第140話:看破出来ヌ覚悟ノ心

 ――ドォン。

 何枚も壁を隔てた先。しかしそれほど遠くないところから、爆発音が聞こえた。

 それに気付くと、微かに発砲音なども途切れながら聞こえてくる。本隊の生き残りが、とうとうこの中央庁舎に取り付いたのだ。

 伽藍堂の反撃が乏しいのは、きっとその対応で茅呪樹に意を向けているからだろう。


「――どうして気付いた」

「さっき、あなたの身体が骨だけになった時にね」

「そうか。目も達者なようだ」


 きっとそうだと確信はしていたけど、確証には乏しかった。

 伽藍堂の中に見た骨格と、奴の中に取り込まれた時の感覚。それが僕の中の、何か根底の部分に懐かしさを刻んだというだけ。


「紗々!」

「はいぃ!」


 巻いた金糸を絞ることで、万央は新苗の表面を削りとる。

 その柄と、もう一方の支点である荒増さんの踵。それがぶつかると同時に、動かなかった荒増さんは前のめりに倒れた。


「今さらなにをしようと……グッ」


 最後の数滴ほど霊を絞れなかったというだけの抜け殻。そんな荒増さんに、なんの用があるのか。と、あからさまに揶揄する声が詰まった。


「ヌウゥゥゥ。娘、なにをする!」


 枯れた伽藍堂の声が、割れた。

 僕の目になにが起きたのかは、まだ分からない。いや――僅かに、奴を覆う樹皮に白が増えていく。

 榧の木の灰褐色から生気が退いて、これまで一枚も落ちなかった葉が少しずつ宙を舞い始める。


「伽藍堂。あなたは僕を狙い、僕の姉の遺骨も屍鬼に用いた。それなのにどうしてって、不思議だったんだよ」

「ヌゥ?」


 萌花さんがどうやっているのかは知れない。でも伽藍堂が苦しんでいるのも間違いなかった。二つの顔が苦しみに悶絶しているのだから。

 だが奴が自由に動いては、それも途切れてしまうかもしれない。だから奴を縛る紗々の霊跡に、僕自身の霊を送り込む。

 その上で集中を削ぐ為に、問いを投げかけることもした。もちろん僕の推測が正しいのか、知っておきたい気持ちも大きいが。


「だってそうだろう。使われたのは姉の頭骨だけで、身体のほうは放置されていた。同じように白鸞で父の頭骨が使われているなら、父の身体はどこに行ったんだろうってね」

「フッ。それもどこかへ打ち捨てておるやもしれんがな」


 ちょっと聞き取りづらいほど声を震わせながら、それでも伽藍堂は余裕の態度を保とうとする。


「それはない。もしも姉の身体が、どこかへゴミのように捨てられていたなら納得したけど。あなたは式師だ。人の死を利用はしても、意味なく貶めることはしなかった」

「――それも、儂の纏った因果よの」

「それだけじゃない、それでは頭骨がないままだ。そこにあるのは、討王の屍鬼だろう?」


 びし。と指をさしたつもりが、僕の身体もひどく震えた。これまで操ったことのない量の霊が、暴れ馬みたいに思える。

 指した先の伽藍堂は、樹皮を少しずつ剥離させていく。壊死、なのだろう。


「あなたが僕を。遠江の血筋を利用するだけなら、場所はここでなくても良かった筈だ。あなたは頭骨に父でなく、討王の屍鬼を使った。その因縁の土地を選んだのは、あなたの意志じゃない。あなたは知らず、討王の因果に寄せられているんだ!」


 伽藍堂の元となった、樹人である誰かは居たのだろう。

 しかしいつから、どうしてそうなったのか。奴は妖まがいの怪人となって、他人の骨格と他人の霊を盗まなければ、自分を維持出来なくなった。

 それが置かれた状況から、僕の推測したことだ。


「よくも知った。儂の記憶にある限り、千と四百年。それに気付いたはお主のみよ」

「いけなかったかな」

「いや? 隠しておったつもりもない。だが一つ、間違っておる」


 伽藍堂の二つの顔のうち、新苗に向いていたほうが完全に硬化した。その周りと同じく、死んだ小さな破片となって崩れる。


「然り、討王の想いに寄せはした。だがそれはあくまで、儂の気遣いとでも思ってもらおう」

「自分で言っておいて、あなただけは何も纏うことなく存在するとでも言いたいのか」

「フッ」


 奥行きのない、ただそういう音を吐いただけみたいな笑い。下手な役者の下手な演技をしているように、怪人は高く笑う。


「フフハハハハ! 然り然り! 儂は伽藍堂弥勒。この世とあの世に、因果を繋ぐ者。その儂に限って、因果を纏って縛られるなどない!」


 枯れた大木のうろに響くような、空虚な声。それがどうにも悍ましく思える。

 鏡や薄い水たまりの底。一枚の紙の内側や、虫に食われた葉の失われた部分。

 存在しない筈の場所から手を伸ばされたように聞こえて、この場から飛び退いてしまいたかった。


「しかし良いのか。お主は誰も失いたくはないのであろうが」

「もちろんだ。あなたを倒して、みんな無事に帰るんだ!」


 これは奸計。窮地に陥った伽藍堂は、僕を誑かして脱しようとしている。そう看破した。


「ならばまずくはないのか。儂を枯らしておるのは、人の命。この獣人の娘、自身の命を枯れさすことで、儂を巻き添えにしようとしておる」

「なんだって……?」

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