第141話:覚醒ノ時ハ来タリテ
伽藍堂を道連れにしようとしている。纏占隊に入ったばかりの、萌花さんが。
なんのことだか覚えていないけど、纏式士を目指す経緯に僕と荒増さんも関わっているらしい。
彼女をここまで連れてきたのは、僕。そうしろと言ったのは、荒増さん。
「……荒増さん。荒増さん! あなた、なにを暢気に寝てるんだ! いつも偉そうにしてるくせに。必要なときに必要なことが出来なきゃ意味がないって言ってるくせに!」
伏したままの荒増さんは、精緻な作りの人形に見えた。精気の抜けた顔が、生きて動き出しそうという類の不気味な人形を思わせる。
「僕にばかりやらせてないで、あなたもちょっとは責任を果たしたらどうなんだ! この筋肉バカ野郎!」
「――誰が筋肉バカだ」
その声に力はなかった。しかし目には、鉄壁をも貫きそうな眼光が戻っている。
僕は伽藍堂を押さえつけるので精一杯。この上に萌花さんを救出するには、手が足らない。
荒増さんが動いてくれれば、どうにかなる筈だ。
「――くそっ。身体に力が入りやがらねえ」
起き上がろうと、腕や脚を動かそうとしているのは分かった。でも少し浮きかけるだけで、全く言うことを聞いていない。
やはり霊が尽きていては、殻も動かない。霊は意思を持つだけでなく、命そのもののエネルギーでもあるのだから。
「隊長、発砲します!」
部屋の入り口で、この非常時に感心にも発砲許可を求める衛士。隊長を始めとして、満身創痍となった粗忽さんの隊がようやく到着した。
「や、やめんか。味方を殺す気か――!」
自力で歩ける隊員たちが、AM11LSをこちらに向けている。彼らの技術は高いものだけれど、どんなことにも絶対はない。しかも僕も荒増さんも、回避行動はとれない状態だ。
「粗忽さん、そこの二人を見てやってください!」
身動きがとれないのは、僕も荒増さんも伽藍堂も同じ。そこになんの勝算もない不確定要素は入れたくなかった。
だからとただ来るなとは言えなくて、倒れている静歌と鈴歌をダシにした。
「いや、勝算は――あるのか?」
「なんのこった」
荒増さんも、その可能性には気付いていない。まあその術を知らなければ、思い付くわけもないが。
「荒増さん。真白露を……」
「真白露を?」
僕がなにかを守りたいとか。そんなものはエゴで、僕に限って認められることなどないと思っていた。
そう思うのはたった今も変わってなく、でもそれが為に誰かの大切なものをなくすのはいいのか。
結局それも僕のエゴで、ならば失わずにいたほうがいいと思う。失ってしまえばそれきりだけど、誤っていただけなら取り戻すのは出来るから。
「真白露を、僕のACIに迎えてもいいですか」
「……好きにやれ」
緊張の走った目が、弛緩するにはしばらくかかりそうだった。だからだろう。荒増さんは目を閉じる。
「プライド、プールした処理を実行。メインACIを真白露に!」
「イエス、マスター。直ちに」
完了の報告は、言葉でされなかった。でも分かる。僕の霊と直に繋がった十式が、性格を変えていくのが。
空調の整った部屋に居るよう、というのがプライドだとすれば。真白露は強く風の吹き抜ける、高原の高台。
「ますたー? 僕はましろ。よろしくね」
「うん、よろしく。粗忽さん!」
人格が子どもだと、ACIになってもやはりそのような話し方になるらしい。
そこに弊害があるのかないのか、詮索はあとだ。動ける衛士の誰かに、頼みごとがある。
「鈴歌の荷物――いや鈴歌を、誰かここまでお願いします!」
「荷物?」
機械人形の姉妹が衣服以外に携えている物は、一つしかない。腰に括った布包み。
「私が持っていく。全員ここで待機警戒!」
「隊長はお怪我が――」
運搬役くらい自分がやると、隊員の一人が申し出た。だが粗忽さんは許さない。なぜならさっき言ったから。彼らがここに居るのは、あくまで粗忽さんの自殺行為に付き合っているだけだ。
ただ同行しているだけの部下たちに、自殺の代行をさせられない。
「問題ない。お前たちの応急処置スキルは高いと、私の傷が保証する」
鈴歌を抱えた粗忽さんは、ふらふらとした足取りでやってくる。
その背後で隊員たちは、周囲への警戒も忘れて自分たちの隊長を見つめる。
「全隊、銃構え!」
中の一人が、支えられていた腕を払ってそんな命令を出した。隊長の背に銃口を向けさせるのは、見外さんだ。
経験豊富な彼らだから、妖を相手にする心構えがあるのだと思う。十分すぎるほど。
霊的な防御を機械に頼る衛士が、式士の戦っている場に顔を出す。それは妖につけ込む隙を与え、多くの場合は身体を乗っ取られる。
そんな場合に行うべきは、速やかな射殺だ。対象が生きていなければ操れない妖も多いし、少なくとも当人の言葉なのか妖が騙っているのか分からないことを言われずに済む。
そうなった場合に犠牲がその一人で収まるなら、それが最善手なのだ。
「遠江くん。連れて――きたぞ」
「ありがとうございます。腰の包みを、荒増さんに触れさせてください」
「分かった」
フルマラソンを走ったような汗をかく粗忽さんは、痛みに顔をしかめるのだけはごまかせないらしい。
でもそれで作業を止めはしない。荒増さんの腕を持ち上げ、鈴歌の腰を抱えさせる。
「こんな幼少の子に妙な真似をすれば、ぶち殺すぞ」
「やかましい」
憎まれ口よりも、荒く吐く息のほうが大きい。呆れればいいのか、心配をすればいいのか。
「これでいいか。次はどうする」
「ありがとうございます。次は父の技を。偉大な僕の父、遠江久流の式術をお見せします」
僕はやはり、父に作られた式士だ。父の教えに背くことが新たな道なのか、ちらと思いもしたけれど。
やはり僕の進む道は、父が示してくれている。
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