第669話


髪を撫でる感触で意識が浮上する。ダイバとアゴールの声がかすかに聞こえる。ダイバが私に渡した魔力って結構多かったと思うけど……もう回復したの?


「だからベッドで休ませると言っているだろう」

「いやっ! 私が一緒についてるの!」

「ぐええっ」


急に首を絞められて一気に目が覚めた。っていうかまた意識がとぶ……あの世へ。


《 キャアアアア! エミリアが死んじゃう! 》

《 アゴールのバカァ! 》

「アゴール、エミリアから手を離せ!」

「いやあああ! 私がっ私がっ、エミリアさんのそばにいるのぉぉぉ!」

「くっ、くびぃ……」


ピーンッと一瞬音と声が途切れた。と同時に私の首を絞めていたアゴールの腕から力が抜けた。


「エミリア!」


ダイバの腕が私を抱き上げてアゴールから引き離す。


「オヤジ、エミリアを頼む!」


そう言って私をコルデさんの腕に預けると、動きの止まったアゴールを抱えてテントから飛び出していった。


「エミリアちゃん、大丈夫か?」


咳をと繰り返して、呼吸を整えようとする邪魔をする。そこに、一定の量で肺に空気が取り込まれてきた。私の胸に手をあてている風の妖精ふぅちゃんが新鮮な空気を送ってくれているのだ。

くうを掻いていた私の右手を誰かが優しく握りしめる。アルマンさんの手だ。


「エミリアちゃん、動いても大丈夫か?」


呼吸が落ち着いてきた私はコルデさんの言葉に頷く。アルマンさんの左手が背に当てられて支えられたのは、私が動きで呼吸が荒れないようにするため。ダイバが私をコルデさんに預けたときから自発呼吸がままならない。今も風の妖精ふぅちゃんのおかげで呼吸ができているだけだ。


ソファーに腰掛けたコルデさんの膝の乗せられたままアルマンさんの手を握りしめる。話をしないのは、私の呼吸を邪魔しないため。そんな配慮を経て、風の妖精ふぅちゃんの助けがなくても呼吸ができるようになったのは、ダイバが眠ったアゴールを抱えて戻ってきた頃。アゴールをソファーに寝かせてから私の前にきてひざをついて頭に手をのせる。


「大丈夫か?」

「うん、風の妖精ふぅちゃんのおかげ」

「そうか、よかった」


ダイバが私の頭に手をのせるのは、私が無理をしていないかを魔力の揺らぎで確認しているからだ。同調術で私の中に送られた魔力が多ければ多いほど、ダイバに気づかれてしまう。


「ダイバ、アゴールはどうしたんだ?」


コルデさんの言葉にちらりと私や妖精たちに目が向けられる。しかし私が言わないことを妖精たちが話すことはない。


「アゴールのは竜人の暴走だ。エミリア限定で暴走が起きる」

「エミリアちゃん限定で?」

「ああ、以前火龍の攻撃がエミリアを襲ってな。アゴールにとってエミリアは初めてできた他種族の友、今は義妹いもうとだ。何かあればフィム以上に執着している」

《 それをダイバがアゴールの腕から取り上げようとした。まあ、抱きしめて離さないアゴールが悪いんだけどね 》


ウンウンと地の妖精ちぃちゃんが腕を組んで頷く。


《 エミリアはゆっくり目を覚まし始めていたんだよ。そこをアゴールが強く抱きしめたせいで、エミリアの首が絞まったんだ。急だったからエミリアが呼吸を整えられなくて…… 》


私の意識が浮上し始めていたことに気づいた光の妖精アイちゃんが、咄嗟に室内を強い光源で全員の思考回路を停止させたそうだ。意識が半分とんでいたのだろう、私は音しか分からなかった。

真っ先に反応したのは私に魔力を渡したばかりのダイバ。苦しい呼吸を繰り返す私に気付いたのだ。そしてアゴールから離すためコルデさんに預け、ダイバは我に返って暴れ出す前にテントを飛び出し結界の外へ向かった。


「外は、まあ……酷いことになっている」

《 仕方がない。今回はエミリアを助けるためだったから無償で修復するよ 》

「すまん」


地の妖精ちぃちゃんに頭を下げるダイバ。アゴールの暴走は簡単には止まらない。火龍のときは、火龍を一撃したことで暴走の目的が達成されたこともあり、ダイバに一瞬で鎮圧された。

いまは……『奪われた私を探して半狂乱になっていた』だろう。ダイバに服装の乱れもないし、アゴールもただ眠っているのと変わらない。でも、さっきのダイバの言葉からアゴールの暴走は…………ダンジョンが壊れなかっただけマシだろう。


「アゴールの暴走はそこまで酷いのか?」

「……理性で抑えている竜人の能力を全解放するからな。『龍が人の姿で暴れている』と思えばいい」

「自制の効かないアゴールは『歩く暴風雨』でしかないんだよ」

「『あるく災害クラス』がいうか?」

「私はまだ理性あるもん♪」

「……理性がある分、さらにタチが悪い」


あきらめに似た息をダイバは吐き出す。見捨てることはしない。そう誓ってくれたとおり、ダイバは私を放り出す気はないらしい。

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