第18話:振リ払フ萌花ノ迷ヒ

「誰が、なにをしたのか、分かる? ええとそれは……」


 その言葉は、たくさんの可能性を含んでいる。そのほとんどは可能性という言葉への印象どおり、良い方向性のもの。

 でも。最悪の方向もある。

 それは萌花さんが、たったいま話されていた内通者であったり、この事案の加害側であるということ。

 まさかそうなのか、と。聞かねばならない。普通に仲間として。横の繋がりの薄い纏占隊にあって、新入隊に立ち会うという偶然にも、感情が誘導される。そうでなければいいと。

 せめて、あくまで事務的に。疑っているのでなく、可能性を潰す為の作業のように聞こうと思った。


「貴様。まさか自分が、手引した本人だなどと言うのではないだろうな」

「ひぎゅ……」


 刀によく似たシルエットを持つ腰の長十手ながじってに、粗忽さんの手が触れた。僕の思惑とは全く反対に思える、厳しい責め口調。萌花さんは帽子の端を、一層強く握りしめる。


「どうなんだ。答えによっては――」


 言いながら、僅かに重心が落とされた。たった一言、それらしいことを口にしただけで、あまりに性急な問いだとは思う。

 けれどもそれが、粗忽さんの仕事だ。彼女に課せられた使命としてそれは正しく、そんな聞き方はないだろうなどと、第三者が割って入る余地はない。


「おら、おら……」


 萌花さんは居竦んでしまった。それをまた怪しいと思ったのか、粗忽さんの両眼に威圧感が強まっていく。

 もっとはっきりとした疑いが見えるまで、長十手が抜かれることはないだろう。しかしいつでもそうすると示す態度が、萌花さんの口を閉じさせる。

 やがて沈黙を肯定と受け取ったのか、添えられるだけだった右手が、柄をぎゅっと掴む。

 まだ抜かれたわけではない。だが女性として平均的な、僕と変わらない体格から放出される気迫。脅迫としてこれ以上は、なかなか拝めないように思う。正面に立っているのが僕であれば、僕が悪いんですと思わず言っているかもしれない。


「答えろ」


 最終通告とも思える言葉に、萌花さんは固く目を閉じた。怯えた口元が震えてもいる。

 いいのか? 僕は、見ているだけでいいのか? こうしている僕は、本当に正しいのか?

 こんな時に必ず思い出すのは、父の言葉。

【教えに忠実であれ。正しさに従順であれ】

 偉大な父の後継でありたくて、僕は纏式士になった。その道を行く為に、正しい行いとはなにか。いつもそれが、僕の指針になってくれる。


「ちったあ待てよ」


 がつっ、と鈍い音がした。長十手の柄尻に、大太刀の鞘尻が突きつけられていた。いつも荒増さんの背中に負われている、僕の背よりも長い太刀。広いとは言え限界のある車内で、どう扱ったらそう出来るのか。


「貴様、衛士の十手に鞘を当てるとは。その意味が分かっているのか」

「ああん? 分からねえよ。こんないかにも鈍臭そうな奴が喋ろうってのに、ちょっとも待てない阿呆がどう感じるかなんざな」


 粗忽さんのこめかみ辺りに、絵の具で描いたような青筋が浮かぶ。コミックの表現として見るのと違っていかにも血管というそれが、激情とその度合いをリアルに視覚させる。


「これが気に入らねえなら、足でも良かったんだぜ? 親切のつもりだったんだがな」

「貴様という男は……」


 その二人の間に飛び散る火花は、これこそ僕の妄想だ。けれどそうとしか見えない。ひとたび発火すれば、これ以上ないほどに激しく燃え上がる二つの劇薬が、もう限界を迎えようとしている。かろうじて、気休め程度としか言いようのない、当人たちの理性という名前の蓋が外されようとしている。

 ダメだ、爆発する。そう観念して目を細めたところに、感情を燃やしたのは萌花さんだった。


「ちょ待づべ! おらが――おらがトロくせえがら! おら、おらのごど、自分のごどが自信なぐで、恥ずかしぐで。けど、あんだだづがケンカしなぐでいいべ! おら、言うっす! 言うっすがら!」

「萌花さん……」


 意思が強そうとはおせじにも見えない、萌花さんが吠えた。

 ずっと気を遣っていた、その大きな帽子を胸に抱いて。きっと隠していたかったのだろう、他の人とは違うその頭を晒して。

 そこには、淡いピンクの色が咲き乱れていた。山桜の枝がしなやかに、満開の花たちを躍らせていた。


樹人じゅじん、か」


 見たままを言った粗忽さんの問いに、萌花さんは力強く頷く。

 植物の特徴を身体に持つ人種も、この世には居る。決して珍しい存在とまでではないけれど、獣人の一種として疎外されて、どこに集落があるとかはほとんど知られていない。

 もちろん愚王の施策によって、法律上は地位を解放された。でもよく知られた、実数も多い例えば人猫などと比べれば、まだまだ自信を持って外を歩くのには、勇気が必要だと思う。


「なるほど? それでなかなか言い出せずにいたか。しかしそれだけでは、なんの説明にもなっていない。樹人には我々と違う感覚も存在すると聞くが、それゆえか?」

「んだ。おら、っこやら花っこのごどなら分がる。そいで土ん中のごども、よぐ分がる」


 長十手から、粗忽さんの手が離れた。萌花さんの話は、まだ説明として全く足りていない。でもその先に、納得のいくなにかはありそうだ。そんな風に思ったのかもしれないし、萌花さんの真ん丸な目を正面から見て、毒気を抜かれたのかもしれない。


「すまん。想定外のことが色々あったせいか、感情的になってしまった。君に当たっても仕方がないのにな。これは余計な言葉かもしれないが、私は君が樹人だからと、偏見も特別扱いもしない。素直に人として、謝ろう。迂闊だった」

「お前は粗忽だろう」


 余計な一言を加えたのは、当然に荒増さんだ。それでということは絶対にないと思うけど、萌花さんはぎこちなく笑う。粗忽さんは黙ったまま、ほんの少し頭を下げた。


「なるほどねえ。これは木の根っこなんだ? その話、僕も聞かせてもらっていいのかな」


 僕たちのちょうど真ん中に、べしゃりと水気を帯びた音が飛び散る。僕の胴体ほどもある巨大な蛭のようなそれが、びちびちと暴れる。それと軽薄な口調と共に、何者かが搗割の車内へと飛び乗ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る