第127話
何となくという感じで目を開けたのは何度かありましたが、完全に目を覚ましたのは四日目の夕方でした。
誰かの悲しい声が私を呼び起こしたのです。
『帰りたい・・・彼女のそばに、帰りたい』
その声が、切なくて悲しくて。何も言えず、その声を黙って聞いていました。
その声は時々悲鳴に似た叫びをあげます。
『返してくれ!彼女を返してくれ!オレを彼女の隣に返してくれ!』
『オレではない!いま助けが必要なのはオレではない!』
『オレはどうなってもいい!だから彼女を助けてくれ!』
ずっと繰り返されてきたその叫びに、別の声が加わりました。
『此奴、村長の孫じゃないか』
『此奴を助けたら、村長からたっぷり礼が貰えるかもな』
『俺は金より此奴の妹が欲しいぜ』
『じゃあ、此奴を王都に連れて行って治療院で救ってもらおうぜ』
この後、馬車の走る音が聞こえていました。そして馬が
『おい。此奴死んだみたいだぜ』
『はあ?何だよ。王都までまだあるんだぞ』
『ウワッ!気持ちわりぃー。此奴、薄目開けたまま死んでるぜ』
『縁起でもない。早く馬車から捨てちまえ』
『俺たちはお前を助けてやろうとしたんだからな』
『恨むんならテメエの『運の無さ』を恨めよ』
ドスンッ!ドサッ!という音が続き、『あー。イヤなもん乗せたぜ』という声が聞こえました。
『この馬車、売っぱらって違うもんに乗り換えようぜ』
『死体を引いていたこの馬も一緒に売るか』
『そういえば、此奴もあの死体も『同じ名』だったな』
『ウワッ。さらに縁起わるー』
『魔物に襲われたって言って、荷物も俺たちが頂くとするか。『オレたちも魔物に襲われた』ことにすれば、その金があれば王都で遊んで暮らせるぜ』
『あんな
『その前に、死体が乗ってた痕跡を早く消せよ』
『お前こそ。その横の黒ずんでるのは
『あのヤロー。落とす前に、いけ好かない
『いいじゃないか。窪地に蹴り落としたんだからな』
『王城で働いていたっていう綺麗な嫁さん貰っても。死んだ彼奴は
『アレが綺麗かよ。血塗れで醜かったじゃねえか』
『窪地に頭から落ちたんだ。『潰れ頭』と『血塗れ』。お似合いの夫婦じゃねえか』
『ハハハ。違いねえ!』
ガラガラという音と不快な笑い声が遠ざかると、ふたたび『帰りたい・・・彼女のそばに帰りたい』という声が繰り返し聞こえてきました。しかし、この声はそのまま小さくなって聞こえなくなりました。
「・・・そっか。だから『王都が狙われた』んだな」
いま聞いたことを、誰かに伝えてきましょう。
「お姉ちゃん!」
「起きて大丈夫?」
「・・・皆さんは?鍛錬場ですか?」
いま食堂にいるのはパパさんたちだけです。ユーシスくんに促されて、近くの椅子に座りました。
「皆さんは、あの『気の毒な女性』の行方を探しに行った。夕方には戻るはずだ」
「エアさんが残してたメモを頼りに、女性は被害者だと判断されたんですけど・・・。その、黒幕っていうのが分からなくて」
「・・・黒幕、ではありません」
私の言葉にパパさんたちは目を丸くして驚いていました。私は記録用の魔石と手紙を取り出して、テーブルに乗せました。
「これを渡して下さい。・・・テントで聞こえた『被害者の声』です。そして・・・聞いた後に、この手紙を渡して下さい」
「・・・・・・行くのかね?」
パパさんの言葉に驚いて顔を上げると、パパさんとママさんが優しい表情で私を見ていました。
「気付いていたんですか?」
「途中から、な」
「そう、ですか」
俯いた私をママさんが抱きしめてくれました。
「何時でも帰ってらっしゃい。きっと此処の人たちも同じことを言ってくれるわ」
「・・・・・・そう、で、しょうか?」
「ええ。絶対。・・・それに、エアさんはもう『私たちの娘で家族』のつもりよ」
「・・・・・・・・・ありがとう、ございます」
会えてよかった。
受け入れてくれてありがとう。
私は優しい皆さんを守りたい。
・・・だから、行ってきます。
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