4.ガラス瓶の光

- まえがき -


ガラス瓶とクリスタルは、同じように発光し、クリスタルから作られたものだとクォーツが言う。


元の世界とを繋ぐ希望を抱いたほとりは、クォーツを地上に連れて行こうと決心する。




#クリスタルとガラス瓶


 ほとりの光輝くガラス瓶をクォーツがまじまじと見つめた。


「水筒として使ってるんだけど、元の世界で、おばあちゃんちで見つけた時、突然光り出して、気づいたらこの世界に……」


 ガラス瓶が光っているせいか、クォーツの目がキラキラしていた。


「これって、クリスタルでできてると思う」


「クリスタルで?」


「そう」


「それはないと思うけど」


「ちょっと貸して」


 ほとりがガラス瓶を手渡すと、クォーツは近くのクリスタルに近づけた。岩から生えるクリスタルが光ると同時に、ガラス瓶も光った。


 岩のクリスタルをただ反射したようには見えず、ほとりも顔を近づけた。


 天井や地面に生えたクリスタルと同じタイミングで、ガラス瓶も光っていた。


「これが、もともとほとりのいた世界にあったってことは、地上に行けて、ほとりのいたの世界に行けるってことだよ」


 ――まさか。


「元の世界に戻れるってこと?」


「そうだよ。だって、地上にクリスタルはないでしょ?」


 ほとりの心奥底で消えかかっていた希望に光が灯った。だが、目の前で明るく話すクォーツの目の奥は暗かった。


「その中に、地上の水があるよ。飲む?」


 ほとりがクォーツに言った。




#地底の水


 クォーツの家は、町の端、壁際にあった。


 家は土塊を固めて作って、白く塗られた簡単な作りだった。それは、どの家も変わらなかった。


 クォーツは、父と母、そしてほとりより年下に見える弟がいた。両親は、ほとりの両親よりも若かった。


 今日が家族で過ごせる最後の泊にも関わらず、ほとりは温かく迎えられた。クォーツが、納天姫祭を前に地上人と出会えたことは、幸運だと父から言われた。


 ほとりは簡単に地上人だと認められたが、家族はそうでも思わなければ、娘との別れに笑顔なんて見せていられないだろうと思えた。


 土を盛り上げて作られた床座りのテーブルには、料理とおぼしきものがたくさん並べられていた。


 どれも茶色く、見たことのない料理ばかりだった。地底の動物と思われる肉やスープ、案の定、土臭く、ほとりの口には合わなかった。


 水は貯め置いた水らしく、生くさい。地底にある水の残りも少ないという。地底の民は、納天姫祭を待ち望んでいる。


 ほとりは、料理にほとんど手をつけることができずに謝った。


 食事の終わりにほとりは、ポケットから三つの小さな丸い固形物を取り出した。その一つを指で押しつぶして、コップに入れた。


 溢れんばかりに、コップが透明な水で満たされた。クォーツたちは回し飲み、すぐに空になった。彼女らは、とてもすがすがしい顔をしていた。


「地上にも水のおいしい場所があるのか。我々も行ける時がくればいいが……」


 しかし、クォーツの父の言葉は重かった。


 ほとりは、食事に招かれたお礼に固形化した水の残りを渡した。


「奇跡か偶然か。地上を夢見ていたクォーツのために会ってくれてありがとう。


 最後の最後に、夢に近づけたと思う。これで、我々も娘を天姫として送り出せる気持ちになった」


 居間から見送られる時に、ほとりは父親から言われたが、返せる言葉はなかった。




#二人の決意


 クォーツの部屋で、ほとりとクォーツは並んで横になっていた。


 四角くくりぬかれた窓に布をし、外からの光を遮っていて、部屋は薄暗い。


「私のわがままに付き合ってくれてありがとう。悔いはないって言えば嘘になるけど、ほとりと出会えて、地上のことを聞けて、地上の水も飲めた。


 すごい満足してる。


 だから、ミクトランの民のためにも、しっかり天姫をまっとうしようと思う」


「クォーツ……本当に?」


 すぐに返事はなかった。


 ほとりは、横を向き、クォーツを見た。


 一筋、涙がこぼれていた。


「いままで選ばれた天姫がやってきたことを私もするだけ。たったそれだけで、民が救われ、地上へ祈りを届けられるから」


 クォーツは、力んで声にした。


 本当は死にたくない。


 生きて、地上に出たい。


 でも、それは絶対に叶わない。


 ほとりには、そう叫んでいるようにしか聞こえなかった。


 ――私は、クォーツを助けたい。これは、明日架先輩からの指示ではない。私の意志。


 しかし、今すぐ助ける方法は思いつくはずもない。地上に行く道さえ、探し出せるかもわからない。


 それでも、ガラス瓶がここで作られた物に限りなく近いと、ほとりには思えた。にわかに信じられないけど、元の世界へ、地上にだって行く方法がきっとどこかにある。


 明日架やツバメも知らない元の世界に戻れる方法が、あのガラス瓶に隠されているのではないかと、ほとりはそんな気がしていた。


 ――もし、地上に行けても、理想水郷の争いにクォーツを巻き込みたくはないな。


 ――かといって、このまま私がなにもしなからったらクォーツも私も。


 ほとりは、明日、どれだけ自分が動けるかで、運命が分かれると悟った。


 翌泊、ラーワと神官数人が、クォーツを家まで迎えに来た。


 周囲の家からもそれを見送ろうと、多くの人が見守っている。


 クォーツは、毅然と立ち、家族に別れの挨拶をした。


 しかし、残される家族は涙し、言葉にならない声を押し殺し、笑ってその背中を見送っていた。


 クォーツの姿が見えなくなると、母親がその場に崩れるようにしゃがみ込み、悲鳴を上げるかのように泣き叫んだ。地底全土に響き渡るかのように。

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