第一章-7 薄氷上のバレェ

(――さて、どうしたものか)


 これが初搭乗、初戦闘ならば誘われるがままにカウンターを決めに行くところだが、伊達に場数はこなしていない。

 VAFのコンピュータによる演算支援――TCAプロセス――によって加速された意識で敵の意図・出方を考える――


 ・あえて突っ込むことでカウンターを誘い、出方を見る。

 一番ありうる可能性。ある意味鉄板。こうでないのならどうしようかと逆に不安になってくる。


(もしこれなら相手はそれなりの場数を踏んでいることになるな。というか軍人だしな)


 ・こちらを完全に舐めきっている。

 ある意味軍人にあるまじき動きだが、素人相手に時間をかけたくないのならやぶさかではないのかもしれない。


(そもそも戦闘経験があるやつが来てるとは夢にも思うまい)


 ・実戦はこれが初めてである

 一番ありえないかつ、ある意味荒唐無稽。こちらを噛ませ犬にするというのならわからんでもない。


(もしこれなら逆にびっくりするな……)


 ここまで相手の意図は考えることはできた。ここまでは良い。問題はこれをどう捌くのかだ。

 3つ目の選択肢だったなら、何の遠慮もなくカウンターをぶちかますところだが、当の相手が初陣であるという保証はどこにもない。なまじ命がかかっている分、一番賭けたくない選択肢だ。敵を過小評価する程とにかく危険なことはない。


 と、言うわけで選択肢は自然と一つ目と二つ目に絞られる。

 基本、対処の仕方で一番効果的なのは敵の意表を突くこと。


 ――さぁ、勝負だ。


 エトは床に転がっていたスパルトイの腕を思いっきりK.O.Fに向けて蹴り飛ばす。

 飛んできた腕に一瞬たじろいだように見えたが、すぐさま左手で弾き飛ばした。

 この一瞬の間。

 一瞬でも相手の気を引けたのなら、相手の懐に飛び込むための時間としては十分だ。

 この瞬間で懐に飛び込み、今度こそ掌底を叩き込む――


「――ま、それでうまくいくなら苦労はしないわな」


 やはり予想通りというべきか、突っ込んできたK.O.Fは飛行ユニットを唸らせ、急制動をかけて回避し、すかさず距離をとった。そして間髪入れずに左腕部のユニットを変形させ砲撃する。

 量子演算で予測された弾道が赤く表示され機体に次々と突き刺さる。


 ――回避。


 全方位オムニホイールを唸らせ、ランダムな方向に二転、三転。

 そして弾道予測通りに飛んできた弾丸が地面に次々突き刺さり、砂塵を上げた。


(やっぱり武器がないのはキツいな。銃とまで贅沢言わないからせめてナイフでも――というかスパルトイのときに使ってた結晶を武器に変えるアレ、あれさえ使えれば!)


 ――現状の打開に使えるのに。


 機体のヘルプを片っ端から漁れば出てくるかもしれないが、今の状況ではそれすらままならない。ひっきりなしに飛んでくる12.7ミリ弾を予測を元に避けるので精一杯だ。

 弾切れを狙うにも、先程までの動きを見る限りそこそこの経験があるのは確実だ。動き方だけでなく、数発撃ってしばし間を開け再び発砲……とにかくむやみに撃たない牽制目的の射撃――いわゆる制圧射撃のサイクルを繰り返しているものだから早々に弾を切らすのは期待できない。


(足は――止めない! 動けムーブ動けムーブ!)


 そして攻撃のチャンスを伺い続ける。なまじ思考に余裕がある分、余計油断できない。

 しかも最新機ならともかく、この機体はお世辞にもまともな状態とは言えず……


「重いんだよ、クソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 戦闘機動に伴う強烈なGにこらえながら、老いた機体に更に踊れ舞えと鞭を打つ。その後ろからはリィナの苦悶の声が聞こえた。

〈グラディエーター〉が若者の身体だとするならば、この機体は高齢者の身体だ。こんな有様でよくあんな動きができたものだと感心したくもなる。


(薄っぺらい氷の上でバレェを踊っている気分だ)


 そしてその踊り手は、老い、振り回される。

 老いに屈し、足を止めた瞬間、待っているのは死だ。


 どこぞの映画で土砂降りの雨の中、主人公が笑いながらワルツを踊っていたシーンがフラッシュバックする。

 踊るという点では似たようなものだが、あいにく降っているのは弾丸の雨だ。


 遂に薄氷の上で奇跡的に続く輪舞ロンドは破綻の時を迎える。

 足元から伝わるがつん、という衝撃。

 弾丸が当たったという証左。五メートルほど離れたところに予測線が集中していた事と足元に当たったということからおそらく跳弾。

 運動エネルギーを地面に伝えたことで通常のVAFなら一瞬エラーと表示され、処理される程度の衝撃。だが、経年劣化でどこもかしこもボロボロの機体をよろけさせるのには十分だった。


 リカバリー。


 強引に足を伸ばし、オムニホイールを接地。

 そしてモーターを唸らせ、予測線と遅れて飛来した弾丸をギリギリのところで外装をボロボロと落としながら回避する。


 視界の隅によく見慣れ、同時にお目当てのものが床に転がっていたのを視認したエトは、ひっきりなしに飛んでくる弾丸を避けるついでに宙に弾き飛ばし、キャッチした。

 長方形のかたちをした箱状のものに柄が付いたもの。箱――頭の先端には八センチほどの穴が空いていて、対角に出っ張り――強制撃発機構トリガーが設けられていた。


 自己鍛造EFPハンマー。

 

 火薬を詰め込んだ箱に、中央が少しへこんだ鉄板をはめ込んで作る自己鍛造弾EFPに柄を付けただけの代物だ。


 製造の容易さの割に、高い貫通力を発揮するというコストパフォーマンスの良さで、今もテロの現場や戦場で即席爆発装置IED対戦車ミサイルATMの弾頭など様々な形で活躍しているという事実がこの砲弾の有用性を雄弁に語っている。

 それをVAFでも扱いやすく、確実に命中させるようにしたのがこのEFPハンマーであった。


(安全ピンは……付いてるな)


 自己鍛造弾の貫通力は直径に依存する。このEFPハンマー本体の直径は八センチメートル。これは工業用のものではあるが、八センチメートルまでの厚さのものなら難なくブチ抜けるだろう。

 そしてVAFは人型であることと、五メートルほどの大きさであることから、とにかくぶ厚い装甲を付けることは難しい。


 安全ピンを抜き、地面に捨てる。


 金属特有の小気味良く、乾いた音が出たが、すぐさま鳴り止まぬ銃声でかき消された。

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