3.地上と水と命と

- まえがき -

クリスタルの廃坑で、ほとりは地上の天気や環境の話をクォーツに伝えた。


興奮するクォーツから、天姫(あまひめ)の命は水と引き換えになると聞かされる。




#地上への好奇心


 洞窟は、小さなクリスタルに覆われていたが、一部土がむき出しだった。


 薄暗いが、何も見えないわけではなく、むしろ夜空に囲まれているようだった。


「廃坑なのに、まだクリスタルがあるの?」


 ほとりが聞いた。


「また新しく生まれてきてるんだ。長い時間をかけて」


 ほとりたちが進むたびに、クリスタルは頻繁に光を放つ。侵入者に驚いているのか、警告をしているのか、ほとりは少し怖かった。


「それにしても、私が来る時は、こんなに騒がないのに」


 クォーツが微笑みながら、つぶやいた。


「私がいるから?」


「それもあるとは思うけど、そうでもなそう」


 二人は、小さな泉に到着した。


「水だ」


 ほとりが声を上げた。


 岩の隙間からチロチロと水が流れ込み、溜まった水は、反対の岩の隙間に流れていく。


 泉の底がクリスタルで覆われているせいか、流れる水から光を放っているように見えた。


「そりゃー、水くらいあるよ。水がないと生きていけないよ。でも、今は水不足。


 でも、それを解消するための納天姫祭が行われるんだけど」


「その、さっき言ってた納天姫祭って――」


「ね、ほとり。そんなことより、地上の話を聞かせてよ」


 クォーツがはち切れんばかりの笑顔で、ほとりの言葉を遮り、ほとりは手を引かれて泉の縁の石に腰かけた。


 クォーツの見た目は自分よりも年上っぽいのに、とても子供っぽかった。落ち着いて清楚にすら見える彼女の中に、熱い好奇心の炎が目から漏れているようにすら見えた。


 その熱に当てられたほとりは、クォーツの質問に、自分の記憶をさぐるように答えていった。


 ただ、地上と言ってもセリカ・ガルテンではない断りを入れ、もともとほとりがいた世界のこと。それほど環境は変わらないだろうと思いながら、天気や空、海、森、砂漠、空気、雷のことを話した。




#地上に戻れない


 話が進めば進むほど、クォーツの頷きが強くなり、感嘆する度合いが深くなっていった。


「ほとりの住んでいた地上に行ってみたいなぁ」


 クォーツは、足を伸ばして、天を仰ぐように低い天井を見上げた。まるでその言葉に反応するかのように、クリスタルが一瞬光る。


「どうしてそこまで地上に行きたいの?」


 ほとりが聞くと、クォーツは視線を歩いてきた洞窟の道に向けた。それは、と言ってから少し間があって、続ける。


「もっと高いところを自由に飛びたい」


 それを聞いてほとりは微笑んだ。今すぐにでも地上に戻って広い空を飛ばせてあげたいと思った。


「――ごめん、嘘」


 クォーツが苦笑いした。


「えっ」


「本当は、納天姫祭から逃げたいだけ。納天姫祭は、蝶人の誰かがやらなければならない。


 ミクトランの祈りを地上に届け、水を確保することも大切だから……」


 神殿を出てすぐのところに、今はほとんど水がない貯水池がある。ミクトランの民の水。斜面を利用して家々に流れるようになっていると言う。


 しかし、ほとりはそこまで細かく見ている余裕はなく、覚えていなかった。


「地上に行くことはできないの? 私が落ちてきた穴を上がっていけば」


 クォーツは、左右に首を振った。


「あの穴は、クリスタルが棘のように鋭く下に伸びていて、昇ってはいけない。


 どこまで続いているのか、わからないくらい長いし、クリスタルを壊しながら行くには、体力的に飛んでいられない。


 噂だと、他に地上に続く道があるらしいけど、神官たちくらいにしか知られていないとか。地上の様子を知るために、使者を出しているらしいけど、本当のところはわからない」


 ――そんな。


 ほとりは一点を見ていたが、視界はぼやけていた。もう地底から出ることができない現実をつきつけられた。




#天姫の命


「ごめんね。すごい不安にさせちゃって。ほとりも地上に戻りたいもんね」


 そう言われて、ほとりは自分がどんな顔をしていたのか思い直して、我に返った。


「その納天姫祭はどんなことするの? クォーツが何かするって」


 クォーツは視線を下に落とした。


「うん。天姫である私は、神様に命を捧げるの」


「えっ、それって」


 ほとりは耳を疑った。自分の声が反響した。


「食べられて死ぬの」


「死ぬ……」


「でも、そうしないと、たくさんの水を流し込むことができないから。


 テクリート様に水にもらい、出来上がったベレノスの光を地上に届けてもらうため、千泊ごとに行われているの。


 今回は、蝶人の中から私が天姫として選ばれた」


「せんぱく?」


「なんて言えばいいのかな。一泊を千回繰り返して」


 ほとりはすぐに日数だとわかった。地底では、一日を泊で表した。


「確か光帝は、二泊後に納天姫祭って言ってたから」


「そう。あと二回寝たらね。でも、翌泊は準備で、翌泊の始まりで家族ともお別れになる」


 ほとりは、胸が締めつけられるように痛くなった。


「そうだ。このままうちに来なよ。天姫のお祝いを家族がしてくる。それに、もっと地上の話を聞きたい」


 立ち上がったクォーツにほとりは、両肩に手を置かれて、目をのぞき込まれた。


「でも、家族と大事な時間なのに私がいたら……」


「そんなことないよ。納天姫祭の直前に、地上の蝶人と出会えるなんて、奇跡だよ。


 地上に行けるのが一番いいけど、地上を知っているほとりから本当の話が聞けて、私は満足」


「クォーツ……わかった」


「やった――最初から気になってたんだけど、これ、何? ずっと光ってるけど」


 ほとりの肩にかけている物をクォーツが指差した。


 ほとりは水筒を手に取った。布のケースから抜くと、ガラス瓶全体が納屋で発見した時と同じように光っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る