第8話 襲撃者の素顔
光里が目を覚ますと知らない天井が見えた。
決して豪華ではない部屋だが窓から差し込む光はとても暖かく、いくつかの観葉植物が静かに落ち着いた雰囲気を醸し出している。
いい香りがすると思い、辺りを見渡すとそばにあった机の上に香が焚かれてあった。ラベンダーによく似ているが違う少し不思議な感じがする香りだった。
起き抜けでまだボーっとする頭で、ここはどこだろうと考えていたらドアが開く音がした。
「よお、やっと起きたのか」
声の主を見て息が止まる。
「あ、あなた」
(思い出した、私失敗したんだ...)
今回は私をテストする意味合いが強いのは自分でも分かっていた。それだけに絶対に失敗するわけにはいかないと必死だったが、結果は思いに反し何一つ成し遂げられていない。
あの方の期待に応えることが出来なかったとうなだれる。
それどころか役立たずの烙印を押され切り捨てられるかもしれない。
だが落ち込んでいる表情も次の言葉を耳にしたとたん驚愕の色に変わった。
「お前よっぽど疲れてたんだな。昨日は丸一日起きなかったからな」
「え?」
光里は目を見開いて幸村を見た。
一気に眠気と倦怠感が飛んだ。それと同時に頭が混乱してくる。
「とりあえず起きたんだし飯にした方がいいだろ。持ってくるから大人しくしてろよ」
「待って!...ッ」
こっちの混乱などお構いなしに出て行こうとするのを止めようとしたら頭に痛みが走った。
「大丈夫か?頭打ったんだからまだ安静にしといた方がいい」
心配した幸村が顔を覗き込んでくる。
だが当の光里は痛みなど気にしている余裕がないのか幸村に掴みかかり混乱を吐き出すように質問をぶつける。
「うわっ!?」
「私はどれくらい眠ってたの!?この部屋はどこなの?私の後に村に来た人はいるの?」
「お、おい。ちょっと落ち着け」
「というか何で私が襲ったはずのあなたがこんなことしてるの!?私を人質にしようとでも考えてるわけ?私が――」
「ストップ!」
今度は光里が肩を掴まれ、トリップしかけた思考を強引に止められた。
少しの間、部屋には光里の息切れだけが響く。
光里が落ち着いたのを見て幸村が諭すように言う。
「心配しなくてもお前の質問には答えてやる。でも先に飯だ。お前はほぼ二日間何も食ってないんだから、倒れられても困る」
そんな悠長なことなんて言ってられない光里はご飯より質問だ。
しかし口を開こうと思うより先に――
グ~~~
腹の虫が鳴った。
幸村は少し困惑し、光里の顔はみるみる赤くなる。
「あーえー、体は正直?だな」
「ッ―」
いくら何でもこれはないなと幸村は言った後に後悔するが遅い。
光里は耳まで火が出るほど真っ赤になってしまった。
「まあその、取り敢えず持ってくるから待ってろよ」
光里は手で顔を覆ったまま頷いた。
やけに素直だと思ったがそれも仕方ないかと幸村は苦笑する。
「笑わないでよ...」
「悪い悪い」
何故か和やかな雰囲気になった部屋から出ていこうとした幸村はドアノブに手をかけたところで振り返り、一転真面目なトーンで光里に忠告する。
「当たり前だが逃げようなんて考えるなよ。こっちにだって聞きたいことが山ほどある」
そう言い残した幸村を光里は見ることが出来なかった。
村を滅ぼそうとしたことを許す気はないと言われている気がしたから。
(私これからどうなるんだろう)
与えられた任務をこなせなかった不甲斐なさや不安・空腹、そしてなぜかわからない安堵から感情がぐちゃぐちゃになってしまった光里にできるのはもう一度横になることだけだった。
◇
運ばれてきたのはパンとサラダ、そして温かいシチューだった。
どれもおいしそうだったが、とりわけ湯気とともにいい香りが立っているシチューは光里の食欲をそそった。
毒が入ってるかもしれないという考えは目の前の食事と空腹によってかき消されたようで手を止めることなく食べ進めていく。
今まで特に食事に困ることはなかったが、こんなに出来立てのものを食べたことはなかったし沁みることもなかった。
一つ目のパンを食べ終わり二つ目に手を伸ばしたところでシチューにつけて食べてみようと思う。
おいしくないわけがない。我ながら名案だと言わんばかりに光里の顔がほころんでいく。
そんな光里の様子を持ってきた椅子に座り自分用のサンドイッチを齧りながら見ていた幸村はますます疑問を感じていた。
(本当に何でこんなキラキラしながらシチューにがっついてるような奴がこの村を襲おうって考えたんだ?)
おいしそうにパンを頬張っている姿からは洞窟で見せた殺気は想像できない。
だが襲ってきたのは事実だ。やはりこいつが眠っている間に開いた会議で出たバックに誰かいるという考えが最も可能性が高いと幸村は推測する。
現に光里の先ほどの質問の中にも仲間の可能性を匂わすものがいくつかあった。
凝視してくる幸村に気付いた光里は、何を勘違いしたのかシチューを手で隠した。
「あ、あげないわよ。サンドイッチあるでしょう」
呆れた。
(...こいつ自分がどういう状況にいるのか分かってんのか?)
だがこっちがこいつの本来の姿なんだろうなと思いつつ、村を襲った理由がますます想像つかなくなり疑問が大きくなるばかりだった。
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