第4話:艶美ニ笑フ国分面道
「まぐれだったんですか?」
隊員同士が戦うことは禁止されていて、そもそも纏式士は互いに手の内を見せるのを嫌う。かく言う僕も見習いとは言え纏式士なのだけれど、それがなぜなのかよく分からない。
手の内を知ることで有利に働く場面より、不利に働く場面のほうが多いという説明を聞いたことはある。しかし言わんとしていることは分かるものの、なるほどとは思わなかった。
その状況下、禁止から外れるいくつかの特例の一つを使って、昨日の対戦は実現した。もちろん手の内を知られないのは大前提だから、対戦場所には当事者の二人と少数の幹部隊員しか居ない。
だから当然、僕も国分さんも対戦を見ていないし、どんな内容だったのかも知らない。荒増さんが負けたと、その一点が公表されただけだ。
「いや、なかなか面白かった。新人レベルじゃなかったな」
「それでも荒増さんが負けるなんて、俄かには……」
僕が荒増さんの手の内を見る機会は、これまでに少なからずあった。
風評どおりにたしかにこの人が最強だなんて評価は、未熟者の僕がおいそれとできるものではない。でもそう言われる人の技とはこんなレベルなのかと感心して、さもありなんと得心もしている。
それは例えば僕が二人や三人居たとして、同時にかかればどうにかなるとかそういう次元の話ではない。僕が隣の国へ行く移動手段で苦労している時に、恒星間移動、あるいは銀河間移動の話をされるような、そんな話だ。
「その例えで言うなら、超新星ってあるでしょ? 新人でもすごい光を放つ奴ってのは居るわけ。ただしそれがずっと続くかは、誰にも分からない」
「まあそんな感じだ。よくもまあってくらいに色々やったあと、でかいのを一発」
国分さんも荒増さんも天文の話はさっぱりという新事実を入手しつつ、国分さんまでも実力を認めるという、思っていた以上の情報が開示されたことに若干戸惑う。
「ああー……えっと、もう少し聞いてもいいんでしょうか」
「食い終わるまでならな」
見るとカップは、手元に残した最後の一個にもう手が付けられていた。僕はひとつも貰っていないのに、だ。
「仙石さんは、そんなに多彩な技を?」
「ああ。どんなとは聞くな」
「それはもちろん。でも自画自賛するようで恐縮ですが、僕も技を磨くには相当恵まれた環境で育ったと思います。一体どういう環境にあれば、そうなるっていうんでしょう」
タイミングを計っていたわけではないだろうけど、言い終わると同時に荒増さんは、持っていたカップと木べらを目の前のテーブルに放った。
「ぎりぎりロスタイム内だ。しかし答えは、知らねえ。だな」
「――純血種、かな」
名残惜しそうにカップの底をスプーンでつつきまわしていた国分さんも、やっとカップを解放してやって、ぼそりと言った。
「純血種?」
「古い家系で何人も纏式士を出している、由緒正しい遠江家の久遠くん。君を纏式士の適正種としたら、彼は純血種かなって言ったの」
「もしかして――
「せいかーい」
間髪入れず、人好きがするとも、油断がならないとも言われる独特の笑顔で、国分さんは肯定した。
七家。正しくは
個人のセンスや様々な相性によって、出来ることがまるきり違ってしまう纏式士は、師弟関係を築くことが極めて難しい。
師が簡単だと思うことが弟子には最終奥義のような難易度になったり、師には不可能なことが弟子には呼吸をするよりも容易だったりするからだ。
そんな中で、代々継続して纏式士を輩出する人々が居る。昔はもっと居たらしいけれど、今は七つの家を数えるだけになってしまった――と聞いている。
七家に関することは、僕が纏式士だからうっすらと知っているだけで、一般の人々は全く知らないはずだ。実際のところその七家に連なる人物に出会ったことはないし、その姓がなんというのかも知らなかった。
「ねえねえ、びっくりした? びっくりしたでしょ?」
国分さんの質問は僕にでなく、荒増さんに向けられていた。
「なにを」
「いや、だから。七家」
「珍しくもねえ」
いかにも退屈な話だと言いたげに、荒増さんは大きなあくびをしながら立ち上がった。そしてそのまま奥の部屋へ消える。
半分おどけて、半分呆れて、国分さんは音を鳴らして細く息を吐いた。僕もそれに答えて肩を竦めて見せる。
「でもそんなこと、よくご存知ですね」
「うちも古い家だからね、たまたま仙石家とは付き合いがあるんだー」
国分さんの家は、古い剣術の流派を受け継いでいる。彼女の名の
剣術と纏式士では全くの畑違いだけれど、数百年以上の歴史を超えて現代に技を伝える家同士は、やはり引かれ合うのかもしれない。
「じゃあ元々、お知り合いだったんですね」
「ううん。今の当主は知り合いだし跡取りが居るのも知ってたけど、跡取りの姿やら名前やらを知ったのは当人と会ってから」
なるほどと納得して、国分さんの言葉が僕の中で反響する。
七家、仙石の跡取り。七家の存在は、半ば伝説のようなものだ。
纏式士の技は、子や孫などと伝える相手をこれと定めて相伝していくことが、不可能と言われている。纏式士として適性があるというだけではダメで、師と弟子の適性が一致しなければならないから。
しかし七家は、それを代々続けている。人道にもとる手段を用いているという噂も少なくないけれど、事実は誰も知らない。七家の人間も、それは当然に最高機密なのだから語らない。そも、自分の家が七家の一つだとも語らない。
「遠江。準備は出来てるのか」
「あっえっ? あ、はい!」
唐突に、奥から戻ってきた荒増さんの問いかけ。戸惑いはしたものの、なにを指しているのか分かった。明日の新入隊式に出席するために、これから隣の都市まで移動する予定があるので、そのことだ。
新入隊式などと格式ばった内容の多い行事への出席なんて、性能的にはともかく人柄として荒増さんには似つかわしくない。もちろん本人も相当に嫌がっているのだけれど、なぜだかここ数年の決まりごとで、断れなかったらしい。
今朝はそれでもシャーベットを食べられるのが分かっていたからそうでもなかったけど、いよいよ移動となればまた機嫌が悪くなるのだろうと気が重い。
「準備って?」
「新入隊式なんですよ、明日」
「ああ明日なんだ。久遠くんの時は面白かったなー」
大抵の纏占隊の行事は、良からぬ輩による襲撃への備えとして、関係者以外に場所や日程を教えない。それは隊員であっても例外でなく、国分さんが知らないのは当然だ。
それは良いのだけど、自分の過去なんて色々な意味であまり思い出したいものでない。それを喜々として語り出しそうな国分さんを、「勘弁してください」と拝み倒して止める。
「面白い子が居るといいね。あ、そうだ。さっきの久遠くんの話じゃないけど、複人とか居たりして」
「まさか。さすがにまだそこまでじゃないですよ」
答えてから、少し考えた。
七家のような例はともかく、纏式士にとって最も大切なのは対象との相性だ。師弟の話もそうだし、敵として出会った者同士も。
炎で草木を潤すことは出来ず、刃で流水を断つことは出来ない。各々が研究を重ねている技は、出来ることをより容易にしたり、より深めたりする為の補助に過ぎないと言っても間違いとは言い切れない。
それなら――。
「うん、やっぱりないですよ」
補助に過ぎないとは言っても、対象との接触のきっかけを作るにはやはりその技が必要だ。僕もそれを体得するまでにそれなりの時間を必要としたのだし、街に居ることがやっと定着してきたばかりの人々ではまだ無理だろう。
「そうかなー、そうかもね。うーん……まあ、気をつけて行ってきなよ」
「ありがとうございます」
国分さんは荒増さんに対してと違って、僕には優しい言葉をかけてくれる。油断ならないと言われる笑顔も、その時だけは少し柔らかさが増している気もする。
「久遠くんも、こんなに長くあいつに付かされるとはね。こき使われてるでしょ」
「ええまあ。着替えの下着まで丸投げですよ」
言うと、国分さんは少し驚いた。
「へえ――」
「あの、何か?」
「ううん。久遠くんは、これまでで最高の扱いを受けてるね」
「最低の間違いでしょう」
わざと口を尖らせて言うと、国分さんはぷっと吹き出して、僕の頭をわしわしと撫でた。
「そりゃそうだっ」
髪が爆発したような佇まいになって、ようやく解放された――けれども、今度はその髪を見て、彼女はまた笑い転げる。
自分でやっておいて、そこまで笑えるって……。
「国分、満足したなら出てけ。俺もそろそろ出かける」
「あー笑った。うん、こっちは任せて、安心して行ってきなよ」
折角言ってくれているのに、荒増さんは少し離れた自分の椅子に腰かけたまま、ふんと鼻息だけを鳴らした。
国分さんはそれを気にした様子もなく、「よっこらしょ」とそんな掛け声は絶対に必要のない軽やかな動作で立ち上がる。そのまま大きく右腕を振ると、全く振り返らずに「んじゃねー」と去って行った。
「あ……」
「なんだ」
「いえ、なんでも」
彼女の左手に、いつの間にか三つ目のカップが握られていた。しかしそれは黙っておくことにしよう。僕が一個も貰えなかったことへの意趣返しではなく。
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