第1話 新しい日常
俺の朝は早い。
眠い目をこすりながら朝食をとり、村で飼っている動物の鳴き声を聞きながら身支度を整える。
「おーい、起きてるかー?」
おかげさまで寝坊は改善されたと言っているのに、おせっかいな友人はいつも決まった時間に呼びに来てくれる。
「今行く」
そう言って道具を手に取り仕事場に向かう。
なになに?勇者のくせにもっと気合い入れてけよだって?
心配ご無用、今から行く仕事場は戦場でもダンジョンでもない。
畑だ。持っているのも鍬だ。
「えらい気合入ってるね」
「今日はイモを植えてみようと思ってるんだ。コツも教えてもらって準備万端だから気合も入る」
「それはいいね!君が作るものは出来がいいから今から楽しみだ」
こいつはアラン・メディクル。村で一番の友人といってもいい。おせっかい、もとい面倒見がよく俺が村に馴染むまでよく世話をしてくれたシンプルにいい奴。村の薬師でもありハーブを育てている農業仲間でもある。
「まあ、鍬が特別性だからな。なんたって元加護を受けた剣だ」
そう、この鍬はこの村に住むと決めた時に、召喚された時に受け取った剣を作り直してもらったものだ。
「鍛冶屋のお父さんのあんなに呆れた顔初めて見たよ」
その時の顔を思い出しているのかアランがクックッと笑う。普通の人が思い出し笑いなんてすれば変な目で見られるかもしれないが、イケメンがやれば絵になるから不思議だ。これがイケメン無罪という奴なのだろう。
「それにしても」
ふとアランが俺を見ながら言った。
「君もずいぶん馴染んだよね」
「初日にあんな歓迎の宴が開かれたらいやでも馴染もうと頑張る。それに...」
お前のおかげと言いかけてやめた。異世界だろうがどこだろうが感謝を言葉にするのは恥ずかしい。
急に黙ったのを不思議に思ったのかアランがきょとんとしている。
「何でもない」
「ええー、何か言いかけてただろ。言えよー」
こうなったらめんどくさい。話を変えるか。
「それより今日は収穫した野菜どれくらい欲しいとかあるか?」
「え?ああ、それなら僕を優先させなくていいよ。余ったらちょっと分けてくれたんでいいから」
こういう奴だ。
そうこうしてるうちに俺は畑に、アランはハーブ園にいくため別れた。
◇
額に汗が滲んでくる。
涼しくなってきたとはいえ畑を耕すのはいつやってもキツい。でも嫌というわけではない。
向こうでは得ることなどできなかったであろう心地いい疲労感を感じていると、よく通る元気な声が聞こえてきた。
「精がでるね若者!」
「同い年だろ」
こいつはシャトル・ファイント。村にある道場の師範の一人娘で気の強いところはあるが裏表がなく接しやすい。ちなみに、こいつの父親は俺が魔物に襲われていたところを助けてくれた上に、この村に招き入れてくれた恩人であり頭があがらない。
じゃあこいつにはどうかというと、しばらく敬語で話していた。恩人の娘だからというわけではなく、歓迎会の時に一発芸といって鉄柱を素手で粉砕したからだ、笑顔で。...怖かった。距離を感じると言って辞めさせられたが。
「どうしたんだ。何か用か?」
「昼だから弁当持ってきてあげたのよ」
笑顔で手に持っている弁当を見せてくるがこっちは気が気じゃない。
「...誰が作ったんだその弁当」
「なにその顔。私が作ったって言ったらどうすんのよ」
「今すぐ農家と家畜に謝りに行かせる」
頭に来たのだろう。シャトルが凄みをきかせながら宣言してきた。
「あんた明日稽古つけたげるわ」
そっちの方がまだマシだ。稽古なら死なない程度には手加減されるだろうからな。
すると呆れたように溜息を吐きながら弁当を渡してきた。
「定食屋のおばちゃんからの差し入れよ。いつもの時間になっても顔出さないから持って行ってって頼まれてさ」
なるほど。そういえば結構時間がたっていた気もする。
ついでにおすそ分け第一号が決まった。
「で、今度は何育ててるの?」
「イモだよ」
「へえ、おすそ分けは期待していいのかな?」
もちろん。と返すとさっきの迫力が嘘のように笑った。家事と格闘術は凶悪だが笑うとかわいらしい女の子だ。アランもこういうところに惹かれたのだろうか。
「じゃあ、アランの分持って行ってあげないといけないから。しっかり働け若者!」
「だから同い年だろ」
一瞬からかいについて行こうと思ったが止めといた。
アランは自分の好意が誰にもバレてないと思っているからだ。それでいてシャトルは気付く気配がないんだからお似合いといえばお似合いなのかもしれない。とりあえず周りにはバレバレなので、みんな温かく見守ることにしている。
◇
一通り作業が終わると収穫した野菜を村の人におすそ分けし、家で人並みにはできる食事を作り明日に備えて早めに寝る。
これが今の俺の一日。
異世界まで来て大したことないと思うかもしれないがそれでも、ここでの生活は楽しいし充実していると思う。帰れないと言われたときにはどうなることかと思ったが、今ではこの生活がずっと続いていけばいい。そう考えている。
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