第169話
「エミリア‼︎」
食堂に響いたダイバの緊迫した声。
たぶん、風の妖精の仕業だろう。二人は突然、
アゴールも、かすかに聞こえた自分を呼ぶ声に振り向き、床に崩れ落ちていくエミリアの姿を見た。その瞬間、アゴールの頭の中は真っ白になり一歩も動けなかった。
エミリアの身体は、駆け込んできたダイバが滑りこんで下敷きになり、床に全身を打ちつけずに済んだ。もし間に合わなかった場合は、妖精たちがエミリアを守っていただろう。
「エミリア! おい、エミリア! しっかりしろ! おい‼︎ エミリア‼︎」
ダイバがエミリアを仰向けに抱き起こして必死に呼びかけるが、閉ざされた
「ダイバ、揺らすな」
「しかし、アゴール」
ダイバの泣きそうな表情……久しぶりに見た。
最後に見たのは二十八年前。故国の戦乱から
運が良かったのか、称号には避難民と表示されていたため、ここ……プリクエン大陸のタグリシア国まで連れてきた男たちがまとめて捕まり、自分たちは神殿に保護された。そのときに、彼らが『犯罪ギルド』で、ここまで連れてこられた本当の理由を神官から知らされた。
避難民は、行きの船代はタダだが、元の航路を戻るには正規のお金が必要となる。犯罪被害者ということで、しばらくは神殿に住まわせてもらえることとなった。しかし十日間だけだ。お金がない自分たちは、航路の終着点にあたる水も緑も少ない過酷なこの大陸から出られない。犯罪ギルドに狙われた自分たちが安心して生きていける町……それが、『ダンジョン
犯罪ギルドからの保護の観点と先へ進むという名目で、乗合馬車ではなく魔物よけの魔導具がつけられた神殿の馬車でダンジョン都市までタダで送ってもらえた。そして、ダンジョン
アゴールがダイバの悲しそうな、泣きそうな表情を見たのは、神殿を離れる前日だった。
ダイバは、この神殿で保護される前までは思慮が足りなく、というより、目の前にある興味があるものに飛びつくような三歳の男の子だった。旅の間に四歳になったが、それでも船の中を走り回って遊んでいた。
「ダイバ。どうした?」
「アゴール……。ぼく、父さんとの約束、うまく守れなかった」
ダイバは、生き別れた父親と故国を脱出する前に約束をしていたらしい。
「いいか? ダイバ。この先、どんな混乱が起きるかわからない。その混乱で、家族全員がバラバラになるかも知れん。だが、生きていれば必ず見つけ出してやる。そのために、どんなことがあっても必ず生き残れ。そして、誰かが一緒にいるなら、必ず協力して生き残れ。そして、家族だけでなく仲間も必ず守るんだ」
神殿に保護されて安全が確保されたとき、神殿の人がダイバに言った言葉を聞いた。
「よく教えてくれた。偉いぞ」
ダイバは船の中で、自分たちを案内している男たちが『悪い人』だということを知った。ダイバは最初から彼らの「避難民が集まる街があり、そこで安全に暮らせる。そこまでの費用は無料だ」という言葉を信じていなかったのだ。そのため、遊んでいるフリをしてあちこちに隠れて調べていたらしい。そして、時間をかけて得た情報を持って、この港町で見かけた神殿に駆け込んで保護を求めたのだ。
神殿側も、よく四歳の子供の言葉を信じてくれたと思うが、真剣で必死なダイバの目が彼らの心を動かしたのだろう。何より、ダイバには守るべき母と妹がいたのだ。
しかし、それを上手くできなかったとダイバは悔いていた。最初から大人たちを止めて最初の町に残るか、最初の寄港地で保護を求めることができたはずだ、と。
でも子供だからそれもできなかった。だから『子供』という立場を使って連中の魂胆を暴いて、騙されているみんなを絶対に守る!
そう誓って、一年に近い間、孤独な戦いをしてきたのだ。
ダイバは、『守る』と決めた相手は絶対に守ろうとするだろう。
アゴールはそう思った。そして、アゴールはダイバと共に生きる道を選んだ。暴走しやすいダイバをサポートして、尻拭いして、公私ともにパートナーとなった。
だから、その表情だけでダイバがエミリアを『守るべき者』と認識していることに気付いた。
「ダイバ。今はエミリアさんを上の客室へ。母さん、守備隊が連中の回収に来るから引き渡して。それとミリィにここへ来てくれるように頼んで。彼女なら、エミリアさんが倒れた理由がわかると思うから」
「アゴール! 早く!」
エミリアを抱き上げたダイバが、上階に繋がる階段の踊り場からアゴールに声をかける。
「すぐに行く! じゃあ、母さん」
「こっちのことは大丈夫よ」
母親の声に頷くと、ダイバの後を追って颯爽と姿を消した。
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