第110話:死地ニ活路ヲ作ル者

 額に手を当てて、仙石さんは困ったという顔をする。答えにくい質問かと思ったが、どうやら違うらしい。


「それは身内の恥を話すことになりますがね。まあいいでしょう、命を要求しておいて、こちらの弱みを何も見せないのは下品だ」

「家族とは、いつも困りごとを持ってくるもの。でしたっけ――?」

「ん? ああ、そんなこともお話しましたね。そのとおりですよ」


 さすが記憶力もいい。それに並行作業も難なくこなす。僕と話しながら、合間に何やら通信にも答えていた。

 彼の刀の切っ先が、なにもない壁面を指す。するとそこに、どこか屋外の映像が現れた。

 いやどこかも何も、これは塞護だ。崩壊しかけた市民グラウンドの脇を、兵部の機械化混成部隊が攻め上ってくる。


「おやおや。これまでののろまっぷりが嘘のようですね。なにかいいことでもあったんでしょうか」


 モニターを真正面に、仙石さんは毅然と立つ。伽藍堂はモニターの放つ光を避けるように、より隅へ。

 画面の中では、作動した防壁を甲式が打ち破った。空いた隙間には乙式が突進して押し広げつつ、徒歩の兵部たちが降車して迎撃装置を無力化していく。


「教本どおりですね」

「練度は高いようです」

「しかし現実というのは、想定のとおりとは限らない」


 茅呪樹の根が、甲式を下から貫いた。車幅と同等の太い根が抜けたあとも、その車両が動くことはなかった。乗員を含めて。

 徒歩の一団を狙って、鞭みたいに根が襲いかかる。最初に当たった一人か二人ほどが捕らえられて、飲み込まれた。しかもそれが、何回も何十回も波状攻撃を仕掛けてくる。

 地中から自由に現れる根を相手に、甲式の装備は相性が悪い。味方の只中に出てこられれば、撃つことさえ出来ない。

 かといって徒歩で携行出来る銃器では、動きを追いきれない。支援端末を失っていて、予測射撃が出来ないからだ。


「すると、頼らざるを得ないのは纏式士ですね」

「そうなります――」


 なんだか将棋かなにかを観戦しているようだった。

 いつもどおり。それ以上に落ち着いた態度で、互いの攻守に解釈を付ける。兵部の人たちが有利でも苦戦しても、どっちも頑張れと人ごとみたいに見えた。

 言ったとおり、人数では兵部と比べ物にならない纏式士たちが根の駆除にかかった。焼いて、凍てつかせて、腐らせて。霊を乗せた刃で切る。

 また伸びてはくるだろうけど、一時的には退散に成功した。


「仙石家は、七家などという有名無実の名のほかに、これという地位を持っていません」

「え、えぇ。そうなんですね」

「それが今年から、北方地域の一部を監視せよと。命令があったそうです。伝聞なのは、当主が父であったからですがね」


 兵部と纏式士たちは、共同して中央に向かう。その前に、似たような軍勢が姿を見せた。

 塞護に駐留していた兵部と衛士たち。それに、纏式士。

 茅呪樹に丸ごと食われたここで生きている彼らは、自分の意志で寝返った人たちだ。


「その役をそもそも担っていたのは、国分家です。名目上の筆頭は、今もそうですが。だが僻地に住む者たちへの窓口は、仙石家になった。なぜだか分かりますか」


 それぞれ持てる最大火力を叩きつけ合うのが見える。仙石さんはくるり振り返り、その画面に背を向けて問うた。

 急にそんなことを聞かれても、政治的な話には詳しくない。多少は考える風にしたものの、すぐに降参する。


「いえ。分かりません」

「税ですよ。税を徴収し、対価である保護や援助を担当する為。そしてまずは、説明役です」

「ああ、吉良さんもそのことを怒っていました」

「あの人がですか?」


 ちょっと不思議そうに反応したけれど、仙石さんはさっと表情を戻す。やはり許しがたいところらしく、さっきより厳しい雰囲気があった。


「税をかけること、法の庇護を与えること。どちらも、住人たちを支配下に置く行為です。これまでお互いに手出ししないことだけが不文律だったのに、いきなりそんなことをすればどうなります?」

「争いになりますね」


 自由を奪われること。それがどれだけの意味を持つのか、僕には分からない。

 でもそれはなくてはならないもので、あって当然というほどに自分と一体ということなのだろう。

 そう思えば、分かる。

 僕自身の不出来で、父に見限られたこと。絽羅を永遠に失ったこと。そういうことだと考えれば、深い絶望感や悲しみに暮れるということが。

 僕はそれで進む道が分からなくなっているけど、怒りを向けることで解決するなら、争いになるのは自明と思える。


「七家は狂気に取り憑かれているとか、畏れられますがね。私に言わせれば、古い伝統を守る為に四苦八苦し続けている不器用な家です」

「そういうものですか」

「だいいち七家なんて、彼らは知らない。彼らはこれまで、海のことや山のことを教えてくれた。代わりに仙石家は、病や災いを癒やした」


 身分などは関係なく、お互いに必要だから寄り添っていた。そんな古くからの良い関係も、壊れてしまったのかもしれない。

 僕が言うのもなんだけど、若い仙石さんがどうしてそこまで思えるのか。またそこが疑問に思える。


「ときに遠江さん。攻め手の方たちは、支援端末やマシナリを失っているようですね」

「そりゃあ――仙石さんがそうさせたのでは?」


 部屋の中は少し薄暗い。仙石さんの背中に、様々な光源の色が溢れる。影の落ちた彼の顔に、ほんの少し。口角がちょっぴり上がるくらいの笑みが走った。


「どうやら捨ててきたようですが、支援端末はダメで甲式は問題ない。そんなことがあると思いますか?」

「――まさか」


 仙石さんの刀が、勢いよく振り上げられる。

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