第28話:彼ノ妖ニ近寄ル為ニ
纏式士が車両などを使わずに、多くの距離を、或いは素早く移動したい場合は二通りの方法が考えられる。
なんらかの身体技法によって自身の走る速度を向上させるか、式術によって自分を運ばせるかだ。
僕の場合は後者。紗々は金糸を向かう方向に伸ばして、それを引き寄せることで高速移動が出来る。そこに乗せてもらうのだ。
「おら、そっただごど出来ね……」
「ああ、そうなんですね。じゃあどうしましょう、普通に走っていくしかないかな――」
「主さま。主さまが、負ぶって差し上げれば良いのではぁ?」
「えっ僕が?」
そういうやり取りがあって、萌花さんを背負った僕を紗々が引っ張るという、いささか奇妙な移動風景になった。
速度としては、塞護から乗せてもらった搗割にもひけを取らない。こちらは燃料の代わりに霊を消耗するので、それほど長距離を移動出来ないけれど。
女性を背負うというのには、抵抗があった。難しい話はなにもなく、単純に僕が恥ずかしくてだ。
手を握るのも動悸が止まらないのに、背中いっぱいに感触があるなんて――と思ったところで、そんな風に考えるのも気色の悪いことなのではと頭がショートしそうだった。
第二防塔を取り巻いている、兵部や衛士の姿が見えた辺りで止まって、はたと気付く。
「僕が背負わなくても、紗々なら二人別々に引っ張れたんじゃ……」
「あー、出来ますねぇ。主さま、そうとは仰らなかったのでぇ」
「お、おら。役に立だなぐでっ」
「いやいや、嫌だったわけじゃないですよ。むしろ萌花さんにご迷惑だったなと――」
式徨として、紗々はまだ若い。まだ生まれて十年ほどだ。それぞれ差があるので一概には言えないが、それくらいの式徨はまだ、主の指示なくして動くことが出来ない。
荒増さんの真白などは、実に自由なものだが。
「やあやあ、久遠くんと萌花ちゃんじゃないか。こんなところで会うとは、奇遇だねえ」
僕たちが足を止めたのは、大通りの端だ。車両も通行人の姿もなくて、がらんとした反対側から声が聞こえた。
この軽薄な声は――と探る必要もなく、四神さんがそこに居る。リラックスした腕組みで、商品を紹介する映像の映る壁にもたれかかっていた。
どう見たって待ち構えていたという格好だし、この人に取って奇遇なんて言葉は恣意と同義だと僕には思える。
「どうしてここに来ると分かったんです?」
わざとらしく、じとっとした目つきを作って聞いた。正体の掴めない人だが、嫌いではない。
「あはは、ばれたか。いや最初に見かけたのは、本当に偶然なんだよ。国分くんのビルを見張らせていたからね」
「それは全然、偶然じゃないと思いますが」
「それでちょっと、君たちに手伝って貰おうかなと思ったんだ」
初対面だったり生真面目な人なら、話を聞いているのかと怒るかもしれない。僕もいまだに大丈夫なのかと不安を覚えるけど、今までに意図が伝わっていなかったことはない。
むしろこちらが想定した以上のことまで汲み取って、いいようにフォローしてくれていることが多い。
「手伝い、ですか。ええと萌花さん、ここからでいけますか?」
「ん……まだ分がんね」
そうすると感度が増すとかだろうか。萌花さんは、手を地面に付けて言った。まあ搗割で通った時よりもまだ遠いから、無理もない。
「なんだい?」
「荒増さんに言われて、あの妖についてちょっと調べものを」
「ここからでってことは、近くに行く必要がある?」
「ええ、そうです」
「そうか、ならちょうどいい! 僕もそれを手伝うよ」
四神さんは左の手の平に、軽く握った右の拳をポンと打つ。合点がいったとかうまくいったとか、そういうジェスチャーだけれど、実際にやる人は初めて見た。
「手伝う? 護衛をしてくださるってことですか」
「萌花ちゃんが、なにかするんだろう? 可愛い女の子のためなら、護衛くらいいくらでもするよ」
「ああ――そうですか。それで、そちらのお手伝いとはなんです?」
顔の造りが基から笑っているような、いつもにこやかな四神さん。その表情が、いっそう緩んだ。
僕も何度か見たことのある、荒増さんでさえ毛嫌いして避けようとする顔だ。
「大したことじゃないんだ。僕は防塔に侵入しようと思っていてね。近付くというか、接触する必要があるんだよ。だから君たちが必要な距離までは、僕が護衛する。そこからなにかあるようなら、君たちは離脱しつつ注意を引きつけてくれればいい」
「ええと、それって……」
いま偶然に会って、たまたま思い付いたにしてはやけに長いセリフ。それを四神さんはどこか壁にでももたれて、ゆっくり練習でもしていたかのように、すらすらと言う。
いやそれは、囮と言うのでは。
しかしこちらの必要な距離までで、なにかあるようならという条件付きだ。それならこちらに得しかないとも言える。
「萌花さん。調べられるところまではどのみち行かなければなので、それでいいですか?」
「んだすな。まんず、よろしぐ」
恐縮した様子の萌花さんは、深く頭を下げた。四神さんはその手をぐいっと取って、反対の手で僕の手も同じに握って力強く振る。「よろしく」と、あっけらかんと言われたけれど、どうも早まったのかもしれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます