第138話:終ノ時マデ心決セズ

 穏やかで、ちょっと控えめな気持ちが感じられる。どこにも姿が見えるわけでないけど、人違いを疑うことはなかった。

 彼女の今を思うと、まだ意識のあることが、そんないつもどおりの声を向けられることが驚愕に値する。


『ほ、萌花さん!?』

『んだ。おらな、ずっと寝ちまっでだ。んでも今は、なんだが腹さいっぱいだ』

『ああ……』


 萌花さんの取り込まれた新苗は、荒増さんの霊を吸い付くそうとしている。それが彼女には、お腹がいっぱいと感じられるようだ。


『ええと、それは』

『いんや、分がるべ。時間がねんだべ? だがら聞いでほしい』


 変わらない口調で彼女は言った。これまでになく霊が充実しているのを感じると。

 それはそうだろう。伽藍堂が言ったとおりなら、荒増さんから奪われた霊は萌花さんに集合している。


『だがらな。今のおらなら、茅呪樹を枯らすごども出来ると思うんだ』

『そんなことまで? いったいどうやって――』

『理屈は分がんねけど、おらと繋がってる感じがすんだ』


 荒増さんの霊を食糧感覚で得たのと同様に、茅呪樹とも霊的な繋がりがあるのなら。力の強いほうが、相手を食うことは可能だろう。

 でもそれは、親株を潰すことになる。

 そうすれば白鸞にある子株まで滅ぼせると知って、萌花さんに影響がないなど思えないしあり得ない。


『茅呪樹と心中するつもりですか。そんなこと、僕は同意出来ませんよ』

『だいじょぶだ。そんなごどにはならね。ほかのことは知らねけど、木のごどなら何でも分がるっす』


 そりゃあ説得力のある話だけれど。納得するには確証がないし、かといって長々と説明をしてもらう時間もない。


『んだがら。二つ、やっでほしいっす』

『二つ?』

『荒増さんがくっついでだら、巻き込まれちまうっす。んでもって、おらが合図しだら伽藍堂の気を引いてほしいっす』


 その言葉が嘘だと。明らかに証明されていた。でも僕は、気付けなかった。

 荒増さんが巻き込まれるのはそうだろうと思ったし、なにをやるにしても伽藍堂に邪魔されては叶うまいと納得してしまう。

 だがそう思うのと、実現出来るかは別問題だ。


『僕にその役は、荷が勝ちすぎます。現にこうやって、あっさり捕まってるくらいで』


 自嘲のつもりはない。荒増さんの助力をしようとして、手抜きや油断は全くなかった。それでもこうなっているのが、本当の現実なのだ。

 萌花さんの安否を別にしても、不可能を可能にすることが担保の計画を安請け合いできるものか。


『……久遠さん』


 少し間があって、努めて優しい感じで僕の名が呼ばれた。幼い感じのする萌花さんの声なのに、お母さんみたいだと感じた。


『おら、久遠さんを見習えて言われだべ』

『ええ……』

『荒増さんに仕返しするどが。人を恨みに思うのが、いいごどがなて思っだべ』


 いいわけがない。一念岩をも通す、みたいなことを言いたかったにしても、例が悪すぎる。


『だがら考えだ。そしたらな、分がっだかもしれね』

『なんです――?』

『久遠さんを見習えてごどだば、荒増さんのごども見習えてごどだべ?』

『え、えぇ?』


 どうしてそうなる。ここまで全く理解出来なくて、ちんぷんかんぷんだ。だのに萌花さんは、面白い旅行先を見つけたみたいに楽しげな声をする。


『荒増さんに勝でるように頑張る、んだべ?』

『あぁ、そういう……』


 そう言われればたしかに僕の基準は、荒増さんになっていた。それを萌花さんが見習うなら、間接的に荒増さんを見習えとなる。

 いや、でもいかにあの人が自意識が高いと言って、そこまで言うだろうか。


『だがらな。荒増さんみでに、難しぐでもやっでみでえんだ、おら』

『そこまで考えて言う人じゃないと思うんですが……』


 逆に僕が萌花さんを見習わなければ。そう思いつつ、素直な感想が先に出る。


『てめえ遠江。俺の悪口言ってる暇があったら、キリキリ動きやがれ!』

『あ、荒増さん!?』


 どこから聞いていたのだろう。首から感じる萌花さんの気配の向こうから、荒増さんが顔を突っ込んできた。

 視覚的に見えたのではないけれど、萌花さんを押し退けるような動きが感じられた。


『いいか? てめえにやらせるしかねえんだ、出血大サービスで教えてやる。どんなことをやるんだって、やり方も結果も三通りしかねえんだよ』

『三通り?』


 苛々と、顔面に唾を飛ばしてくる感じがすごい。実体がなくて、殴られる心配のないだけが救いだ。


『誰がやっても成功するやり方。誰がやっても失敗するやり方』

『もう一つは?』


 成功と失敗と、残るはなんだ。保留、とかだろうか。


『俺自身のやり方だ。てめえで決めて、てめえでやりゃあ、もう成功とか失敗とかどうでもいいんだよ』

『そんな無茶苦茶な』


 萌花さんに言われ。荒増さんにまで教えを受け。自信とは全く別の、やってみようという気持ちが生まれていた。

 なにも納得出来てはいないのだけど、目の前に居る二人がそう言うのなら。結局は、きっとその程度の頼りない理由で。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る