第100話


「隊長。・・・悪いニュースですか」


この隊長室は私だけの個室ではない。10人の小隊長と合同で使っている。それは『過去の事件』があったからだ。・・・あれは小隊長のひとりが引き起こした事件だ。そのため、同じてつを踏まないために個室だった隊長室は真っ先に撤廃されて共同になっている。


「・・・これを」


さきほど隊の転送石に届いた一枚の紙を小隊長に渡す。それを見た小隊長も「これは・・・」と呟くと、他の小隊長へ回していく。


「これは・・・決定なのですね」


「ああ。騎士法に則った罰だろう」


届いた紙には『西部守備隊は半数の五隊をセイマール地方へ派遣する。期間は10年。隊の選出は総隊長に任せる』とあった。

これは表向き『新たに併合したセイマール地方の平定と管理を任せる』というものだ。裏を返せば『今回の横領事件が未遂とはいえ起きたことに関しての罰を与える』というものだ。


「一隊は確定してるな。では残りの四隊をどう決めるかだ。各々の隊員と相談の上、希望を取ろうと思う」


「では、明日の午後。全隊員の意思を確認した上で、セイマール地方へ行く隊を決定する」


私の言葉に小隊長たちはすぐに動いた。各々の隊員に意思を確認するためだろう。



私はセイマール地方に向かう隊が困らないよう、地図や与えられる権限などの確認に入った。





「それはここにいる全員の総意・・・と考えて良いのか?」


私が集まった全隊員の顔を見回すと、誰もが真っ直ぐな目で私を見て頷いた。

彼らは三隊を残し、残りの七隊で五隊に再編成し直す。此処に残る三隊も五隊に分かれて後輩の指導にあたる。その後、後輩が任せられるまで成長したら残った隊員たちはセイマール地方に向かい再編成された隊と合流する。


「此処にいる全員がセイマール地方へ向かいたいと希望をしました。ですが、後を任せられる後輩を残すのも必要です。そのため、この方法を選びました」

「10年後。最大の評価を受けたとしても、セイマール地方に残りたいと思います。今回の件ですが、我々にも責任があると思っています。そのため、他の守備隊を含めて体制改善を話し合うことにしました。隊員が個々で発注など、事務を担当する職員を持つ他の守備隊ではありえないそうです」


「事務・・・?」


「はい。物品の発注や王城へ提出する書類から各所への手配に記録の整理などを受け持つ職のことです。西部は特に識字率が低いですが、我々が纏めている書類を一手に任せられます。そのため、隊員は見回りなど本来の仕事に集中出来るそうです。・・・まあ、武器の管理や日誌は小隊でおこないますが」


「そんなこと、いつ聞いたんだ」


「昨日です。小隊長で各所に出向いて見学をさせて頂きました。どの隊でも親切に説明して下さいましたよ。他の隊に『偏見』を持っていたのは私たちだったようです」



小隊長たちは教わった内容を精査し、西部守備隊と他の隊との関係をより良くして10日後に半数はセイマール地方へと向かって行った。







「お邪魔します。エアさん。すみませんが『治療薬』ありませんか?」


珍しく、キッカさんが研究施設に入ってきました。此処の施設には、数人しか入れないようになっています。緊急事態の時に入れないと困りますから。

それにしても『回復薬』ではなく『治療薬』ですか。ちなみに回復薬はケガ治療に。治療薬は腹痛などの治療に使われています。私の『経口補水液』も治療薬です。


「どんな症状なんですか?」


「腹痛・嘔吐・下痢です。鑑定では『食中毒』と出ています」


「・・・嘔吐と下痢は、体内に入った毒素を体外に出すために正しく機能しているだけです。原因はなんですか?」


「・・・・・・エアさん。昼食を食べなかったそうですね」


「え?・・・ああ。私がアクアたちに注意したことを、ゼクトさんが「大袈裟な」ってバカにしたので。料理にたずさわる人が言っていい言葉ではなかったので」


「残念ですが・・・。エアさんが体調を崩していない以上、原因は昼食だと思われます」


はあ・・・。心配していたことが現実に起きていました。


「全員ですか?アクアやマリン、マーレンくんは?」


「3人はオルガが別の鍋で作っていたため無事です。症状が出ているのは38人。重症者は3人です」


薬瓶をひとつ出して、キッカさんに渡しました。


「ひとりにスプーン1さじで大丈夫です。水分不足になっていると思われるので経口補水液を・・・」


其方そっちはオルガが作っています」


「オルガさんは無事だったんですか?」


「ええ。オルガは後から食べるため、昼食をまだ口にしていませんでした」


「・・・オルガさん、大丈夫ですか?」


「ええ。食べていませんから」


「いえ。そうではありません。原因はまだわかっていませんが、『食中毒を出した』ことに責任を感じているんじゃないですか?」


私の指摘にキッカさんは驚いてから「オルガの責任ではありません!」と慌てて否定しました。


「私に言ってどうするのです?ちゃんと本人に言ってあげて下さい」


キッカさんは「すみません!失礼します!」と言って、慌てて飛び出して行きました。

ため息を吐いて、南側の窓の外を見ました。窓ガラスには『曇り止め』の機能が効いていて、窓の外をクリアに見えます。何が起きているのか、何も気付いていないのでしょう。子どもたちは丘で『そり遊び』を楽しんでいます。


オルガさんのためにも食堂へ行ってきましょう。エリーさんは今日、冒険者ギルドに行っているので夕方まで帰らない予定です。アミュレットの鑑定で、食中毒の原因を調べた方がいいと思われます。



「エアちゃん・・・。出てこないと思って連絡しなかったのに」


食堂に入るとエリーさんが帰っていました。


「エリーさんが帰ってきていないと思ったから、原因を調べないと・・・。オルガさんが責任を感じていると思って」


「エアちゃん・・・?もしかして原因に心当たりでもあるの?」


「・・・・・・あった。オルガさん。コレ」


「ええ。・・・食中毒の原因はコレですね」


私が生ゴミを漁り出して、何かに気付いていたのでしょう。横から見ていたオルガさんも確信したようです。


「ベルド!ゼクト!今日の皮剥きはお前たちだったな!」


オルガさんの声にベルドさんが青い顔で出てきました。


「エアちゃん・・・」


「違いますね」


「じゃあゼクトの方かしら?」


「エリーさんは、私が『食事を断った』理由を知っていますか?」


「ええ。だから、後で事情を聞こうと思っていたのよ」


エリーさんに当時の状況を説明し、なぜ私が戻ったのかという理由も説明しました。

その時にはオルガさんもベルドさんを問い質すのを終えていて、私の説明を聞いていました。


「エアちゃん。確認していい?」


「なんですか?」


「その時、子どもたちは何か言っていた?」


「いいえ。アクアもマリンも。マーレンくんでさえ『慌てる』ことはありませんでした」


「・・・それって変よね」


「はい。ですから研究施設から、あの子たちの様子を見守っていました。今は裏の丘で遊んでいます」


「エアさん。エリーも。何が変なんですか?」


まだ青い顔色をしているフォーグさんが、私たちに聞いてきました。ですが、ノッチェさんが「ありえんだろ!」と声をあげると「そういえば」「あの子たちが」という声が聞こえてきました。



「エリーさん・・・。『様子がおかしい』ですよね」


「ええ。・・・何か忘れているみたいだけど。それが何だったか分からないわ」


「ああ、キッカさん。確認したいことがあるんですが」


ちょうど食堂へ入ってきたキッカさんの姿が見えたので声をかけてみました。私が施設から出ているのに驚いていましたが、そのまま食堂と厨房を区切っているカウンターまで来てくれました。


「聞きたいことって何ですか?」


「・・・ここ最近、パーティメンバーは何人増えましたか?」


私の言葉に「え?」と聞き返しましたが「アクアとマリンが加わって以降、増減はありません」と答えてくれました。


「ひとりも、ですか?」


「はい。そうです」


「でしたら・・・。ここ最近来ていないミリィさんに確認して下さい。『ゼクト・オードリー・クェーサーの3人に心当たりはあるか?』と」


「え?ちょっと。エアちゃん、どういうこと?」


全員の視線を受けて、私は爆弾を投下します。




「私が宿から帰ってきた時に、今まで会ったことのない3人が当たり前のようにいました。・・・料理班としてね」

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