第17話:白鸞ヲ冒ス者ノ姿ハ

 防塔から市街地までは、また少しばかりの距離がある。その土地には手入れの少なくていい花樹が植えられて、普段は相当にのんびりとした美しい光景が広がっている。

 だが今は、違っていた。

 搗割は進路を変えて、防塔を囲む部隊の後ろに入った。つまり第二防塔から、直近の市街地へ向かう道路に入ったのだ。

 この事態だから、一般車両の通行がないのは当たり前だ。けれど道路を挟む花々や低木たちが、一様に枯れている。見渡す限り、右も左も正面も。それはそのまま、市街地の間際まで続いた。いやその先の街路樹も枯れているから、被害は続いているようだ。

 近付くだけで人に害のあるような妖は、草木にも同様の被害を及ぼすことが多い。ここまでに植えられていた植物は、その発見の意味がある。でも新入隊式の会場からここまで、およそ四半日。その間にここまでの影響ということは、恐らく実際にはほんの僅かな時間のことだったのだろう。


「町の中にまで被害が……」


 搗割は、のろのろと居住区を進む。ウッドチップと呼ばれる、人造樹皮で覆われた道路のあちこちに穴が穿たれている。ちょうど大人一人が入れそうな径の、大きな穴だ。

 道路だけではない。建物の壁にも、同様の穴がたくさん見える。しかし全ての家屋にということはないし、あっても一つの建物に一つか二つほど。それを見ると、破壊を目的としたものではないように思えた。


「この辺りのセキュリティは、もう死んでいるな」

「えっ、誰かがコントロールを断ったということですか」

「いや、たぶんそうじゃない。そことか、そことか、な」


 衛士の使う情報端末を確認しながら、粗忽さんは言った。そこ、と指をさした先には、市街防衛用の小口径砲塔がある。

 美術作品などにカモフラージュされた、自動小銃ほどのそれは見事に叩き潰されていた。比喩ではなく言葉どおりに、上や横から殴りつけられてひしゃげた感じだ。

 どういう仕様かまでは知らないけれど、人間が相手であれば、一時的なスタン効果から殺傷まで自由自在な代物と聞いている。この被害をもたらした何者かは、それらを一つずつ、直接的に無力化していったということらしい。


「どうやったらというか、どうしてこんな痕跡が残ってるんでしょうね」

「さあな」


 建物や地面に穴を空けること自体は、僕にだって出来る。衛士の装備を使えば、きっと粗忽さんにも。

 けれど芸術作品とでも言うならまだしも、わざわざ穴を空ける理由が分からない。普通はその建物を破壊することそのものや、そこに居た人を殺すのが目的で、結果としてそうなるものだ。

 だが建物を破壊するつもりなら全く足らないし、人を殺したにしては遺体が見当たらない。なにか八つ当たりで手当たりしだいと考えるには、おとなしすぎる。


「はっ!」

「なんだ」


 先刻の意趣返しか、今度は粗忽さんが鼻を鳴らした。


「偉そうなことばかり言ってる割りに、なにも分からないんだな。霊の流れとやらを見られるとかよく聞くが、あれは嘘か」

「見えるさ。防塔からこの先まで、でっけえ河みたいに流れてるのがな」

「それならなにが起きたのか、どんな相手なのか分かりそうなものだがな」


 小馬鹿にするように、粗忽さんは言う。姿の見えない相手を、纏式士が見るのと同等に識別を可能とする装備はある。

 もちろんそれは衛士や兵部に配備されているけれど、対象が目の前に居る状態でなければ無理だ。それでは移動した痕跡などは分からない。

 だからと粗忽さんは、纏式士の能力自体を疑っているのではないと思う。実は見えないのであれば、これまでに纏式士の残したたくさんの功績が、偶然の産物になってしまうから。


「あの、すみません。見えてはいるんです。でもなんというか、濃すぎて。この辺り一帯が、全てその霊の流れに塗り替えられたような感じで――」

「なるほど。細かな動きが分からない、と。大丈夫だ、私は君たち纏式士そのものに嫌悪の情を持っているわけではない」


 あくまで一部の、おかしな奴らにだけだ。というその一部とは、とりあえずもう荒増さんが含まれたので間違いない。


「少尉、このまま予定通りで?」

「そうだ。終わった跡を、ゆっくり眺めていても仕方がない。被害の最終ラインを見届けたら、こいつらを放り出す」


 運転席の人から確認があった。どさくさで、荒増さんと同じレベルまで引き上げられてしまったらしい。いや引き下げられたのか?

 ともかく搗割は速度を上げ、現状でどこまで被害が及んでいるのかを確かめることとなった。粗忽さんの独断と言えばそうだが、それを見ない手もないので異論はない。

 しかし間もなく、そこまでで十分に緊張感を漂わせていた粗忽さんが声を荒らげる。


「どういうことだ!」

「ど、どうかしたんですか」


 相変わらずひと気が失われて、大きな穴もたくさんある。それも含めて、そこまでとなんら代わり映えのしない場所。

 突然に粗忽さんは怒鳴り、搗割を停止させた。


「どうもこうも――おい、どうなってる!」

「は、はい! ……いや、それが」

「なんだ、早く言え!」

「防壁の回路が不通になっています。原因は不明」

「不通? 防壁が破壊されたのでなく、回路が止まっている。それで間違いないな」

「肯定です」


 助手席の衛士さんは粗忽さんの語気に怯みながらも、車載端末を華麗に操作する。

 その会話に防壁という言葉が出て分かった。詳しい配置までは僕は認識していなかったけど、きっとここに非常用の防壁が出現しているはずなのだ。

 けれども現実には、それらしい物の姿はない。しかもそれは、防壁や防壁を展開させる装置の破壊でなく、それらを起動するシステムが止まっていると。大規模な戦闘を想定して作られているはずの防衛システムが、表面上の破壊で作動しなくなるなんてあり得ない。

 でも実際に起きている以上は、そこに原因があるはずだ。しかもこの場合、考えられる理由など限られてくる。


「内通者が居るな」

「――衛士に疑いをかけるのか」

「ああ? 俺は内通者と言っただけだ。防衛システムの基幹管理が衛士府の仕事だとか、そんなことは言っちゃいない」

「貴様っ!」


 こんな事態で、二人とも普段以上に気が立っているのだろうか。どんな言葉を発しても、売り言葉と買い言葉になってしまう。

 荒増さんに関しては、進んでそういう言い方をしているだけにも思えるが。


「ああもう、お二人とも……」

「あ、あの!」


 争いの仲裁など、進んでやるべきなのは分かるけれど僕に向いた仕事ではない。なんと言えばこの二人が治まるのかなんて、想像もつかない。

 だから投げやりな感じになってしまったところに、細い声が鋭く割って入った。萌花さんだ。


「……あの、おら」


 搗割に乗って初めてくらいの発言なので、睨み合っていた二人も視線を向けた。それがプレッシャーになったのか、萌花さんは帽子を握って顔を隠してしまう。


「どうしましたか? なにか気付いたことでも? 萌花さんも纏式士ですから、なんでも言ってください」


 纏式士の技量や力関係は、不変で絶対ではない。対した相手や、その場の状況との相性でいくらでも変化する。僕も含めて一人前ではなくとも、最強の纏式士にさえ分からないことが分かる。そんなことは、あり得るのだ。

 とは言え、なかなかそんな状況も起こりにくい。萌花さんがせっかくなにか言おうとしたのだから、言わせてあげたい。それくらいのつもりだった。


「おら、誰がなんしたが分がるべ……」

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