第668話
「エミリア、手を貸せ。同調術で魔力を送る」
「私も……」
テントの休憩室に運ばれると、そのままソファーに寝かされた。アゴールのひざ枕付きだ。ダイバから同調術で魔力の譲渡を提案されると、すかさずアゴールが私の左手を握りしめた。しかしそれをダイバは許さなかった。
「アゴール、一度も練習したことがないだろう?」
「だけどっ!」
「アゴール……今はダメ。私の方が余裕なくて、アゴールの魔力を限界も考えずに奪っちゃう」
それは地上ならいいだろう。しかしここはダンジョン内であり、ここはまだ入り口である。そしてこれから調査を開始するにあたりお荷物はあってはならない。
「隊長命令だ、アゴールには同調術をさせない。いいな?」
アゴールが「私も!」と言って引かないため、ダイバは最後の手段にでる。遠征や討伐、調査に出ている間はどんな命令であろうと隊長の命令は絶対である。たとえそれが私生活で夫婦だろうと……
隊長命令が出されてようやくアゴールも冷静になったのか。小さく「はい」と返事をして私の左手をそっと離してくれた。
「エミリアちゃん、このままアゴールにひざ枕を続けてもらっても大丈夫かな?」
「うん、その方が安心する」
アルマンさんに頷いてそのままアゴールを見上げる。私の左手を離したことで行き場をなくしているアゴールの左手首を掴んで額に乗せた。魔力酔いに近い状態で体温が下がっている私の額に温かい手のひらが気持ち良くて安心する。ほうっと息を吐いて目を閉じると、不安げに「エミリアさん?」と声が聞こえた。
「
ダイバがクッと小さく笑って私の両手を握る。そっと目を開けるとダイバの笑顔が目に入る。その目は心配そうに揺れているが、私の体調を気にしているのだろう。
「エミリア、同調術中に寝るなよ」
「……努力する」
ダイバの魔力がゆっくり優しく流れ込んでくる。
呼吸で回復しているとはいえ、それはごく僅かでしかない。枯渇しなかったから倒れなかっただけ。ギリギリを保っていたから吐かなかっただけ。召喚で減った魔力だったけど、
「気持ち悪くないか?」
「うん、ダイバの魔力が
「でも、まだ冷たいままだわ。ダイバ……」
「魔力を一気に送ればエミリアが壊れるぞ。精神も、身体も」
ダイバは私の身体を気遣ってゆっくりと魔力を注ぎ込んでくれる。蛇口から
蛇口をひねって一気に注ぎ込めば魔力の温度が上昇する。たとえホット専用ペットボトルだったとしても、熱湯が注がれればペットボトルは変形する。変形する前に
「その影響がエミリアちゃんに向かうんだよ」
以前、同調術による魔力の譲渡方法を体験したことのあるアルマンさんが、同調術による魔力の譲渡を分かりやすく説明するとアゴールの身体が緊張で固まった。ひざ枕をしてくれている太ももが固くなり、額に乗せた手が小さく揺れる。
「大丈夫だ、アゴール。エミリアは確実に回復している」
「アゴールぅぅ、ほっぺたナデナデして〜」
私のお願いに「こう?」と両手で私の頬を撫でる。そこで気付いたのだろう、
「エミリアさん……温かくなってる?」
ホッとしたような声をあげた。
「だから言っただろう。……エミリア、寝るなよ」
「2人が
「ったく。結局アゴールからも少しずつ魔力を注いでもらっているのか」
「……ん。手から身体を
「寝るなよ」
「ん〜、……起きてるよぉ〜」
「こりゃ、半分寝てるな」
コルデさんの声が遠くから聞こえる。
《 エミリア、寝ていいよ。私たちがダイバとの同調術を解除するから 》
《 ダイバから魔力を根こそぎ搾り取ってから解除するから 》
《 足りなかったら隊員たちの魔力も恩返し代わりに奪い取るから 》
《 だから心配しないで眠っていいよ! 》
3人の妖精たちが好き勝手言っている。その後ろでダイバの「おいっ」というツッコミが1人ずつに返されていた。最後は声を揃えているし……。たぶん、私を安心させようと思っているのだろう。一応、クギを刺しておこうか。
「ピピンに叱られないように……気を付けて、よ」
春のポカポカ陽気のように気持ちいい中で目を閉じていたら眠くなるのは当然………………ぐう。
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