第70話


「エアちゃん。ちょっといい?」


ドアをノックする音がして、エリーさんの声が聞こえました。読んでいた本をテーブルに置いてドアを開けに行きます。室内の声は外に漏れませんし、室外の音も声も聞こえません。

唯一。ドアをノックすることで室内の人に声を届けることが出来ます。

この『防音』や『覗き防止』、『状態維持』などの室内構造は『この世界なら当たり前』だそうです。

ドアは室内側のレバーハンドル式のノブを握ったまま、銀色のプレートに身分証をピタッとつけると登録されます。それ以降は解除されるまで、登録者以外には開けられなくなります。そのため鍵閉めをする必要はなくなります。

ただし、「どうぞー」という声は聞こえないため、自分で開けに行く必要がありますが・・・。


ドアを開けると、エリーさんとユージンさんが立っていました。


「いま何をやっていたの?」


「ルーフォートで貰った本を読んでいました」


明日から『薬学やくがく施設』で調合を試してみる予定です。

守備隊詰め所はもちろん、冒険者パーティの住処アジトにはあって当然の施設ということで作ったはいいものの、今まで誰も使ったことがなかったそうです。『状態維持』が使われているためホコリもなく、器材もすべて新品で放置されていました。興味を持った私に『どうぞ。どうぞ』と熨斗ノシをつけて譲渡されました。

そのため薬学書レシピを読んでいたのです。


「じゃあ、今からいいかな?みんなにも話を聞いてもらいたいから、食堂に集まってもらっているから来てもらえる?それから一緒に喫茶店に行きましょう♪」


「支払いは?」


「言い出しっぺのキッカ持ちよ」


「じゃあ・・・」


「気にせず食べ放題よ!」


エリーさんの言葉にユージンさんは苦笑しています。


「なによ。ユージン。なんか文句ある?」


「いいえ。ただ、エアさんが『大人しくお客さんをしているのかな?』って思ったら・・・」


「あー。・・・たしかに厨房に入りそうね」


エリーさんまで私を見て苦笑しています。


「いい?エアちゃん。『目をつけられたら迷惑がかかる』から宿に戻らないのよ。その代わり、宿の子供たちには時間がある時にアクアとマリンの遊び相手に来るように伝えてあるから。だから大人しくしてて」


「・・・私、どう見られているのでしょう?」


「『忙しそう』と言って厨房に入って手伝う」


「『忙しそう』と言って接客しそうね」


そういえば・・・何方どちらもしましたね。


「ちょっとエアちゃん?その顔は『やったことがある』のね?」


「何方をしたんですか?」


「えっと・・・」


何方ドッチもですね」

何方ドッチもなのね」


声を揃えて言われてしまいました。


「エアちゃん。今は絶対ダメだからね?『王太子』なんて、歯向かえば問答無用で処刑だからね?」


「その『王太子』とやらが?」


「エアちゃんが!」


「たしかに処刑するなら、エアさんより『はた迷惑な存在』の王太子の方ですよね」


「この国で『王太子一行が行方不明になる』予定は?」


「ありません!」


あれ?別の所から声が聞こえました。

声がした方を見るとフィシスさんたちがいました。今の声はフィシスさんですね。


「まったく・・・。まったくおんなじセリフをミリィもエリーも言ったわよ」


「エアちゃん。国内で行方不明になると『外交問題』になるからね。せめて『自分の国に戻ったのを確認してもらって』から消えてもらわないとダメよ」


「過去にね『交渉人になって他国で恋愛して駆け落ちした』事件があったの。それで大揉めに揉めて、結局国交断絶にまでなった国があったのよ。だから、『国に戻ってから』消えてもらわないと困るの」


「ちょっとアンジー!シシィ!」


「あら。私は『事実』を言っただけよ」


「そうそう。エアちゃんに『国内で行方不明になってはいけない理由』を教えてあげただけ」


「「ねー」」


顔を見合わせて笑うアンジーさんとシシィさんの様子に、フィシスさんが疲れたようにため息をきました。


「もう、や〜ねぇ。フィシスったら大袈裟なんだから」


「気苦労が過ぎるとハゲるわよ〜」


「ちょっと、誰のせいよ」


「そりゃあフィシスでしょ」


「貴女たちのせいでしょ!」


「やっだー。フィシスったら『責任転嫁』しないでよ〜」


「「ねー」」と言いながら、私を左右から抱きついてきました。


「・・・いいわ。食堂に行って『現状』を説明するわよ」


「エアちゃん。それが終わったら喫茶店に行きましょ」


「ミリィさんは?」


「喫茶店で並んでいるわ。テーブル二つ分頼んであるから。あと30分くらいかしらね」


「さあ。早くしないと間に合いませんよ」


「ユージンの言う通りだわ。さっさと説明して対策を立てましょう」


ユージンさんに促されて、私たちはゾロゾロと食堂へと向かいました。

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