6.インボルクの浄火

- まえがき -

ほとりは十二の精霊とともに燃えさかる島へ。


そこに襲ってきた炎の巨人は、ツバメだった。炎の剣を振りかざす。


辺りには、小さな炎の蝶人たちもいて、海の大きな力を使うことにほとりは躊躇する。




#新しい島の浄火


 ほとりを頭に乗せたクジラたちは、夜の空と海を赤く照らすその島に近づいてく。


 二体の炎の巨人は、背も、広げた羽も、クジラより大きいことが、遠くからでもわかるほどだった。


 突然、ほとりの鼓動が、ドクンと一度だけ強く打つ。


 背中から生える羽を通して、いっきに神経が広がった感じがした。すぐにそれは、海全体とつながっている感覚だと、気づいた。


 ――どこまでも海を感じることができる。


 片手で海そのものを抱えて、投げることもできるくらいのように。


 もう島は目の前だった。


 火の粉のように舞うそれは、燃える蝶人たち。セリカ・ガルテンの生徒たちだ。大地に火を蒔き、優雅に舞っているようにも見えた。


 その大地は、黒みを帯びた紫色の流動体が、うねうねと蠢いていた。炎の蝶たちがそれを自らの炎で浄火している。


 だが、蝶人たちは、顔をゆがめ、炎の熱さ、全身の痛みに苦しんでいるようでもあった。それでも、為すべきことを全うする。


「それじゃ、ほとり、あとは頼んだよ」


 良夜は、羽を広げてクジラの頭から浮き上がった。さよならを言っているかのように筆を振って、上昇して行ってしまった。


 きっと良夜は、この光景を自分の目で見て絵を描くんだと、ほとりは直感した。そして、二度と彼女の姿を見ることもないと。




#思念のつながり


 陸地にさしかかると、ほとりは、十二の精霊である十二頭のクジラに意識を回す。


 だが、自分の足下の一番大きな精霊と右隣の精霊にしか意識がつながらなかった。


 何度か意識を集中している間に、一体の炎の巨人が急速に近づいて来た。


 炎の剣を振りかざし、ほとりのクジラ向かって振り降ろしてくる。


 ほとりは避ける思考を送り、ギリギリで剣をやり過ごす。だが、熱風で息ができなかった。


 巨人の胸辺りに目が行った。クリスタルの剣を持ったツバメが、目から火花を散らすかのごとくこちらを睨んでいるのがわかった。


 ほとりとクジラは、攻撃をかわすも、海側へ追いやられてしまった。


 ――どうした。全員に思考を送るんだ。精霊たちは、おまえの言うとおりにしか動かない。


 ほとりは、二頭までしか意識を運べないと伝える。


 ――ならば、海を踊らせろ。炎も大地も一瞬で消し流せる。それがルサルカの力だ。


「それは、できない。炎を消して、大地を洗い流せても、みんなを巻き込んでしまう」


 ――どうやったら、みんなの炎を消せるの。


 ――一人一人羽で包み込めば……それは人数が多すぎる。


「ほとりー」


 名を呼ぶいくつもの声が、たちどころに近づいてきた。それは、ユーリやララ、ケイト、クォーツにシリカだった。


 ケイトと仮面を被ったシリカ以外は、目に涙を浮かべてほとりを抱きしめた。


 辺りを見渡せば、知らない多くの蝶人たち、他のウトピアクアの島の蝶人たちが、見物していた。しかし、誰も島に近づけないでいた。


 ほとりを心配した様々な声をかけられるが、耳に入らなかった。しかし、自分を心配してくれる気持ちが、心から鋭く伝わって来ていた。


 ほとりの頭に、ツバメの言葉をよみがえった。――ベレノスの光を分散させる、と。


 ――それなら。


「ほとり。どうする」


 冷静にほとりを見つめるケイトが、一言だけ言った。


「みんな、協力して」


 ほとりは、ケイトに頷いてから言った。




#炎の大蝶人


 ユーリ、ララ、ケイト、クォーツ、シリカも、それぞれクジラの頭の上に立った。それぞれもう一頭ずつの精霊を操る。


 ほとりのおもいを受け取ったユーリたちが精霊を動かす。


 ユーリたちのクジラは、背中から潮を吹き、蝶人たちの炎を消し、一人一人救出し、クジラの背中に寝かせていった。


 それに気づいたツバメが、クジラたちに襲いかかって行くが、ほとりがそれを阻んだ。


 ツバメは、勢いそのままに炎を剣を振りかざす。


 ほとりのクジラは、炎の巨人に潮を吹きかける。


 ピタッとツバメは動きを止めるが、体にまとうその炎に変化はない。


「その程度で消える炎ではない。予言の子、ルサルカの少女と聞いて、呆れるわ」


 高笑いするツバメを包む炎がさらに大きくなり、もう一体の巨人よりも大きくなってしまった。


 ツバメの頭上に、ベレノスの光が輝いているのが見える。それはまだ大きさを失っていない。


「ずっと使い続ければ、お姉さんのようになってしまう」


 ほとりが叫んだ。


「あなたごときに心配されたくはない」


 ツバメが炎の剣を振り降ろす。


 ほとりを乗せたクジラは、それをかわす。


 振り降ろされた炎の剣が、大地を割るかのように、地面を這いずる流動体を紫色の蒸気に変化させていく。そして、それが消えた場所には、きれいな土が見た。


 しかし、すぐに巨人の足下から広がる炎に、一帯が飲み込まれてしまう。


 近くに蝶人がいないことを確認したほとりは、軽く拳を握って海から水を呼び寄せる。


 海面から竜巻のように渦が昇り、まるで海の竜かのごとく炎の巨人を取り巻き、飲み込んだ。


 はたと、ほとりは生徒会室にあった青い絵を見ているようだった。


 一つ念じる力を間違えれば、一瞬にして全て飲み込んでしまう力に、恐ろしさを感じ、手が震えていた。


 巨人の炎は、完全に消えなかったが、ツバメを包むほどに小さくなっていた。


 ツバメは、持っていたクリスタルの剣を落としてしまっていた。


「くっ、この島も会長もあなたには渡さない」


 ツバメは剣を拾わず、もう一体の炎の巨人に向かって飛んでいく。そして、躊躇することなくその巨人の炎の中へ。


 その胸部には、もう一人、蝶人がいた。


 ツバメは明日架に抱きついた。


 明日架のベレノスの光とツバメのベレノスの光が融合して、世界を照らす強い光が一瞬放たれた。


 真っ白に視界を奪われたほとりの目が見えるようになると、巨人の炎がメラメラと形を変えて、地をわが物で歩く炎をまとった竜になってしまった。


 ピラミッド島で見た大腐死蝶グランデフトのような巨大な炎竜が口を開くと、さらに大地を燃やす炎を吐いた。

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