第99話


「ポカポカ〜」


「ぽかぽか〜」


「あったか〜」


お昼ごはんを食べに薬学施設私の研究施設から出て食堂に向かうと、モコモコ状態の三人が『大きな子どもたち』に囲まれていました。


「こら!三人とも!家の中では脱ぎなさいって言ったよね!?」


「「「 ごめんなさい!」」」


私に注意されて、三人は慌てて帽子やマフラーを外しました。朝、三人にプレゼントした時に「家の中では脱ぎなさい」と約束したばかりです。たぶん自慢したかったのでしょう。ですが、外気温と大きな差がある室内でモコモコ状態で過ごし、そのまま、また外へ行くでしょう。そうなれば、温度差で風邪を引いてしまいます。

それでは防寒具をあげた意味がないのです。


「エアさん。そんな厳しく言わなくても」


「では、『三人が風邪を引いてもいい』というのですね?」


「そんな大袈裟な・・・」


「そうですか。ではもう何も言いません。どうぞご勝手に」


「あ、エアさん。ごはんは・・・」


「今後一切不要です」


そう言って、私はまた自分の研究施設へと戻りました。

不服そうな表情をされましたが、私は元々『自分の食事は自分で』と言ってきました。しかし、アクアとマリンが一緒に住んでいる私の姿が見えないと不安がるから。だから食堂で食べていただけです。


そして、食事を断った一番の理由は「大袈裟な」と言ったのが新しく料理班に加わったゼクトさんだったからです。

誰かが注意したことに「大袈裟な」と言い返してしまったのです。それは料理で注意を受けても「そんな大袈裟な」と言って手を抜く危険性があるのです。自分や家族が食す料理ならそれでもいいでしょう。ですが、家族以外の食事を預かる以上、決められたことが守られない人に『自分の生命を預ける』ことは出来ません。

毒を含んだ食材もあるのです。食中毒ならまだしも、生命を落とす可能性だってあるのです。

じゃがいもの芽や、早く収穫してしまったために皮が緑色のじゃがいもは毒素を含んでいます。その処理を「大袈裟な」と手を抜いたら・・・。


『信用出来ない』


だから『自分の作った料理を食べる』という選択をしたのです。食事の度に研究施設から出る必要がなくなるため、私的には『楽しい引きこもり』になります。

たぶん、エリーさんとキッカさんからチャットが来るんでしょうね。



そう思って笑っていたのですが・・・。その時にはすでに『事件』が起きていました。



何も知らない私は、調合窯で回復薬や万能薬などを大量に作ってはポンタくんに送っています。

以前、守備隊からの依頼があったそうです。ですがポンタくんが「一度に500本だぁ?!それも一日で用意しておけだと!?巫山戯ふざけんじゃねえ!」と一喝して依頼を破棄するために、職人ギルドのある北東部を管轄する東部守備隊に訴えたそうです。

その結果、西部守備隊の隊員が貴族への横流しを画策して注文したことがバレたそうです。

守備隊の総隊長五人で話し合い、私が作った回復薬は各守備隊に10本。一隊に1本。使ったら報告書を提出。正当性が認められたら追加購入。認められない場合は購入不可。紛失した場合、その小隊は追加購入不可。という内容で取り決めがなされて、王宮の騎士団庁に受理されたそうです。

・・・そうなのです。王都守備隊こと『王都所属守備防衛隊』は騎士団庁の管轄なのです。王都守備隊と地方守備隊は庶民でも入隊可能なのです。ですが、何かあれば騎士法にのっとって裁かれるそうです。


ちなみに、横流しをしようとした西部守備隊の隊員は隊則違反でクビになったそうです。500本という数を隊の経費で購入しようとした『横領罪』のため、小隊長も擁護しなかったそうです。その上で騎士法でも裁かれたとポンタくんから聞きました。






西部守備隊の隊長室で机に乗せられた一枚の紙を前に、隊長は暗い表情を見せていた。10隊からなる小隊に属する300人近い隊員をべる総隊長を任されている彼は、ひと月前に起きた騒動を思い返す。



高々たかだか回復薬500本程度でクビになるなんておかしい!それで裁判が開かれるなんてさらにおかしい!」


全隊員の前でそう声を上げた一人の隊員は、反省もなくそう言い切った。

しかし、『薬師やくしの神に祝福を受けし者』の称号を持つ薬師が調合した回復薬は(小)でも1本3千ジル。依頼をした回復薬は(特)で1本1万5千ジル。総額750万ジルの横領だった。


「そうか。750万ジルは君にとっては『高々』と言ってしまえる金額だったのか。では守備隊に残り続ける必要はないだろう?」


「ああ、そうか。君のご実家はお貴族さまだったんだな。だったら、俺たちみたいに『高々750万ジルという端金はしたがね』を汗水流して働く必要はないということだな」


「え?!750・・・ちが・・・俺は・・・」


その言葉から、彼は『今回祝福を受けた薬師の回復薬は効果が高く定価の10倍以上の金額』だと職人ギルドから発表されたことを知らないのだろう。


「それでは」


隊長である私の言葉に、それまで各々が『彼は貴族出身』という前提で好き勝手に話していた全員がピタリと私語をつつしむ。


「西部守備隊に対する隊則違反および名誉毀損罪の罰として、解雇および追放の処分に賛成の者は挙手」


シンと静まった室内に、挙手する者の衣擦きぬずれだけが響く。

・・・全隊員が挙手をした。彼が所属する部隊もだ。いや。まるで全員が申し合わせたように、同時に挙手した。


「結審した」


守備隊内の裁判は、反対者ゼロの全員一致で『守備隊の解雇および西部地域からの追放』が決定した。


彼をはじめとした西部守備隊の隊員の大半は、貧困層スラム街出身者だ。彼らの心の中にある理不尽な憎しみの矛先は、何の苦労も知らず、権力と圧力を好き勝手に振るう貴族に向けられている。

さらに西部守備隊には、その権力と圧力に屈した隊員が、貴族に不利になる証拠の数々を隠蔽しようとした過去がある。その時から、彼ら西部守備隊は信用を欠いてきた。そして、今回の騒動だ。

今度のことで、西部守備隊が必死に回復させてきた信用と信頼は完全に失墜した。その原因である彼に冷ややかな視線を送るものは多く同情する視線は皆無だ。

決定した自身への判決に、下座で力なく崩れ落ちている彼に対し、退室のために自身の横を通って両側の扉から出ていく隊員たちは『最後の言葉』を投げかける。


「キミがここまで愚かな人間だったとは知らなかったよ」


「何処へ行っても、西部守備隊の名をこれ以上けがすようなマネはしないでくれたまえ」


「キミに横領を指示したのは『キミの身内』なのだろう?だったら、その貴族の屋敷にでも身を寄せるんだな。・・・その貴族がまだ無事だと良いがな」


私欲で仲間を裏切った者に彼らは厳しい。そして彼が自供した時に、横領貴族の名をバラした。審神者さにわの証言も得られたため、貴族は貴族法で裁かれる。貴族は王都から追放されて領地にほうじられるだろう。主家しゅかだけでなく寄子よりこも王都を追放される可能性がある。

・・・それだけではない。

さらなる悪事が露呈すれば爵位剥奪もあり得る。


「隊長。準備が整いました」


「分かった。ではこの者を隊長室へ」


西部守備隊隊長室に連れて行かれた彼は、左手の甲に『除隊印』を押された。通常の赤色ではなく黒色・・・『罪を犯して除隊処分となった者』だ。これで、守備隊や警備隊、兵士や護衛などという仕事に二度とつけなくなった。除隊印は光り輝くと、そのまま消えていった。

さらに、黒色の『排除印』が押される。これは『西部地域からの追放』を意味する。西部地域から出れば、二度と入ることは出来ない。じゃあ出なければ西部地域に居座れるのではないか?と思われるが、彼が今決定したのは『西部守備隊による処分』であり、これから中央守備隊に移されて『公式な裁判』が行われる。

貴族が関わっている以上、審神者を証言者に立てた裁判を公開するのだ。見学希望者が多ければ広場で『公開裁判』が行われる。



・・・西部守備隊の名がまた悪い意味で広がる。

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