エピローグ 追うものたち
エドルア島、北方皇国軍
「一体全体どうなっとるんだ、ここ最近の北方皇国は! 無理やり通して緩衝地帯に軍を投入させたというのに、楽園の英雄の息子だか何だか知らんが、一匹のガキに散々荒らされるなんぞ、恥さらしもいいところだ!」
「どうするんです、『遺跡』の調査を一時とはいえ凍結でもされたら大恥ですよ」
「今も軍からの抗議がひっきりなしです。事前の情報について不備があったと」
作戦が失敗したあと、それを依頼した彼らに届いたのは「今度は正確な情報の提供を切にお願い致します」というメッセージが添えられた戦闘データと、その戦闘時における事前情報の不備に対する厳重な抗議であった。彼らの言い分はもっともであったが、そもそもこちらも聞いていないのだ。
そもそもだ、と彼は前置きする。
「完成した結晶の巫女が突如としてポッドから消えて、どこに消えたかと思えばエドルア島内部にいて、いざ回収を強行すれば起動しないはずのVAFが起動してシステムを起動して撃退する! その上そのパイロットが
そう、この事態は彼らも想定していなかったのだ。
「今すぐなんとかしたいところだが、無理させた手前、連中の楽園帰りには手が出せん。楽園内部はともかく、辺境――
確か、追加の戦術アドバイザーが作戦の指揮を担当すると言っていたな。大丈夫なのか?」
「問題ないかと。彼の経歴がそう言っています」
「楽園戦争最初期から前線を張り続け、静馬聡明と同じくエリュシオン創立に携わっていた――か。静馬、シズマ、全く忌々しい」
成程、経歴が確かならエリュシオンの弱点の一つや二つ把握していたとしてもおかしな話ではない。
しかし――
「ゲリラ戦でしか対抗できていなかった連中が独立を勝ち得たのは、戦略兵器に匹敵するモノを保有していたから――か」
「はい?」
「噂さ。エリュシオン創立にまつわる噂」
「博士、噂は噂でしか無いでしょう。我々は学者です。噂のような不確定なものではなく、真理を求め続ける人種です。仮に、それが真実だと言うならとっくの昔に血眼になってでも占領してますよ」
「核ミサイルでもぶち込みそうですがね」
「馬鹿言え、エリュシオンは世界にとって大事なエネルギー供給源だ。いくらあの時期は余裕がなかったとはいえ、連中にはそのぐらいの分別は付いてた……筈さ」
「ウォーデンクリフ・システム……世界システムのことですか」
「そんな実験的なものではない。第一、あれは他のウォーデンクリフ・システム内蔵型の宇宙エレベータがあって初めて成り立つものだ。
そう、あんなものよりもっと、もっと実用的なものだ」
「あの人工島から伸びている軌道エレベーターの
だからこそ、大析出直後、数多の国々が我先にとエリュシオンの占領を図ったのである。
「しかし、たった一年ですっかりエリュシオンへの侵攻は鳴りを潜めた。その一因に北方皇国の存在があったとは言え不自然ではある」
「長い間のゲリラ闘争に根を上げたからでは?」
「ゲリラ闘争は所詮時間稼ぎにしかならん。歴史を紐解けばわかることだ。どのゲリラ闘争も、その末には何かしらの大規模な戦力かそれに匹敵する何かがあった」
「――だから、エリュシオンもその例に漏れないはずだ、と」
「そういうことだ。まぁどの道、陰謀論の域を出ていないんだがな」
◇ ◇ ◇
「ところで、回収作戦の件ですが、どうやらデータを流してくれたテクノクラートが介入してくるという話が――」
「まさかあの腐れ外道共が介入してくるだと!? 冗談じゃない。いいか! くれぐれも連中にこの計画の主導権を握らせるような事態を起こさせるな! ただでさえやつの私兵は問題だらけなんだぞ!」
何事において『
例えば、極東にあるヒノマ皇国――現、ヒノマ共和国にある『
伝統的と言うにはあまりにも短く、かと言って最近かと言われればそうでもない。しかし、風潮として確かに存在している。
またある宗教では豚肉を『不浄なもの』として食することを禁じているし、同時に同性間・近親間での恋愛や性的交渉を禁じていたりする。これらに関しては『実害』があったから禁忌とされたという話だそうだ。
その後者に当たる禁忌が人間絡みの技術――義体化技術に存在している。奴は緊急時には許されることを悪用して、後に私兵として登用してるが故にその禁忌を犯している。
後進国だったなら比較的問題にはならなかっただろう(問題にならないわけではない)が、ここは、そしてそのテクノクラートがいる国は北方皇国。後進どころか先を行っている国だ。
故に――
「奴らの台頭は絶対に許してはならない。我々の面子もだが、何より我ら北方皇国の面子のためだ。あいつらの技術力と偏執的な秘密主義には敬意を表するが、それとこれとは別の話だ。
ところで……先行試作型はどうなっている、37号と同じことは起こっていないだろうな?」
「えぇ、彼女は今も間違いなくここに存在しています! しかし、『巫女』としての運用には――」
「そんなものわかっている! 今後余計なことが起きる前にここから移動させろ。同じことが起こらないとも限らないからな」
◇ ◇ ◇
エドルア島、北方皇国軍
「ここに来て早々、羽を休めるどころかドンパチを――それも技術屋どもの尻拭いをさせられるわ、それでなんとか成功させればまだ良かったものを、よりによって黒星つけられる羽目になるわ……全くもって酷いもんです」
「前々からあの連中はここでなんかやってるとは聞いてはいましたけど、ホントあいつら一体何をやってたんですかね」
「さぁな。俺たちは所詮、ドンパチすることしか能がない軍人さ」
「そうは言いますけどタイチョ、今回ばかりは
「そうですよ、遠隔操縦だった今回でもこのザマ。オリオンなんか今も事情聴取の真っ最中。おかげで
それは尤もだ――と返し、窓の外から見えるカーボンナノチューブ複合素材で構成された硬いカーテンに囲われたエドルア島を見ながら瓶ビールの蓋を開け、煽る。
エドルアを見ているとふと、ある言葉を思い出した。
「――
「は? 一体どうしたんですかタイチョ、
「風水、ですか。一回その手のアプリで部屋を診断したらあんまり良くないという結果が出ましたね。今回のザマを鑑みても、あながち信用に値しないものでもないでしょうね。特に我々みたいな兵士なら尚更です」
「風水、いいね。本当に効能があるならぜひともあやかりたい――というのは冗談さ。ここに来る前に俺の友人が言ってたことを思い出したのさ」
「友人……あぁ、軍部属の科学者が友人にいましたね」
「そう、そいつが言うには、ここの研究者共はテクノクラートと結託して地中の
「テクノクラートとはこれまた面倒ですね。情報を出し渋ったのもそういうことだったんですか」
「そもそもその何かって何なんです」
「それがわかんねぇから俺たちはここに来たんだろうが」
――大析出という大災害は、ここエドルア島を起点とし、地中深くに存在していた結晶体が活性化。そこを中心とし、この星を木の根よろしく張っていた結晶体の鉱脈が活性化して地上に析出し、今の状況となった――これが前提。
もしそうなのだとしたらエドルア島を調査し、同時に全世界に存在する結晶体の鉱脈を調査すればなにかわかるのではないか――というのが友人の予測であった。
「仮に友人殿の予測が正しかったとしましょう。だとしても結晶体の鉱脈を龍脈に見立てる理由は何なんですかね」
「さぁな。科学者連中の、とりわけテクノクラートの技術師の感性と考えてることはわからんよ。ともあれ――」
科学者がオカルトの類に走った時は二つの可能性に分けられる。
一つは切羽詰まった末に見境がなくなったということ。
もう一つは――
「あいつらは一体何を見出して、一体何を確信したんだろうな」
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