花の君

 クラスメイトの格里縁かくりえにしさんといえば、見るだけで強い印象を持たせる人である。雪のように真っ白な髪、瑞瑞しい果実のような黄緑色の瞳。なにせ容姿はビスクドールのように整っていて、同性として嫉妬を覚えるよりも感嘆してしまう。口数が少なく愛想はいまいちだが、行動は親切でノリも悪くない。何というか飄々としていて掴めないタイプ。

 変わった人間は排除される風潮が強い学校生活で、彼女は普通から一線を引いていた。多少影で何か言われているかもしれないが、表立っていじめられたことはない。容姿がいいというだけで、何もかも許されるわけではないのだ。詳しくは私も知らないけれど、彼女はバランスの取り方が上手いのだろう。

 一度体験すれば強烈な印象を与えてくれるもので、一番記憶に残り、数年後思い出を語る際にはきっと彼女のことも語ることになるだろうと私は、密かに今から確信していたりする。

 残念ながらあまり表情が動くところは見たことがないけれど、当然ながら無感情なわけでもなく表情が乏しいだけで。打てば響くというか、意外とわかりやすい方だとクラスメイトとしての付き合いで知っている。

 普段から暇があれば本を読んでいるから文芸少女かと思いきや、クレー射撃部エースだと知った時は、ひどく驚いたものだ。そういった認識は自分だけではないようで、周囲からは少し変わった意外性の塊のような認識をされていたりする。そんな縁ちゃんを語るなら、それと同じくらい印象に残るのが毎日違う髪飾りを着けていると言うこと。

 髪飾りどころか、普段から女子の髪型の変化にすら疎い男子ですら、それに気付かない者は居ない。それほどに、彼女のそれは毎日変わるし彼女の美しさを補うように目立つ。

 何せ、その髪飾りと言うのが生花で出来ているのだ。造花にはない、生きた花のみみずみずしさを存分に生かしリボンなどもつけられたた髪飾りは、一日持てば良いと工夫がされているのか、素朴な花からたまには薔薇なんて少しお高そうな花まで多種多様。この年頃では特別花好きでもない限り生花なんて触れる機会はあまりないだろう。

 実際私を含め、このクラスの女子はそうそう生花に関わることはない、いや、縁ちゃんと同じクラスと言う点では、関わって居るのかもしれないが。むしろ世の中の余程の花好きの中でも毎日花の髪飾りを着けているなんて人は何人居るのか。女子としては憧れ無くもない、だって生花の髪飾りなんてまるで漫画やドラマみたいでメルヘンではないか。

 ただ、花の髪飾りは生花だろうが造花だろうが、花の部分が大きければ大きいほど、現実離れをしていて着ける人を選ぶのだ。これ可愛い! と思って買った飾りがいざ着けてみれば違和感の塊だったなんて、年頃の女の子にはザラだ。それを毎日違和感無く身につけているのは、慣れ以上に飾りのセンスと縁ちゃんの容姿があるからだろう。

 何とも理不尽なものを感じないではないが、可愛いは正義だと言われたらそれまでではあるし、眼福だとそこは気にしないでおく。そんなわけで、縁ちゃんは当然大の花好きなのだろうと誰もが思うだろう。


「本当に花が好きなのね」


 例えば本人に言うと、返って来るのは、


「そうだな……好きか嫌いかと言われたら好きだが……どちらかというと普通だと思う」


 なんて、予想以上に淡白な答え。これがツンデレだとアニメ研究部辺りの返答ならば、ああとても好きなのだなと思えるところだが、残念ながら現実の縁ちゃんという人物は好きな物は好きとハッキリ口にするタイプであるとクラス内では誰もが周知の事実。たかがクラスメイト、されどクラスメイト。このクラスは比較的クラスの輪を大事にしている、仲がいいクラスなのだ。

 話を戻すと、つまり縁ちゃんにとって花は本当に好き寄りの普通と言うことだろうが、それにしては休憩時間に見ている本が時として花関係だったり、学校の花壇の手入れをする姿をよく見たりと、縁ちゃんの周りには花が溢れて居る姿をよく目にするものだから、やけに気になってしまっても仕方ないはずだ。

 そんな縁ちゃんの頭には、今日も綺麗な花が飾られて居る。鮮やかなピンクの花で、切り込みの入っている花弁が可愛くて目を引いた。


「今日も髪飾り可愛いね縁ちゃん!」

「ありがとう」


 花にはあまり興味はないのだけれど、今日はなんの花だろう? と興味を持ったついでに話しかける。お礼を言う縁ちゃんの目元と口元がやんわりと緩んでいるのに気付いて、可愛いなあと和む。髪飾りを褒められるといつも縁ちゃんはとても幸せそうにするのだ。普段きりっとした美少女が、笑うと結構可愛い。十点に更に三点みたいな。


「それって何の花?」

「シザンサス、または胡蝶草と言う」

「へぇ……蝶って、ちょうちょ? 蝶が好きな花とか?」

「いいや、花弁が蝶を連想すりから名付けられたらしい」


 髪飾りに優しく触れながら説明する姿は、やはり花好きにしか見えない。こんなに幸せそうで愛に溢れているのだから、改めて謎が深まった気がした。


(あなたと一緒に)






「そう言えば花には花言葉があったっけ」


 ひまわり畑が出てくる映画の話題が出て、ふと、縁ちゃんと会話を思い出す。何がと周りに居た友人達が首を傾げたので、少しばかり縁ちゃんに対する自分の疑問を話して聞かせた。みんな私の疑問には確かにと同調してくれたが、疑問を解決できるようなことはなく、ただ友人の一人が縁ちゃんと同じ小学校だったということで、そう言えばと思い出したように声をあげた。


「格里さんの小学校の卒業文集に、夢は本屋さんって書いてたんだけど、なりたいのは花屋さんって書いてたんだよね」

「夢が二つってこと?」


 小学生だ、夢が二つや三つあっても別におかしいことではないが、夢が花屋さんと言うことはやはり花好きなのだろうか。


「ううん、夢はあくまでも夢で、現実は現実。みたいな感じだったかな」

「へー……お家がお花屋さんだから継がなきゃとかなのかな?」

「一応お花屋さんではないって聞いたけどよくわかんない」


 成程、確かにわからない。夢と現実が別れてるなら、やはり家業を継がなきゃいけないからと言うのがしっくりくる、だったら花について勉強しているのも詳しいのも理解できるのだが、違うのか。私のその疑問が解かれたのは、数年後。縁ちゃんが花屋を営む幼馴染の家に嫁入りして、赤ちゃん背負って元気に店を切り盛りしていると聞いた時だった。

 今日も縁ちゃんの頭には、ハーブとしても使用される花が飾られている。


(称賛に値する)






「今日のエニーちゃんいつにも増して良い匂いだねー!」


 すんすんと鼻を鳴らして言う姿はまるで犬のようだなと、縁は少しばかり失礼なことを思いつつ、匂いと言われてどきりとする。


「匂いきつい?」

「ううん、近付いたらふんわり香ってちょうど良い感じだよ」


 人様の迷惑になっていたんじゃと懸念したが、それは世津叉琢磨せつさたくまの一言で心配ないと知る。本当にキツイならば、彼はさり気なくその旨を伝えるだろうが、この場合はただの雑談らしい。


「今日の花はキンモクセイだよね? 可愛い!」

「ああ、一応香りを抑えたり、花が落ちないように工夫されてるらしい」

「へぇ!」


 まじまじと髪飾りを見ても、これと言って目視はできない。小さな花の集まりに見えない工夫が施されて居るのだと思うと感心するしかない。ついでに縁の手元に目をやれば、花図鑑が目に入った。普通の本より専門的なそれは、開けば文字かびっしりだろう。


「エニーちゃんって本当に勉強熱心だね」

「まあこれも将来のため……」


 まぁ確かに何事も知らないより知っている方が良いだろうけど、花なんて必要になるだろうか? と琢磨は思ったが、それよりも先に自分に送られてくる花の数数を思い出した。


「ガーデニングとか? ……あ、花と言えばよくファンの子から送られてきたりするんだけど、行き場に困っててもしあれならエニーちゃんいる?」

「いや、花は一人からしか受け取らないと決めて居るので遠慮する」

「何その断り文句ー!」


 真面目に言っているのにと膨れる琢磨に苦笑いする縁が、冗談が苦手だと言うことに思い当たらないあたり彼は、とても幸せだろう。


(真実はいかほど?)






 勇追馬進ゆうおうますすむといえば、エネルギッシュで明るい、クラスに一人はいる、中心核的存在。そう言えば、まるで漫画の登場人物のようにありきたりな紹介になってしまうのだが、クラスメイトの自分から言わせればそれはそれは喧しい奴だ。

 笑いの底が浅いと言うのか、ツボがあちこちにありふれて居ると言うか、奴の琴線に触れたら最後それはもう笑い、騒ぎ立てる。たまに、空気読んでわざと馬鹿笑いしている節もある。そんなところもまた愛される要素ではあるのだろう。それにしても、クラスメイトや部活の友人ともなれば毎度毎度、お前は喋ってないと死ぬのかと呆れるポイントでもあり、それを通り越して尊敬する部分でもある。

 そんな勇追馬は手先がやたらと器用だった。空いた時間があれば、ちまちまとおおよそ男子中学生がするに似合わない作業をし出す。レースや端切れなどを持ち込んでは、リボンや薔薇の飾りを作ったり、普段のやかましさは何処へ消えたのかと問いたくなるほど、真剣に没頭しだすのだ。

 最初はお前何してんだとふざけ半分で話しかける者も多かったが、あまりの真剣さに手が動いている間は話しかける者も少なくなった。

 できるだけ手を止める合間に話しかけることにしているが、勇追馬の手の動きは例え話しながらも衰えを見せない。出来上がった品もそれまた出来が良いもので、クラスの女子が強請る姿も良く見られるが、基本的に勇追馬は出来上がった品は持ち帰って行く、たまに形が悪いだの作りすぎたと言った場合にのみ女子の手に渡ることになることもあることにあるがかなり希である。

 そんな品は明らかにおこぼれではあるのだが、それでも十分出来が良い上に勇追馬から貰ったと言うことで、女子は大喜びだ。モテるからって羨ましいわけではけしてない、ただただ自分も顔がそれなりに良くて、話術があって、手先が器用ならば! 畜生この野郎と思うだけで。

 そんな勇追馬の家は花屋らしい。たまに生花を持ち込んでリボンなどでデコレーションしているのはそう言うわけか。……いやいや花の出先がわかったと言う程度で、年頃の男があんなに真剣にちまちまと頑張る理由はわからないが。最初はそれが家の手伝いに生かされるのかと思いきや、本人曰く店にほとんど関わることはないらしい。まぁ確かにテニス部忙しいもんな。

 黄色い花をいじりながら、他に兄弟もいるし、俺自体が継ぐこともないかなーなんて笑って居て、そういうものなのかと主婦とサラリーマンの間に産まれた俺はぼんやりと思った。


(私の願いを叶えて)






「ねえねえ、進くん! 余った花とかってもらえないの?」

「あー、ごめん、そう言うのは無理なんだなー」


 勇追馬が花屋だと知って強請る止雲に、どこか軽く、しかしハッキリと断る勇追馬。今までも何度かあったやり取りに、女子どもはすげーなと思う。断られた人の話を聞いていないわけではないだろうに、自分ならもしかしてという自信からなのだろうか。ノリの良さからチャラく見える奴ではあるけれど、根は真面目な奴である勇追馬を知ってるだけに妬ましさ以上に絡まれる姿が可哀想に思えた。


「じゃあその花はー? 一つくらい良いでしょ?」


 機嫌を損ねること無く、あっさりと勇追馬の手にある生花の髪飾りへとターゲットを変えた姿に、ああそっちがもともとの目的かと悟る。一本の花茎に小ぶりな花が多く付いているその花が欲しいというよりも、勇追馬から花を貰ったと自慢したいのだろうなと感じた。


「これもだーめ! 悪いけど俺、自分の花あげるのは人生で一人だけって決めてんだよね」


 女子が伸ばした手が花に触れる前に、さっと花を持つ手を引いた勇追馬が言う。相変わらず言葉は優しいが、その目は真摯さと拒絶が色濃く現れて居て驚く。それと同時に失敗しただとか作り過ぎた髪飾りを人に譲る時、花だけはきっちり抜いて居たのはそういうことかと納得する。一度決めたことを貫き通すって、見てる方も清々しいよな。

 既にその一人を見つけているのだと感じて、全く無関係なのにむず痒くなりつつも、そこまで言わせる相手はどんな相手なのかと興味が引かれた。そんな俺が、勇追馬がそこまで言い切った特別な人を目にするのは。社会人になって仕事で夫婦仲がいいと評判の花屋へ訪問した時だった。


(永遠に変わらない心)





 男の子って なんでできてるの?

 カエルとカタツムリ。

 それと、小イヌのしっぽ。

 そういうものでできてるよ。


 女の子って なんでできてるの?

 砂糖とスパイス。

 それと、素敵ななにか。

 そういうものでできてるよ。


 だったらこの愛は、なんでできているのかな?


 暖房の効いた家を出ると、張り詰めた冷気に晒され、露わになっている頬が僅かに強張っていく。最近では日の入りも早くなり、部活が終わる頃には既に辺りはすっかり暗くなってしまっている。


「おっはよー縁!」

「おはよう」

「今日の花飾りはカランコエにしてみましたー! アイリスも良いけどまだちょっと早いから次ね!」


 そう、向日葵のように笑う彼の手には――冬から春に美しい花を咲かせる花の髪飾り。


「……君は、本当に花が好きだな」

「まあね! 縁はどんな花でも似合うから選び甲斐があるぜ!」


 言葉も無く自然と頭を下げた縁の雪のような髪に、これまた流れのまま髪飾りをつける。それか毎日交わしているやり取りなのだと誰がみても違和感がないであろう。顔を上げた縁に向かい合った状態で角度を調整して、よしと頷く。


「今日も俺の代わりに、この花を一緒に連れてってね。お前は俺の代わりに縁を守ってくれよな!」


 前半は縁自身へ、後半は花へと語りかけて今度こそ満足そうに微笑む。それに自然と緩む頬を自覚するのは縁の日課でもある。


「今日も俺のために頑張ってくれな」

「君も、僕のために頑張ってね」


 そう言って二人はそれぞれの学校へと足を向けた。好きだとか、愛してるなんて言葉にしたことはない。けれど確かに感じるそれは愛情以外の何物でも無く、しっかりと形になっていた。


(あなたを守る)






 とある市街に、一軒の花屋があるらしい。それはどこにでもある、個人経営の花屋。そこの花屋の御夫婦はとても仲が良いと評判だ。

 もともと旦那の親が切り盛りして居た花屋を譲り受け、切り盛りするのは奥さんで、旦那は好きな仕事に就いているらしく休みの日などに手伝う姿を見かけることができる。この夫婦、幼い頃から幼馴染として育ち、確かな言葉や確認が無くとも将来結婚するんだとまるでそれが当たり前のように認識して居たらしい。

 親が押し付けられたわけでもなく、お互いがお互いを大事だと思っていることを感じ、子供の頃から妻は将来自分が花屋になると、夫は妻が自分の家の花屋を継ぐと信じて疑わなかったらしい。それがそのまま現実になっているのだから、なんとも素晴らしく、なんとも妬ける話である。

 幼い頃、学校が離れてしまった二人。髪が綺麗な将来の妻のために、未来の夫は毎日余った花で髪飾りを作り彼女に送り続け、彼女は彼からの髪飾りを頭に将来花屋になるための勉強に励んで居たらしい。ユリオプス・デージーを贈りたくなる二人とはこういう夫婦のことを言うのだろう。


(夫婦円満、お似合いの二人なのです)

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