第200話


新たな生命の誕生は、それだけでも奇跡に近い。この荒れた大地の大陸では特にそうだ。だからこそ、女性たちの手と協力が必要だ。

今、私は出産に立ち会い中。アゴールのではない。私が来てから何代目かの商人ギルドのギルドマスターの妻の出産だ。その交代劇がすべて職員による不始末によるもの。

前のギルドマスターは、数ヶ月前の食堂で起きた私への悪意ある行為。それで積み重なった心労で倒れて職を辞した。ストレスが消えて元気になったから結果的によかったのだろう。

普段なら、私が出産に立ち会うことはない。だけど、今の商人ギルドのマスターは、私が所属してた頃に担当だった人だ。さらに、偶然屋台村にいたら産気づいて倒れたのだ。すでに破水していてその場で出産させることになったが、そこで問題が発生。屋外のため出産に相応しくない環境なのだ。

そのため、妖精たちに協力を頼んだ。

不特定多数の人間の前で出産させるわけにはいかない。ということで、手伝いの女性たちだけ中に入れて、くらやみの妖精が『闇の箱』で覆った。中の明かりは光の妖精の仕事だ。風と水の妖精が室内の環境を整え、地の妖精は地面を浄化して柔らかい草を生やした。その上に妊婦さんを寝かせて出産させることになったのだ。

ちなみに火の妖精は産湯の担当だ。そして、赤ん坊の体温が下がらないように保温するなど、出産後のケアを引き受ける。

産気づいて環境が整ってわずか三十分後。無事に男の子が誕生した。



「ありがとうございました」


妊婦人にお礼を言われた。彼女はすでに担架に乗せられていて、あとは赤ん坊の産湯が終わるのを待ってから運び出される。


「ずっと気持ちの落ち着く香りがしていて。安心して息子を産むことができました」

「香り……? ああ、リリンだね」


白虎と共にいるリリンに目を向けると、笑顔でプルプルと揺れた。


「ありがとうございます。エミリアさんや妖精たちがいなければ、私も息子も生命が危なかったと思われます」

「大袈裟でしょう?」

「いえ、エミリアさんたちのおかげで、温度も気にせず清潔な場所で出産ができたのは大きいです」

「このような場所で短時間で出産して、母親も赤ん坊も無事だったのは奇跡に近いんです」

「きっとこの子には『妖精の加護』があるんですわ」

「あ、それはないんで」


女性たちの盛り上がりをバッサリ切り捨てる。誤解されたままにしているとトラブルの元だからだ。

やはり驚きと残念と悔しそうな表情が『ないまぜ』になったような顔を私に向けてきた。


「妖精の加護は……」

「もらえるわけないでしょ」

「それは出産を手伝った私たちにも」

「もらえるわけないじゃん。だいたい、手伝った程度の下心ミエミエのやつに誰が加護を与えるの? その分じゃ、善意で動いたわけでもなさそうね。図々しい」


私の言葉に俯き青ざめる。これは恥じているというより、妖精の罰を恐れてのことだろう。


《 エミリア、連中には内緒にしてね。落ち着いたら罰を与えておくよ 》

《 魂胆に気付いていたけど。一応、出産が終わるまで待ってただけだから 》


それを聞いて満足した私は黙って頷いた。ちょうど、男性たちが母子の担架を運び出すところで、私に頭を下げたからだ。

女性たちも妖精の罰を恐れて、逃げるようにこの場を離れていた。

……この場を逃げだしても、この都市まちから逃げ出しても、妖精たちに通用しないのがわからないのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る