新しい垣に結んだ衣

エリー.ファー

新しい垣に結んだ衣

「あの女優可愛くないよね。」

「そうかな。」

「そうよ。」

「可愛いけど。」

「可愛くないわ。」

「そんなことないよ。」

「じゃあ、あたしより可愛いっていうの。」

「そうではないけれど。」

「本当に。」

「本当さ。」

「じゃあ、あたしのことが可愛いって言って。」

 蝋燭の火が消える。

 そのまま煙の中に、人が消える。

 時間が巻き戻って、朝になり、夜になる。

 時間の感覚を忘れてしまいそうになる一生の中で、テレビを見つめている。

 画面の中だけは以外にもまともに人間を動かしている。

 本当は。

 本当は。

 人間などいないからか。

 人間などいないから、人間にできないことを平然とやってのけてしまう。

 そういうメディアを作り出したのか。

 蝋燭に火が付く。

 蝋が溶けて、床へと落ちる。

「あの女優もいつかおばさんになるのよ。」

「そうだけど。」

「それでも、可愛いっていうの。」

「可愛いものは可愛いし、それは年をとったところで大きく変化はしないよ。」

「嘘よ。」

「嘘じゃないよ。本当だよ。」

「なんで、そう思うの。」

「それを受け入れてしまったら、君だって年をとったら可愛くなくなってしまうだろう。」

「それは、確かに。そうだけど。」

「だったら、素直に、人を可愛いと言った方がいいよ。」

「分からないでもないけれど。」

「君のことが大好きだよ。」

「本当。」

「あぁ。本当さ。」

「じゃあ、あたしのことが可愛いって言って。」

 蝋燭の火が消える。

 そして。

 人も消える。

 悪魔から買ったこの蝋燭は、一人でテレビを見る時の寂しさを紛らわせてくれる。

 必ず、テレビやラジオ、音の出るものなら何でもいいが、その近くでこの蝋燭に火をつけると、影が盛り上がり、そこから会話が聞こえてくる。

 大体が痴話喧嘩だ。

 しかも。

 テレビの中であの女優が活躍している時は、特に、痴話喧嘩になる確率が高くなる。

 影も嫉妬しているのか。

 それとも。

 あの女優が美しいということにするために、悪魔が、蝋燭にそういう知あっけを施してばらまいているのか。

 考えすぎだろう。

 間もなく、妻が帰ってくる。

 子供を連れて帰ってくる。

 この蝋燭もどこかに捨てて、悪魔と契約したことも忘れてしまう方がいいかもしれない。

 そうしないと、この蝋燭と会話劇の虜になって、とうとう現実から抜け出せなくなるだろう。実際に会社の同僚たちはこの蝋燭のせいで身を崩したという。

 悪魔も言っていた。

 用法容量を守って正しくお使いください。

 几帳面な悪魔だった。

 耳が丸型だったので、勝手に几帳面だったという事にしている。

 最後にもう一度。

 そんな気持ちがうずく。

 会話が終われば蝋燭は勝手に消え、音が聞こえれば勝手に火が付く。しかし、こちらに火をつけて欲しいという意思がなければ、蝋燭の先に火が現れることはない。

 便利だ。

 とても。

「ただいま。」

「たーだいまー。」

 妻と娘の声が聞こえる。

 私は蝋燭を家の外へと投げた。

 もう必要のないものだ。

「凄いわね、何もかも。それこそ本人も何の疑いもなく存在できるなんて、凄く素敵で、素晴らしいわ。こういうものこそ、人間が欲しがるものだって、悪魔は気づいているのね。」

「おかえり。待ちくたびれたよ。」

「たーだいまー。」

「静寂になると、勝手に蝋燭に火がついて、影が部屋の主を気取って歩きまわり、防犯になるなんて本当にすばらしいわ。」

「もう。まったく、冗談はよしてくれよ。」

「あははははははははははは。」

「あはははははは。」

「あははははははははははははははははは。」

「お父さん、頑張ってロールキャベツ作ったんだぞ。さぁ、入って入って。」

「あはははははははは。」

「あははははははははは。」

「あはははははははははははははは。」

「いっひひひひひひひひひひひひひひひひひ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新しい垣に結んだ衣 エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ