3.コルコポの精

- まえがき -

シリカに止められようとするも、ほとりは、学園へのゲートに行けるよう一刻も早く大樹王と話をつけたかった。


ゴーレムに住処を奪われたコルコポの精が、クォーツの世話すると言い現れ、ほとりについていくようシリカにお願いする。




#シリカの指摘


「予言の子ねー」


 ここまでめぐってきた理想水郷の話を終えたほとりは、目を細めたシリカに見つめられた。


「な、なにか」


 ほとりは、気に障ることを言ってしまったのか心配になった。


「いーや、傍から聞いてると、その呼び方が白々しいんだよね」


 ほとりは、シリカの言っていることがよく理解できなかった。


「渦中のあんたにはわからないだろうけど、手厚く守られている、いや制御されているような気がする」


 シリカの言葉に、ほとりも軽く頷いた。


 セリカ・ガルテンに来てすぐ生徒会預かりになり、その中でも特別な扱いを受けていると、ほとりも感じていた。


 それが気にくわなかったのかはわからないが、ツバメがほとりを地底へ突き落とした理由の一つでもあろう。


 悪魔にでも乗っ取られたその時のツバメの顔を思い出してほとりは、体が震えた。


 ――自分がいなくなって、明日架先輩は心配してくれているのだろうか。


 ――でも、ユーリやララはきっと。


「その大樹王と話をして、ゲートを開けてもらうことはできるんですか?」


 ほとりの唐突の質問に、シリカは声を上ずらせた。


「はっ。来たばかりのあんたが大樹王と話せるわけないでしょ」


「シリカさんは話せるんですよね。さっきも説得してくれてましたし」


「バカを言うな。仮に話を伝えたところで、自然に従って生きる人間の要望に答えるはずがない」


 シリカは、腕を組んで、断固たる反対の意思を見せつけた。


「でも、伝えてみなければわかりませんよね」


 ほとりは立ち上がった。




#一人のために湧く力


「おいおい、待て。一人で行く気かよ」


 シリカが顔を上げた。


「はい。学園に戻りたいし、それにクォーツをゆっくり休ませてあげたいから。大樹王の方向だけでも教えてくれませんか?」


「飛べないあんたじゃ、絶対行き着くことはできないよ。大きな川もあるし、ごろつきの岩が邪魔して通れやしない。危険なんだよ」


 立ち上がったほとりに見下ろされたシリカも立ち上がり、腕を大きく動かして言った。


「私の羽、飛べないけど、以外と便利なところもあって、川も岩もなんとかなります」


 ほとりは、無策に言ったつもりはなかった。


 理想とはほど遠い島を巡ってきた中で、自分なりの羽の使い方がわかってきていた。この島でも応用できると信じて疑わなかった。


 ただ、是が非でも行く決意ができたのも、クォーツのためだった。何としてでも本当の空を見せてあげたい。


 予言の子として、新しい理想水郷のために、みんなのために頑張ってきたほとりだったが、目の前の一人のためにしてあげたいことがあるだけで、こんなにも積極的になれることに驚いた。


「どっからその自信が出てくるんだ。また森につかまったらどうする」


「剣を持って行きます」


「それはダメだ。森をこれ以上傷つけてはいけない」


 ほとりは、シリカに腕を強くつかまれた。シリカの強い視線が目に刺さる。


「ほ、ほとり……私が一緒に行く……」


 クォーツが頭を重そうにして、起き上がりながら言った。


「クォーツ、無理しないで」


 ほとりは、クォーツに駆け寄った。


「痛いっ」


 クォーツを寝かせようと腕をつかむと、クォーツが顔をゆがませ、ほとりの手を押さえた。


「あっ、ごめん」


 ラーワに切られた腕の傷口があったことをほとりは忘れていた。


「ちょっと待て」


 シリカも傷口をのぞく。クォーツの傷口の周囲は、赤紫色になって傷口は腫れ、膿んでいた。




#コルコポ


 シリカは、葉と実をすりつぶしてペースト状にしたものをクォーツの傷口に塗り、その傷口を覆うように、葉で押さえ込んだ。


「ありがとうございます」


「傷口の化膿を抑えるだけだ。菌が体内に入っていたら、私もお手上げだ。今は安静にしているしかない」


「私がこんなことになったから……」


 半分ほど開いた目のクォーツが言った。


「クォーツ……」


 すーっと、白い影が一つ、二つ、クォーツの頭の横に現れた。


 ほとりは自分の目が曇ったのかと、こすった。白い影が消えるどころか、どんどん数が増えていく。


「え、な、なに?」


 ほとりは部屋を見渡す。部屋中が、森で見た起き上がり小法師のような形の白い影で溢れかえっていた。中には、ひょこひょこ歩いているものもいる。


「コルコポ。ニタイモシリに住んでいる妖精といえばわかりやすいか。


 自分たちの住処を奪われて、うちのところまで逃げて来たんだ。あんたたちをもの珍しく見ている。悪さをするわけじゃない」


 ほとりやシリカの足下を歩いてみたり、足を登ってこようとしていた。しかし、横になるクォーツに触れることはせず、静かに様子を伺っている。


「おい、それには触ってくれるなよ」


 部屋の隅に置かれたベレノスの光を見ているコルコポに、シリカが言うと、コルコポは下がって見る。


 気づいたら足の踏み場もないくらいに、部屋はコルコポでいっぱいになっていた。部屋の入り口から、まだ入ってこようとしていた。


「あの、どうしたら――」


「はっ? 一緒に行けって?」


 シリカが声を急に上げた。


「面倒見ててやるからって、行ってこいと」


 シリカは眉間にしわを寄せて、独り言を言っているようだった。しかし、ほとりは、シリカがコルコポと話をしているのがわかった。


 大人しそうだが、コルコポに世話を任せられるものなのか、ほとりは疑問に思う。


「ほとり、私は大丈夫だから。この子たちと待ってるよ」


 クォーツが、遠くを見るようにして言ってきた。


 それに反応するように、クォーツを囲って見守るコルコポたちが、いっせいに頭を前後に揺らす。


 クォーツは、ホッとするように笑顔を見せた。


「あー、わかったわかった。静かにしてくれ。ほとり、私も一緒に行く」


 シリカが髪をかき上げた。


「本当ですか。ありがとうございます」


「コルコポたちが妙にあんたを好いている。彼女をコルコポに任せて大丈夫だろうが、さすがにあんたを一人でゴーレムの岩場に行かすことできないからな」


「ゴーレム? 動く岩の?」


 ほとりが聞き返した。


「あぁ。コルコポは、ゴーレムに住処を奪われて、ここへやってきた。そして、ゴーレムは自分たちの住みやすいように、自然の形を変えようとしてるんだ」


 ほとりは、大樹王に会って、帰ってくるだけだと考えていた。しかし、たびたび直面する理想水郷の問題に、しっかりこの目で見ようと決意した瞬間でもあった。

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