第128話


緊迫したような、空気を震わせるような・・・。そんな緊張感も危機感すらも漂う。

真っ赤な夕陽が、春を目前にして降ったり止んだりを繰り返す雲の切れ間から雪深い地面を真っ赤に染め上げている。その中にたたずむ女性は背筋を正し、自分を遠巻きに取り囲む男たちを見遣るその表情は逆光で見ることが出来ない。

男たちの中に『探している人』が見つからなかったのか、女性は振り返って雪原を歩き出す。


女性ひとりに対し、騎士団と冒険者たち、そして守備隊をあわせて100人以上が取り囲んでいたが、女性の進路を塞いで立っていた騎士団員たちは女性が一歩ずつ進むとわらわらと左右に分かれて道を開く。

そんな雪原に、静かな声が空から降ってきた。


「貴女がマリー・ベル、ね」


「「 おねえちゃん!」」


子供たちの緊迫した声で、その場にいた誰もが動きを止めた。

・・・それは女性も同じだった。いや。初めて女性は驚いた表情を見せて振り向いたのだった。


「何故、私の名前を?」


「貴女が『親友の最期』を看取ってくれたのでしょう?」


「貴女の・・・親友?」


「ええ。マリー。『私が死んだのは自分の意思』だって言われなかった?」


「何故、聖女様のお言葉を・・・」


「だって。『本人から直接聞いた』から」


二人の声は決して大きくないが周りにも届いている。しかし、誰もが麻痺したように動くことも声を出すことも出来なかった。それはまるで二人の会話を邪魔しないように。


女性は雪原に膝をつき頭を垂れて敬意を表する。しかし、そんな女性と同じように跪き手を掬うように触れると女性を促すように立ち上がる。女性もその仕草に釣られるように立ち上がる。


「ごめんね。私を探したんだって?でも私は『追い出された城に戻る気はなかった』から」


「いいえ。わたくしこそ、大変失礼致しました。城を辞して故郷に帰った時に私も気付きました。『城から追い出された聖女様をもう一度城にお戻り頂こう』などという烏滸がましいことをしてしまい・・・」


「いいえ。貴女は『私の無事』を確認したかっただけでしょ?『あの子』のために」


女性は涙を流しているのだろう。・・・心の中で。すでに『死者』の彼女の両の目からは涙はこぼれない。

ふと『鉄壁の防衛ディフェンス』所属の冒険者たちは『人魚の涙』の話を思い出した。『悲しいのに泣けない人魚』はこんな感じだったのではないだろうか。


「あの子は最期の瞬間、独りひとりではなかったわ。貴女が手を握ってくれていたから、心安らかに逝けたの。ありがとう」


「いいえ。私が出しゃばったせいで、聖女様を死なせてしまいました。申し訳ございません」


「あのバカ親子はすでに公開処刑されたわ。『不死人しなずびと』という『死ねない死刑』を、ね」


「私が死んだのは・・・」


「辛かったわね」


「わ、私は、夫と共に虫に・・・」


「もう『終わったこと』よ」


「・・・私は、何故、此処にいるの・・・?何故・・・?」


「貴女たち夫婦は、『虫の襲撃スタンピード』が落ち着いたと思って村に帰るところで虫に襲われたの。そのため、『あの子』と違って貴女は『ひとりきり』で死んだのよ」


「夫、は・・・」


「あのあと、乗せられていた荷馬車の中で亡くなったわ。・・・そして、彼も『貴女の所へ戻りたい』と訴えていたわ」


「何処に。夫は何処に埋葬を!私が其処に、迎えに・・・」


「ごめんねぇ。・・・此処へ連れてきちゃった」


そう言って空を見る。『透明な何か』に入った男性が空からゆっくり降りて来ていた。途中で女性に気付いたのだろう。膝をつき下に向かって何か叫ぶように口を動かしている。


「ごめんね。私の魔法では旦那さんに負荷が大きいから、無理のない速度で来てもらったんだ」


透明なまくが雪原に触れてパチンッと割れると、男性が転がるように飛び出してきてその勢いのまま女性を抱きしめる。


「ずっと会いたかった」


「貴方と一緒に逝きたかった」


二人のその悲痛な声は遠くから見守る人たちの胸を震わせた。これまでの騒動は『愛し合う二人が引き離されて死んだことで、互いを求め合っていた』だけだ。王都に向かう途中にある村に夫がいるかも、と立ち寄り、いなかったから去っていく。・・・『魔物よけ』の魔石を魔力切れにするほど、彼女は夫を求めて彷徨っていた。

夫も。『くらがり渓谷』に遺体を捨てられた彼は、彼女と違いその場から動けなかったようだ。しかし、彼の悲しみと憎しみが大きかった。『悲劇の舞台』で生命を落とした過去の亡霊たちを屍食鬼グールにするほどに。


『愛情が引き起こした悲劇だった』のだ。



「二人とも。これでもう気が済んだ?」


その声で、抱きしめ合っていた二人は並んで雪原に跪く。


「聖女様。ありがとうございました」


「私共の思いがこの国を混乱に招いてしまいました。お詫びを・・・」


「ああ。元凶わるいのは判明してるから。貴方たち二人はただの被害者。罪を負い罰を受けるのは『其奴ソイツら』だから。安心して、仲良く逝きなさい」


「ですが・・・」


「『聖女の私』が言うんだから、大・丈・ブイッ!」


Vサインをして笑いながら言われたその言葉に二人はクスッと笑った。

そんな三人の周りに優しい光が集まり出した。


「ああ。そういえば『あの子』は何方どっちの世界か分からないけど、生まれ変わったら『今度はシアワセになるから』って言ってたわよ。私もこれからシアワセを探して生きていく。だから貴方たちも生まれ変わって、負けないようにシアワセな人生を掴んでね」


「はい・・・。ありがとうございました」


金色に煌めいた光の壁が円柱の形を保ったまま空へと勢い良く突き抜けて行った。



光の柱が光の粒子となって消えていくと、丸く雪が解けた地面に寄り添うように崩れた二体の骨が残されていた。

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