第170話


「ん……」


なんだろう。懐かしい香りで安心する。……でも、何の匂いだろう。知っているはずなのに、思い出せない。


「エミリアちゃん、目が覚めた?」


声と共に優しく頭を撫でる感触。優しい目が、私を見下ろしていた。


「…………ミリィ、さん?」


ここは? という私の言葉に「うちの店の二階よ」と返された。


「エミリアちゃん、『バラクル』で倒れたのよ」


覚えてる? と言われて思い出そうとする。


「ランチとグークースのテイクアウトを注文して……フーリさんと会話してたら……変な連中に絡まれた」


そして、アゴールが帰ってきて、それでも変な連中がしつこく絡んできてて、怒ったアゴールが連中のテーブルに向かって行った後でを見て、急に記憶があふれてきた。

何を見たのだろう。……思い出せない。


「そう。思い出せなくても大丈夫よ。本当に大事なことだったら、エミリアちゃんのが覚えているはずだもの」


大丈夫、大丈夫。そう言って優しく抱きしめてくれるミリィさん。


「でも……バラクルで倒れたのに、何故ミリィさんのお店に……?」

「フーリが教えてくれたのよ。以前、エミリアちゃんがウチで倒れたでしょう? だから、アゴールから、私が何か知っているんじゃないかって言われたそうよ」


あれは、この都市まちで暮らし始めた頃だ。

何を見たのかわからない。やはり、突然『覚えのない記憶』が頭に流れ込んできて、パンクして倒れた。でもミリィさんを見て記憶があふれたわけではない。だって、倒れる前から会っていたのだから。


「アゴールたちには「何かのきっかけでエミリアちゃんの失った記憶に繋がることを思い出しかけたから」って話したわ。でもね。コルデ……『ダイバの家族』がこの都市まちに着いたから、私がエミリアちゃんを預かったの」

「……ダイバの家族を知ってるの?」

「ええ。……昔馴染みの人よ。でも『ダイバの家族』だとは知らなかったわ。先月、知り合いがここへ来たけど、そのときに鑑定スキルを持った仲間がいてね。それで偶然判明したのよ。たしか、出生国が同じだったわ」


ああ。そういえば、エリーさんが鑑定スキルを持っていたな。夢の中でそんな会話もあったっけ。……覚えていないけど。


「エミリアちゃん、起きられる? 何か食べたいものがあるなら作るわよ?」

「ん、と……焼きそば」

《 はダメ‼︎ 》


サイドテーブルに置かれた涙石のペンダント。そこから風の妖精が飛び出してきて、上半身を起こしている私の顔の前で腰に手を当てている。


「だあってー。『食べたいもの』って言われたんだもん」

《 だ・か・ら! 》


私と風の妖精とのやりとりに、ミリィさんは笑って見守っている。


「大丈夫よ。焼きそばは、エミリアちゃんの体調が回復してから作るから。今は葉物を入れた雑炊にしましょう」

《 あ! たまごはダメよ! 少しでも体調が悪いと嘔吐しちゃうから 》

「えー。大丈夫だよー」

《 大丈夫じゃないから言ってるの! 》

「エミリアちゃんは起きたばかりだからね。今は消化の良いものにしましょう」


ミリィさんはそう言って宥めるように抱きしめてくれる。それだけで、心が暖かくなって気持ちが癒された。



ミリィさんのお店で倒れたのは三回。そして看病してもらったのは今回で四回目。

ミリィさんは魔法で、眠っている私の体内から排泄物を処理場へと転移とばしてくれる。これは妖精には『使えない魔法』だ。元々、聖魔師テイマーと契約した妖精であっても、魔法の使用には制限がある。『自分たちの属する魔法』と、『生活魔法の一部』だけ。そして、転移魔法は無属性。妖精たちは誰にも使えない属性だった。


「ねえ。なんで倒れたの?」

《 記憶があふれたからよ 》

「……何を見たの?」

《 絡まれたのは覚えてる? 》

「うん。それでアゴールが連中のいた席に行って……アレ?」


そのあとはモヤがかかったようになって思い出せない。ただ、倒れた? 眠った? 連中がテーブルやイスにもたれるように姿勢を崩したのは何となく覚えている。


《 エミリア? 》

「……ダメ。思い出そうと思っても、モヤがかかったみたいになっちゃう」

《 じゃあ、思い出さなくても良いことなのよ 》

「でも、ね……。聞かなきゃいけない大事なことがあるよ?」

《 なに? 》

「…………みんなは?」


そう。いつもなら私から離れないみんながおらず、風の妖精いない。それも、風の妖精は涙石の中にいた。……ううん、私が目を覚ましたから涙石を通って戻ってきた、て言った方が正しいのだろう。じゃあ『どこから戻った』のか?


「みんなは、どこいったの?」

《 あ……えっと…… 》

「ねえ、みんなは? いま、どこから帰ってきたの?」

「エミリアちゃん。妖精を困らせてはダメよ」


部屋を出ていたミリィさんが、いつの間にか戻ってきていた。


「みんなはエミリアちゃんが心配で離れたくなかったのよ。でも、ダイバたちが家族と再会している間はアウミを守れないでしょ? だからアウミとその周囲を警備してくれているのよ。エミリアちゃん、みんながいないから不安になったのね」


ミリィさんがベッドに腰掛けて、優しく抱きしめて安心させてくれる。


《 だって、アウミに何かあったら、きっとダイバたちは苦しむ。『エミリアに頼まれたのに自分たちの再会を優先したせいだ』って。ダイバの家族も、ひと月かけてやってくる父親たちも。それに、エミリアも『自分が倒れなかったら』って泣く。……私たち、エミリアには泣いてほしくないもん 》

「エミリアちゃん。白虎も勇気を出してアウミの部屋で警備しているわ」

「白虎が?」

《ピピンとリリンも一緒にいる。水の妖精も一緒よ 》


白虎もリリンも水の妖精も。人に対してトラウマがあるから、安全な我が家やテント、ダンジョン以外では出てこないのに……


「私……役に立ってない。倒れちゃったし……」

「エミリアちゃんはホントに困った子ねぇ」


ミリィさんが頭を撫でてくれる。


「エミリアちゃんはね、ここにいるだけで十分なのよ」

「……ここ?」

「そう。私の腕の中よ」


そう言ったミリィさんは、優しく私の頭を抱き寄せて、優しく暖かく抱きしめた。


《 エミリアは安全な場所にいてくれれば良い。家にいても良いけど、そうしたら倒れてないか心配になる。ミリィのそばだったら、私たちも安心だから。私たちはエミリアと『人をキズつけない』って約束したでしょ? 約束は絶対に守るから心配しないで 》

「うん……。ありがとう」


目を覚ました私に気付いて駆けつけて安心させてくれた風の妖精。

そして、私を『エア』としてではなく『エミリア』として接してくれるミリィさん。

みんなの優しさで、私の日々は守られている……

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