第71話


「以上が、現時点の状況よ」


フィシスさんの説明では『王都に来るまでにも女性を追い回してきた』そうです。事実関係は不明ですが、交渉人一行が町を去ったと同時期に行方不明になっている少女もいるようです。その子の姉が『追い回されていたひとり』だそうで、関係があるのではないかとその町の守備隊から連絡が来ているそうです。しかし、同行者に少女がいないことは確認済みです。


「彼らは交渉人だからね。各々がその国の証明書を持っている以上、彼らは国境も検問も素通り出来ちゃうのよ。鑑定も、侮辱罪と不敬罪にあたるから出来ないし・・・」


セイマールはこの国の南西側。お隣の国だそうです。其方そちらからやって来たということは、国境から王都までにある町や村でも大なり小なりの被害を受けていると思われるようで、西部守備隊の部隊が調査に向かったそうです。


「エリーが明日、交渉人に接触するわ」


「エアちゃん。ひとつだけ確認させて?」


「『愛人・後宮・その他云々』は絶対全力でお断りです」


「大丈夫よ。その言葉が出た時点で交渉は打ち切るから。そうじゃなくてね。別の国から『何を交換条件にしたら良いか』って聞いて来ているの」


「普通の交渉って、そうやって『お互いの妥協点を探す』所から来るよね。ってことは、他の国は『ちゃんと話し合って決めましょう』って言ってきてるの?」


「そうよ。だからエアちゃんは交渉材料に何が欲しい?」


「えっと・・・ちょっと待ってね」


私がそう言いながら『世界全集』を収納ボックスから取り出しました。


「エアちゃん。何を調べるの?」


「国の特産品や珍しい食材と『取り替えっこ』してもらえないかな〜?って」


「アハハ。エアさんらしー」


「『ハイエル国』は・・・他の大陸からの輸入品が多く・・・実際に行って見てみたい」


「コラコラ。エアちゃん。脱線してるわよ。喫茶店に行けなくなったら、ミリィが際限なく『善哉の食べくらべ』をし続けてしまうわ」


シシィさんに注意されて本に目を戻しました。


「輸入品に興味があります。輸入品の『香辛料』は商人ギルドで売ってる種類だけでしょうか?」


「どうかしら。ハイエル国から此処までに3つの国に多数の町や村を通ってくるわ。その間に完売した香辛料もあると思う」


「そうね。ハイエル国を始めとして、問い合わせしてきた国には取り引きしている商品を輸入品・輸出品問わず、少数でも少額でもすべてリストにして送ってもらいましょう。その中からエアちゃんが興味を持ったものを選び出してもらったらいいわ」


「そして、セイマールの交渉人一行は、さっさと交渉を破棄して自分の国に戻ったら『消えて』もらって・・・」


「え?消えて?」


食堂に来るまでの会話を知らない皆さんの頭の中では疑問符が飛び交っているようです。


「ちょっとアンジー。エアちゃんが本気そのきになっているわよ」


「あら、別にいいじゃない。此処で言いたい放題するのは。本人たちを本当に消したら大事おおごとだけど」


「そうね。あんな失礼なやつ!周りが止めなかったら八つ裂きにしたかったわ!」


「・・・シシィさん。どうしたの?」


「ああ。シシィは王都に戻って来てすぐに「俺の女にしてやる」ってバカに言われてね。ブチ切れて一発でちのめして詰め所へとらえてきたの」


「守備隊としての『当然の権利』を行使しただけよ。腕を掴まれて引っ張られたからね。『正当防衛』で一発投げ飛ばしただけよ。詰め所へ連行して、ちゃんと正当な金額の罰金を支払わせたわ。『婦女女性への暴行』の10万ジルに牢屋使用料の1万ジル」


「図々しいわよ〜。一切書面による事前交渉をしてこなかったくせに、前触れもなく交渉人で来ただけでなく「城の迎賓館を使わせろ」って言ったんですって。新国王が使用許可を出さなかったから、空いている貴族の邸を1日10万ジルで間借りしてるそうよ。でも家具などないからベッドを購入しようとしたけど、ポンタたち職人ギルドは『諸事情により全店臨時休業』にしたから商人ギルドで購入したんですって」


「商人ギルドのベッドって・・・」


「そう。寝椅子カウチのことよ」


「あれで寝られるんですか?」


驚いたことに、二脚のカウチを向かい合わせにしてベッドの代わりにしているようです。


「一応確認しますが・・・。一行は『国を代表して来た人たち』ですよね?そのひとりは『王太子』ですよね?そんな人たちが、他国に来て各地で問題を起こしているんですか?」


「エアちゃん・・・。それは、話を聞いた私たちも真っ先に確認したわ。一応、間違いなく、セイマール国の王太子だった」


「私が直接会って来た。『交渉代理人』としてね。『交渉相手に直接会わせろ』って言って来たから断ったよ」


「・・・直接会ったら『オークの群れ』と間違えてたおしそうです」


私の『素直で正直な言葉』に、食堂が笑いに包まれました。


「・・・それで提案なんですが。俺が『交渉相手』として立つのはどうでしょう?」


「じゃあ譲渡しましょうか?」


「それは必要ありませんよ。俺を『交渉代理人』として認めて貰うだけで済みます。俺がエアさんの交渉代理人として認めてもらえますか?」


「はい。お願いします。・・・でも大丈夫なのですか?」


「交渉代理人に制限はありませんから、何人いても問題はないんですよ。それに、連中は初めから『交渉相手は女性』と思っています。エリーはひとこともそう言っていません。エリー自身も『交渉代理人』と伝えています。通常、交渉代理人はひとりで十分ですが、今回はちょっと『常識が欠如している』ようですからね」


「それに、キッカが『矢面に立つ』ことで周囲は納得すると思うわ。ただでさえ『王都所属』という肩書きがついているのに、この王都では『聖女様に認められた冒険者』って有名なのよ。下手なことはして来ないわ」


「この国では『王都所属』ってつくだけで立場は上ですからね」


そうなのです。『王都所属』とは、王都にあるギルドなどで何かしらの功績を立てた者だけが名乗れる肩書きです。キッカさんたち『鉄壁の防衛ディフェンス』もエリーさん個人も肩書きとして持っています。さらにフィシスさんたち『王都守備隊』も正式名称は『王都所属守備防衛隊』です。『王都を守って敵の侵入を防ぐ』という意味だそうです。


「じゃあ私は『王都所属の冒険者パーティに寄生』して『王都所属の守備隊隊長に寄生』してるって?」


そう言ったら、皆さんに笑われました。


「エアさんは『王都所属の料理レシピ開拓者』でいいじゃないですか」


「でも、今までも料理はされて来たんですよね?何故レシピが登録されなかったのですか?」


「ン?ああ。だって『レシピ登録』が出来るのは『商人ギルドに登録した人』だけよ?そしてエアちゃんは、王都に来てから登録したの」


「仕方ないわよね。『商人ギルド』って名だから、レシピまで取り扱っているなんて知られていないわ」


「はい。知りませんでした」


「そうそう。シェリアに対処を任せた受付嬢五人組なんだけどね。『商人ギルド登録推進活動』として各地を回ることになったわ」


「あー。・・・じゃあ、丁度いいじゃない。料理レシピの登録や購入をアピールして回れば」


「そうね。ルーフォートでも商人ギルドの活動が認知されていなかったわ。『商人が登録するんでしょ?』って」


「ああ。オレたちがレシピを貰いに行ったら驚かれました。「レシピって、何のことですか?」って」


「ちょっと・・・。ギルドの職員が自分たちの仕事内容を理解していないっていうの?!」


「はい。それに『レシピは権利の神の管轄』なので通信不能でも入手可能なはずなんですが、それすら知りませんでしたよ」


「ちょっっっっっっ!!それ、シェリアに詳しく報告して!」


「分かりました。後から商人ギルドに行ってきます」


「働いている人が『自分のところで取り扱っている商品を知らない』のは由々ゆゆしき問題ですよね」


私の言葉にフィシスさんが大きなため息を吐いて、他の皆さんは苦笑しました。





「ああ。商人ギルドも大変よねぇ。知ってる?彼処あそこのギルドマスターに「俺の愛人にしてやるから商品をすべてタダで寄越せ」って言ったんですって。それで『女性ギルドマスターに対しての侮辱罪』と『商人ギルドに対しての強盗と強迫』の現行犯で、全員が守備隊に連行されたんですって」


「守備隊の女性隊長のひとりに手を出して守備隊に連行されたばかりじゃない」


「その時に罰金を支払ったでしょ?だから、それに懲りて数日は大人しくなると思っていたんだけど」


「此処でもそうだけど、『異国者の入店拒否』で対応しているわよ。連行直後に商人ギルドが城に申請してその場で許可を貰ったって。すでに王都全体の店が対象よ」


「それって行商人が迷惑しているんじゃない?」


「あら。大丈夫よ。実際には『セイマール国の交渉人一行』って限定されているから。それに行商人は商人ギルドの所属だから対象外でしょ」


「屋台ギルドも商人ギルドの一部だもの。でも冒険者ギルドの方はどうかしら。女性の冒険者もいるでしょう?」


「一応『正当防衛』が効くでしょう?でも相手は一般人だから・・・」


「あら?守備隊の女性隊長も一発で倒したじゃない。でも『正当防衛』だったでしょう?」


「相手が男性の場合、女性には『正当防衛』が認められるのよ」



町の中を歩いていると、彼方此方あちこちで欲しい情報が集まります。

情報収集のために町歩きをすると聞いた『鉄壁の防衛ディフェンス』の皆さんから反対されましたが、実際に皆さんと一緒に、喫茶店だけでなく冒険者ギルドの依頼書の確認や屋台で買い食いをして回るだけで簡単に手に入る情報に大変驚かれました。


エリーさんと一緒に職人ギルドでアイテムの売却に行った時は、製麺所や豆腐店などの職人さんたちのお店にも寄って色々と購入しました。

豆腐店では絹ごし豆腐に木綿豆腐、厚揚げに油揚げにがんもどきまで販売されています。すべて私のレシピですが・・・。枝豆豆腐はともかく、胡麻豆腐と玉子豆腐はすでに『豆腐ではありません』。それでも販売しているそうです。そして人気商品だそうです。

豆腐も製麺も、お店からフレンド経由で商品が届いています。特に湯葉に汲み取り豆腐。新鮮な豆乳も美味です。おからも料理に使っています。豆腐は、女性たちから『美肌になる』『身体にいい』『痩せる』など人気です。


ポンタくんの話だと、今までほとんど見向きもされなかった乾物屋さんのお餅が、善哉やお汁粉、お雑煮に磯辺巻きなどのレシピで大人気になったそうです。そして、焼き網や魔石の七輪が飛ぶように売れているそうです。焼き魚や焼き貝などにも使えると知って、各家庭でも使われているそうです。陶板、七輪用土鍋もあるので、色々と料理の幅が広がります。


この国は雪が降ります。この王都でも1メートルは積もります。自然現象ですから、雪を消滅させるとかは出来ません。・・・それをした『何処ぞかの国』は、以降、季節が固定されて『年中真夏』だそうです。


「それってどこの国ですか」


「この国で現在『鼻つまみ者』といえば?」


「「「交渉人一行」」」


「連中の国は?」


「「「セイマール国」」」


「其処だ。前の国王が寒いのがイヤで、お抱えの魔術師に「雪が降らないようにしろ」と命じた。もちろん常識のある連中は反対した。それに怒った国王が、反対派を国外追放にした。その中には王太子や王子、王女に王妃や側妃もいたが、全員の名前を奪って追放した」


「え?追放そんな話、聞いたことがないわ」


「そりゃあそうだろ。俺が当時17歳だったから・・・30年も前になるか。セイマールは当時の時点ですでに何処の国からも見向きもされなかったからな。国王も15歳の王子がひとり残ったから問題なかっただろうし。たしかたわむれで手を出してはらませた『失敗作』って国では有名だった。それが国王になっても『女遊び』を続けた結果、『婚礼もせず王妃もおらずに生まれた王子』が出来た」


「えっと・・・。『王子の母親』は?」


「可哀想に。婚約者がいたのに手を出されて妊娠。生まれるまで城の一室に軟禁中に自殺未遂。精神を病んだため王妃に出来ず。かと言って、放り出すことも出来ずに今も城の地下牢で生かされている」


「詳しいな、アルマン」


「そりゃあ、国交を断絶しても、行商人の出入りと口は自由だからな。自殺未遂にしたって、女性を取り戻そうと計画した婚約者を惨殺して、その遺体を女性に見せたのが原因らしい。これは、自殺未遂を防げなかったと鞭打ち刑を受けて城を追われた侍女から聞いた話らしい」


アルマンさんは南のハイエル国出身だそうで、当時はセイマール国から追放された人たちが、家族と共にのがれて来たそうです。王妃がハイエル国出身だそうで、それが人々がハイエル国に向かった理由のようです。そして、事情を知った当時の国王が全員を保護し、国交を断絶したそうです。

セイマール国で名を奪われた人たちは『新たな名前』を登録してもらい、そのままハイエル国で生きる者。船に乗って別の大陸へ渡った者など様々な道を選んだそうです。王妃や王子・王女たちもお城で保護されていたが、後に市井にくだったそうです。王妃は子供たちが全員独立すると、独り身だった幼馴染みの騎士と再婚したそうです。



「宿は冬の時期は休業します。そのため、エアさんは冬の間、この家で過ごしてください」


私の部屋を用意させたエリーさんの話では、『はじまりの迷宮』で私をパーティに欲しいと言ったキッカさんに「パーティにはやらん。しかし『エアちゃんの部屋』を用意しろ」と言ったそうです。元々、パーティではないエリーさんの部屋もあるんだから、もうひとつ増えても問題ないだろう。そう言ったそうです。


「冬の間『南下する』という選択肢は?」


「ある訳ないでしょ。フィシスたち守備隊は冬の間も任務があるのよ。エアちゃんがいなくなったら、ミリィが冬の間ずっと泣き続けるわよ」


「ダンジョン巡り・・・」


「残念ですが、冬の間はダンジョンは閉鎖です。入り口が雪で塞がって閉じ込められますから」


そのため、冬は誰もが家に閉じこもるようです。

・・・寄せ鍋とチーズフォンデュは冬の鉄板でしょう。

野菜などを今から買いこんでおきましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る