6.それぞれの役目

- まえがき -

ほとりが階下で見たのは、子供の蝶人にベレノスの光を使わせている光景。


アダマースが入った部屋で、クォーツは寝かされ、意識を奪われていた。


それらを見てしまったほとりは、クリスタル張りの部屋に閉じ込められてしまう。




#小さな炎


 小さな羽を広げた子供の蝶人たちが何人もいた。


 どの子も顔は黒く、中には羽がぼろぼろで、倒れてほっとかれている子さえいた。


 白装束の大人に小さなクリスタルを渡された子供は、胸の前で祈るように握る。手の中から炎が溢れ出し、腕を伝い、全身を包み込んだ。


「熱いっ」


 ぐっと我慢していたが、叫び声ともに全身の炎は、消える。


「その熱さに耐えられなければ、それ以上の苦しみを地上人に与えることはできない。


 君たちは、ミクトランの民のために新しい理想水郷を作る選ばれし民。


 民の願い、ナイアの祈りを心に刻みなさい。もう一度だ」


「はいっ」


 小さな蝶人は、何の迷いもなく返事をし、またクリスタルを握った。


 炎に包まれる前に、ほとりは目をそらせ、そのまま階段を全速力で駆け上がった。


 来た道を戻る考えはなかった。


 目の前に現れた通路だけをただただ走る。


 ――ベレノスの光を地上に送るだけじゃなく、自らの民にもインボルクの浄火をさせようとしていたなんて。


 ――私よりもまだ小さな子供に。


 ほとりは、まだ自分も子供の部類だと気づいた。セリカ・ガルテンにいる蝶人はみな、まだ大人というには早い年齢だ。


 ――何で、大人たちはこんなことを子供にさせるの。


 ほとりは、なんとしてでも誰も満足する理想水郷を作りたいと心に強く抱いた。


 そうすれば、子供たちが苦しまずに済む。こんなの間違ってる。しかし、どうしたらいいのかわからない。




#役目の全う


 がむしゃらに走ったほとりは、自分がどこにいるのかわからない。いまさら、戻る気はない。


 水の羽に包まれて誰にも見られないほとりは、行けるところまで行く。


 先の通路からアダマースが神官二人と現れた。


 ほとりは、あとを着いていくと、アダマースたちは、部屋に入っていった。


 当然、ほとりも背後から覗き見る。


「様子はどうだ」


 アダマースが、すでに中にいたラーワに声をかけた。


「はい、薬で落ち着いています。催眠も滞りなく」


 天井から伸びたクリスタル。その先から一定の間隔で雫が落ちていく。それが寝かされたクォーツの口に入っていた。


「クォーツ!」


 ほとりは、思わず声を叫んでしまった。


「誰だ」


 慌てて口を覆うほとり。一瞬の驚きで、羽への間隔が狂い、体を包み込んでいた羽が広がってしまった。


「お前、なぜ、こんなところに」


 神官の一人も驚いて声を上げる。


「クォーツに何を? それに、子供の蝶人たちを解放して」


 ほとりは、自分でもそんなことを言うつもりはなかった。言い終えた自分に驚いた。


 アダマースが眉をひそめた。


「あっ」


 ほとりはまずいことを言ったとすぐに悟った。


 ほとりが一歩足を引くよりも早く、神官二人に取り押さえられてしまった。


「痛い、はなして」


「静かに部屋で考えていると思ったら、とんだお転婆娘だったとは。


 腐った理想水郷を渡り歩いてきただけの度胸は認めよう」


「クォーツは、なんで寝ているの? 納天姫祭の大事な役目なんじゃないの?」


 ほとりが問う。


 ふん、と、アダマースは間をあけ、肩の力が抜けたように話し出した。


「たいがいの天姫は、テクリートを前に逃げ出そうとする。民のために覚悟しても、本当のところは自分の命が惜しいんだよ。


 人間らしいといえば、それまでだが、天姫はそれでは駄目なんだ。


 納天姫祭で逃げ惑われては、我々が困る。天姫の役目を全うしてもらうために、少し自意識を奪っているだけだ」


「クォーツ、目を覚まして!」


 ほとりは叫んだ。


 しかし、反応はない。


「もう天姫の役目を果たすだけだ。昨日、今日知り合ったほどの声は、届きはしない」


「クォーツ! お願い、目を覚まして! 地上に行きたかったんでしょ。だったら、行こうよ、私と一緒に」


 部屋は静まりかえる。


 しかし、水滴がクォーツの口に寸分の狂いなく落ちていく。唇が動くことさえなかった。


「地上への道もわからないのに、よく言えたものだ。


 鍵のついた静かな部屋で、結論を出すがいい。自分だけがベレノスの光を持って地上に行くか、クォーツの変わりに天姫になるか。


 連れて行け」


「クォーツ! クォーツ!」


 ほとりは、引きずられるようにして部屋から連れ出された。




#生きる役目


 クリスタル張りで、天井も床もどこを見ても、自分が写り込む壁の部屋に、ほとりは閉じ込められてしまった。


 顔を動かせば、さまざまな角度に写った顔がいっせいに動く。


 ほとりは、目を閉じるしかなかった。


 肩から掛けていたガラス瓶と一緒に膝を抱えた。


 まぶたの裏に焼きついていた炎に包まれる子供の蝶人が、死んだミズホの姿を記憶から呼び覚ます。


 ――誰かのためになんて、つらすぎるよ。


 ――それで、死んだら意味がない。


 ――自分のことなんて、どうでもいいわけがない。


 溺れて死ぬところを生かされている。たぶん、このガラス瓶の中にあった水を飲み、意味があってこの世界に連れてこられたと、ほとりは思う。


 こんなところに来なければ、きっと、人の生き死に、水のことなんてを考えることはなかった。それを考えさせるために連れてこられたという結論に至った。


 ――地上に、生きて帰る。


 ――最後の最後は、死んじゃう。でも、ここでじゃない。


 ほとりは、おでこを膝にこすりつけるように何度も頷いた。


 ――私が生きる役目。理想水郷を作ること。


 ――私の思考だけは誰にも奪わせない。変えていいのは、私が許可した時だけ。


 ――誰にも変えさせない。


 ――元の世界にだって、戻ってやる。


 ほとりは、ガラス瓶を握りしめた。

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