第27話:向フ道ニ見ユルモノ
「あの」
「ああ?」
「これはいま思い付いた、完全に推測なんですけど」
「だからなんだよ」
「リストに上がった名前って、荒増さんはみんな知ってたんじゃ?」
僕は姉との接点が、これまでほとんどない。幼いころは知らないが、記憶にある限りで言うと、顔を合わせたのは一度きりだ。しかもそれは、纏式士になる前。
だから、本来はリストに載っているべきなどと言っても、僕自身にその自覚がない。
だが荒増さんは、自身がその当事者であるらしい。ということは、狭い業界なのだから他の人を知っていてもおかしくない。心那さんのことを知っていたのも、そっちの理由だろう。
そしてこれは言わなかったが、そうだとすると荒増さんの意図が一つ見えてくる。指摘すれば烈火の如く怒るだろうから、直接聞くことは出来ないが。
「まあ、知ってるな」
「そうですか。いえ、すみません。聞いた理由はないんです。そうなのかなと思っただけで」
「ちっ。答えて損した」
やはり。
荒増さんは自分の知識だけで済むものを、わざわざあんな真似をしてまで情報を補完したのだ。
国分さんが裏切ったのではない。と、その理由を探す為に。
僕は同僚とか先輩とか、そういう意味で国分さんが好きだ。同じ意味で言うと、荒増さんはとても嫌いだ。
これまでのしがらみが大きすぎるし、その上にまた今回の、萌花さんを傷付けることも躊躇わないやり方が気に食わない。話がひと段落したら、そこのところはどうにかなにか、やってやろうと思っていたのだ。
でもそれがそんな気持ちに裏打ちされたものだと知ってしまうと、どうにか萌花さんを慰める方向に注力すべきなのかと考えを変えてしまう。
「――どうしました?」
「お前、なんか変なこと考えてねえか?」
「いえ、なにも」
「勝手な想像を膨らませてんじゃねえぞ」
「いたっ!」
腕を振り回しただけの、体重の乗っていない拳が僕の肩を襲う。痛いは痛いが、今はそこまでに感じない。
荒増さんは自分の耳に小指を突っ込んで、ごりごりと動かしていた。普段からやることではあるけど、こんな風に長く続けるのは、考えごとをしている証拠だ。
やがて何度目か、抜いた小指の先に息をふうっと吹きかけ、じろと視線がこちらを向いた。
「おい新人」
「はひ――」
違った。僕の隣に居る、萌花さんにだった。彼女は落ち込んだまま、手を出せることもここまでなく、沈んだ声で返事をする。
「なんだお前、なにか嫌なことでもあったのか」
「んや、なんも。なんともねえべ」
自分が彼女を利用したことなど、忘れてしまったのか?
この人は、なんの考えもなく行動すると周囲には思われている。僕も半ば、それに同意する。けれど半ばだ。
今回は国分さんのことがあって、必死なのだ。そう思い込んで、フォローすることにする。
「萌花さん。いいことも悪いことも、纏式士をやってるといくらでもあります。落ち着いたら首都の案内でもしますから、まずは目の前のことを片付けましょう」
「んだびょん……」
慰めになっていなかっただろうか。苦々しく愛想笑いをしながらの応答は、なかなか堪える。
そんな相手になにをするか、なにを言うか、僕には人生経験がまるで足らない。言い淀んでいると、なんと思いもよらないことが起こった。
「ちっ、苛々させるんじゃねえよ。しかしまあ、今日は大サービスだ。一人前になるのに、一番大事なことを教えてやる」
「大事なこど?」
「こいつを見倣え」
言った荒増さんの指は、僕を指していた。
なんだ? 褒められているのか? どういうことだ? もしかして世界は、今日滅ぶのか?
「久遠さんをべか」
「こいつはいつか、俺の寝首を掻くつもりでいる。しかし今は、どうしたって敵わねえ。だから当面、俺に付き纏ってる。いつか殺したい俺になにを言われようと、離れようとしねえ」
いつか寝首を掻く。何年か、何十年か先にでも、そこまで技量が追い付くことはあるのか知れない。
もちろん叶いそうにないからと、諦めてはいない。殺すという以外に、解決が見つかるかもしれないし。
でもそんなことを突拍子もなく聞かされて、萌花さんはどう思うのか。なんと血腥いと恐れるか、粗野なことだと呆れるか。
すぐには言葉が出ずに、驚いて丸くなった目がじっと僕を見ているのが、じりじりとなんとも言えない居たたまれなさを生む。
「あ、荒増さん。僕はそんなこと思ってなんか――」
「久遠さんを見倣えば、おら一人前になれるべが」
たぶん萌花さんは、いくつもの言葉を飲み込んだ。そうやって厳選したひとつを、唇を噛みながら絞り出した。
「知るか。お前の未来を保証することなんざ、誰にも出来ねえんだよ」
「そこまで言っておいて、それはないですよ!」
「ああ?」
どうしてそうやって、梯子を外すのか。せっかく萌花さんが、少し前に進めるかもしれないのに。
「――久遠さん、大丈夫だ。おら、分がっだべ」
「え、えぇ?」
もっと言ってやろうと思ったのに、萌花さんから止められるとは。驚いて、大きく見開かれた彼女の目を見ると、自信なさげながらも頷きがあった。
それからなにかごまかすように、視線はよそに逸らされる。
「よし。それじゃあ新人、お前に聞きたいことがある」
「な、なんだべ」
「植物のことなら、なんでも分かると言ったな」
「なんでもではねけども」
「あれは、親株か?」
植物を株分けして増やす時に、元となるものを親株と言うそうだけれども。その話なのか、そもそもあれが増やされたものなのか、荒増さんにはどうして断定出来るのだろう。
まあまあ、萌花さんの表情を見ると、一応のやる気はあるらしい。余計なことは言うまい。
「あの子の声ってば、しこたま大っけぐでよぐ分がんね。んでももっど近ぐさ行げば、分がるべ」
「じゃあ行ってこい」
「おら、一人で行っでもいいべが?」
「当たり前だと言いたいとこだがな。まだマシナリを持ってねえんじゃ仕方ねえ。遠江、一緒に行け」
萌花さんと僕とそれぞれに顎で、行けと示された。金魚の糞なんて言われた僕も、単独行動をしないわけではない。
しかし今の指示では、今度は萌花さんに着いていくだけになってしまう。
「分かりました。でもそれだけですか? 他に調べることは?」
「うるせえ、俺は親株を探してこいと言ってるんだ。そっから先は、てめえで考えろ」
ソファごと蹴飛ばされそうになって、慌てて萌花さんを連れ出す。
それでまた思わず手を握ってしまったことに我ながら驚いたし、荒増さんが指示に補足を加えてくれたことにも驚いた。
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