体を預け外を、壁に閉じられたエドルア島を見やる。
夜風に打たれながら、考えるが疑問は解決するどころか増えるばかりだ。
――今は考えても仕方ない。今の自分には休息が必要だ。謎解きは後でいい。
そしてエドルア島に乾杯した。
――グッバイ、エドルア。くそったれの結晶の園よ。
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