4.森での生き方

- まえがき -

ほとりとシリカは、クォーツを小屋に残して、出発した。


しかし、移動中、蔓に襲われる。敵を排除しようと周りの木々が連携する。


森を抜けると、積み上げられた岩で川が曲がり、森は削られていた。




#濃い森


 ほとりとシリカは、クォーツを小屋に残して、出発した。


 コルコポにクォーツの面倒を見させるのは少々不安だったが、自分一人で大樹王に行くには、やはり時間がかかりすぎる。


 ほとりを抱えたシリカは、大きな木々を避けるように、森の見えない航路を進む。


 もし、シリカが一緒に行かなくても、ほとりは一人で行くつもりではあった。


 歩くよりも断然早く森の中を移動していた。しかし、シリカは、いっこうに木の上に出ようとしなかった。


「木の上に出ないんですか?」


 ほとりが聞いた。障害物をいちいち避けるよりその方が楽なはずだと思ったからだ。


 すぐに返事はなかった。人一人抱えて飛び、木を避けなければならないシリカにとって、相当集中力が必要だった。


「ん、それは許されない。木への光を遮ってはならない」


「でも、一本の木に対して、一瞬じゃぁ……」


「その一瞬でも。ここは、森が絶対。刃向かえば、ここを簡単に追い出される。森の上は、雲と雨と風と光だけしか許されない。私は自然に従う」


 シリカが言い終えると、ほとりは、鼻をかすかに突く匂いを感じた。次第にそれは濃くなっていく。


「警報ガスか」


 シリカが進もうとしている進路に、バサッと、数々の蔓が伸び落ちて来た。


 シリカはそれを予見していたようで、蔓のない方向に進路を変える。


 しかし、その先で、またすぐ新しい蔓が襲ってくる。


「ど、どうして」


「ここは、私が居ていい場所ではない。侵入者を追い出そうとしている」


「また説得すれば」


 葉がガサガサとざわめき、蔓が伸びてくる。


「森が濃くなってる。いちいち説得してられない。遠回りするしかない」


 突然、右へ大きく曲がり、ほとりの体が外へ振られた。




#静かな森


 シリカが、少し休憩と言って、またげるくらいの幅の水が流れる場所に降りた。


 仮面をとったシリカの額から汗が流れ落ちた。シリカは、膝をつき、ちろちろと流れる水を見下ろして目をつむる。


 ほんのわずか、体を制止させ、祈りを捧げているようだった。そして、やさしく水をすくい上げ顔を洗った。


 ほとりは、思いっきり息を吸った。緑の香りが心地よかった。


「さっきの匂い、私たちを追い払うための匂いだったんですね」


「人にとっては、きつい匂いだからな。でも、あれは一帯の木々に警報を知らせるガスだ。


 それを感知した木は、さらにガスを発生させ、敵を追い払うために、蔓を伸ばしてくる」


「木がそんなことを?」


「木の防衛策。木は、何も言っていないようで、メッセージを発している。人間が、それに気づいていないだけだ」


「そうだったんですね。でも、ここはとても静かなところ」


 辺りを見回すと、木と木の間の間隔が空いていて、ところどころ、空から陽の柱が降りていて、適度な開放感があった。


「ところで、なんで仮面を?」


 ほとりが聞いた。


 シリカは仮面をつけて、ほとりを見る。


「なめられたくないから」


 ほとりは、誰に、と心の内でつぶやいた。しかし、仮面をつけ、羽を広げて飛ぶ姿は、まるで森の精だった。森と一体化する意志の表れのようにも感じた。


 シリカは、地面を見ながら辺りを歩く。そして、落ちていた細い蔓を拾った。


「ほとり、その服のひらひらをこれで止めて。飛んでいる時、バランスが取りにくい」


「あ、うん」


 天女のように広がる羽織を広がらないように、蔓で自分の体に巻き付けた。


 そして、またほとりはシリカに抱えられ、飛んだ。




#生かされる木


 ポツポツと雨が降ってきた。


 頭上では、雨が葉にぶつかる音がしていた。木が傘のかわりになっているのが、十分に感じられた。


 それでも雨粒は落ちてきて、ほとりの顔にぶつかりる。


 シリカが仮面をつけている意味もわかった。


 それから二度ほど休憩を入れてた。雨は止まない。それどころか強くなっていた。


 服は濡れるも、体の中をすり抜けていくかのように、地面に落ちていく。しかし、降り続ける雨で、服が乾くことはなかった。


 森の先が明るくなっていくのと同時に、ゴーという音が次第に大きくなっていく。


 日が出ているわけではなく、暗い森が終わろうとしていた。


 森を抜けると、勢いよく流れる大きな川が現れた。茶色く濁って、ガラガラと石が流されているのも見てとれた。


 雨の音なのか、川の音なのかわからない。


 向こう岸は、高く大きな岩が積み上げられ、川が大きく曲がっていた。自然にできたカーブではない。明らかに誰かの手によって作られている。


 森の地面は崩れて土が向きだしで、あきらかに削られてしまっている。


「なんであそこだけ……」


 ほとりの視界に、不自然なものが光景が入ってきた。川に浸食されていく森の際に、三本の枯れかかっている木が立っていたのだ。


 土が崩れれば、川に流されてしまう位置にあるもに関わらず、それは平然と立っていた。


「ある種、森の壁」


「壁?」


「あの木が、川の浸食から森を守っている。根が土をしっかりつかまえているから。


 背後の森の木々たちが、根を介して、あの三本を生かすために栄養を送り、これ以上、川に攻められないようにしている」


 雨の音にかき消されないように、ほとりは必死に聞いた。


 ――木が、他の木を守る。そんなことって。


 その時、川向こうで、積み上げられた岩の上から、大きな岩が一つ転がり落ちた。


 しぶきを上げ、川に大きなゆがみを作る。押し出される水の流れ。


 岩を崩し落としたところから、茶色くゴツゴツとしたいびつな人型ロボットのようなゴーレムがこちらを見ていた。

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