第171話


「ミリィ。エミリアちゃんは?」


ミリィが階下の厨房に向かうと、階段に一番近いテーブルに座るフィシスが声を掛けてきた。『鉄壁の防衛ディフェンス』の、コルデと同行してきた仲間たちも心配顔だ。そのため、エミリアが倒れた昨日と今日は貸し切りにしている。


「目を覚ました。今は妖精と話をしてる。……やっぱり、何か思い出しかけたようだけど記憶が戻っていない。ルーバー、葉物の雑炊をお願い。出来る限り柔らかくね」

「ああ、わかった。出来たら送る」


ルーバーの返事に頷くと、「エミリアちゃんのところに戻るわ」と階段を上がって行った。

その後ろ姿を見送ったアンジーが苦笑する。


「相変わらず、ミリィの『一番』はエアちゃん……エミリアちゃんなのね」

「ルーバーはそれでもいいの?」

「ああ、俺は『エミリアを大切に思うミリィ』を好きになった。エミリアがいたから都市ここに留まった。そして、エミリアを近くで見守りたいからこの店を開いた。俺も元々料理屋のせがれだから、ここでエア名義エミリアのレシピで料理ができることに満足している」


ルーバーがミリィに頼まれた雑炊を作りながら苦笑する。

ミリィと初めて会った時に、「私は大切な子を探している」と言っていた。そのために守備隊の隊長も辞めてきたと言うミリィは、たしかに武芸に秀でていた。


「一人では疲れるだろう? その人探しに付き合わせてくれ」


ルーバーは見届けたかった。この人同士の関係が希薄なこの世界で、すべてを投げ出しても守りたい人がいるミリィと、彼女が探し求める『エアちゃん』との再会を。

……衝撃的だった。ミリィはひと目見て『エアちゃん』だと気付いた。しかし、事前に彼女が記憶をなくしていることを耳にしていたミリィは、彼女に言った。「初めまして」と。


「私たち、この都市まちは初めてなの。ひと言で言うとどんなところ?」

「ここ? 冒険者に優しいところだよ。私もみんなに支えられているもん」

「そう。じゃあ、私たちもここに住もうかしら。彼は料理人なのよ」

「ここの食堂はダンジョンで食材をって来てるよ。穀類とかは買うしかないけど、ダンジョンなら食材はタダだもん。あとね、使わない食材はダンジョン管理部が買い取ってくれるよ。でもね、ここのダンジョンに入るには冒険者ギルドで『ダンジョン使用許可証』を手に入れないとダメだよ」

「そう、教えてくれてありがとう。私も彼も冒険者だから、ここのギルドに登録するわ。あ、そうそう。私はミリィ、彼はルーバー。二人とも巨人族と人間のハーフよ」

「私はエミリア。冒険者なんだけど、聖魔師テイマーで、商人で、職人だよ。お店はそこだけど、冒険者だから不定期なの。パーティは妖精たちと聖魔。みんないい子なの」

「そう。これからよろしくね」

「はーい!」


終始笑顔だったミリィ。その後もエミリアに教えてもらった通り、冒険者ギルドでダンジョン使用許可証を受け取った。そして、ダンジョン管理部で紹介してもらった店舗兼住居は、運良くエミリアの店の近くだった。

……その日の夜、ミリィは泣いた。エアちゃんと再会できたことでも、自分を覚えていなかったことでもない。

無事でいてくれたことに感謝しての涙だった。


「いいの。私を忘れていても。だって、私たちはもう一度友だちから始められる。私はこれから『エミリアちゃん』と友だちになる」


そして聞いた。

エアちゃんは異世界から召喚された聖女様だった。共に召喚された聖女は生命を落とし、エアちゃんは聖女として人々を救い、最後には王都を襲った悲しみを浄化させて……ミリィたちの前から姿を消した。


はきっと『聖女だったこと』を忘れたんだと思う。その方が幸せになれるから。だから、私はエミリアちゃんを守る。二度とひとりで背負わせたりしない」

「……そうか。じゃあ、俺は二人を守れるようになろう」

「ルーバー?」


俺の言葉が理解できていないミリィ。俺の気持ちも気付いていない彼女にはわからないだろう。


「ミリィ。君が好きだ」


俺の言葉に驚きで固まり、一気に顔を赤らめた。その様子に俺が笑うと、やっと我に返ったミリィは冗談を言われたと思ったようだった。しかし、俺の言葉が真実だと知るとウブな少女のようにモジモジした。


「それでも、私はエミリアちゃんが……」

「うん、わかってる。俺は『エミリアが一番好きなミリィ』に惚れたんだ。今のままのミリィでいい。俺を嫌いじゃないなら、これからも一緒に見守らせてくれ」


そう言うとミリィは小さな声で「嫌いじゃない」と呟いた。

…………俺は、その絞り出した小さな言葉だけで十分だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る